01
私は運が悪い。
どれぐらい運が悪いかと言うと、もう笑えるぐらい運が悪い。
子供の頃からそうだった。もうネタにしかならない。
有り得ないほどの不運体質だけど、誰も信じてくれないけど、現実は小説より奇なりってやつなの。
まず、四歳の時に両親が交通事故で亡くなった。
ある雨の日、カーブを曲がり損ねて崖の上から華麗にダイブ。どういう訳か、私の体は車外に放り出されて木の枝に引っかかったけど、両親はそのまま真っ逆さま。
おかげで私は天涯孤独。ショックのせいか、当時の記憶はなし。
この場合、覚えていない方がいいんだろうけどね。
近しい親戚がいない私を引き取ったのは、どこからともなく現われた国籍不明の中年男。
その時、行き場のない私は養護施設に預けられていたんだけど、彼はある夜の日音もなく現われて、幼い私を誘拐した。
そう。誘拐したのだ。
引き取るんなら、法的な手続きを踏でくれよって思うけど、そこは何百年も生きている吸血鬼。人間の法など、彼の論理からすればどうでもいいらしい。
えっと、私はいま普通に吸血鬼と言ったけど、引っかかった人いるよね?
そうなの。彼、シオン・リリーは吸血鬼。
外見は、白髪がちらほらと見える黒髪に甘いチョコレート色の瞳、190cm近くある長身にがっちりした体型は精力的かつ健康的で、チャーミングな笑顔が似合う永遠の四十二歳。
紳士的で清潔感溢れる身なりや人当たりのいい性格から、近所の奥様達のアイドルだけど、私から見れば完璧なオジサン。
周囲には、小説や学術書を何冊も出している作家兼学者として通ってるし、実際に名前を変えながら何世紀にも時を跨って本を出しているから嘘じゃないの。でも、ロリコン。
何故なら、私が十六歳になるのをずっと待っていて、十六歳の誕生日を迎えた暁には自分の仲間入りをさせる気満々なんだから。
そんでもって、私と結婚するんだって。
おいおい、私の意志はどこにいったの?
そりゃあ、育ててもらった恩は忘れてないよ。でも、ちょっと待って。何が悲しくて、三十歳近くも年上(実際には何百歳も年上)のおじさんと結婚しなきゃいけないの?
だいたい、父親みたいなもんだよ!
お恥ずかしい話だけど、初恋もまだな私にいきなり結婚はハードルが高い。
そう言ったら、シオンはにっこり笑ってこう言ったのだ。
「琴子。君は、僕が何百年もかけて世界中を捜した結果、ようやく見つけた花嫁なんだよ。絶対に離さない。大丈夫。不安はあるだろうが、僕が色々教えてあげるからね。子供の頃からずっとそうだったろう?」
近所の奥様連中が見たら黄色い歓声が上がりそうな素敵な笑顔だけど、目、目が怖い。
止めて。本当、止めて。何を色々教えてくれるっていうの?
あっ、誤解がないように言っておくけど、子供の頃から教わっていたのは主に勉強の事だよ。
決して、変な事を教わっていたわけじゃないからね!
ちなみに自己紹介し忘れてたけど、私、琴子って言います。月森琴子。十五歳。
今年の春から、徒歩で五分の女子高に通ってます。
小中高一貫校、付属の女子大へエスカレートでいけるのはいいけど、中々行動半径が広がらないのが悩みかな。
人間関係もお馴染みの人達ばかりで居心地はいいけど、刺激が少ないもん。
どうせなら、受験勉強頑張って、高校からは共学に行きたかった。せめて、大学からでも。でも、シオンが許さないのだ。
「共学だって? 駄目。絶対に駄目だ。琴子は可愛いから、すぐに男共が群がってくるに決まってる!」
「いいじゃない! 私だって、同年代の男の子と話してみたいよ。シオンがそんなんだから、私、初恋もまだなんだよ。男友達だって一人しかいない」
「一人で十分だし、本当は一人だって多すぎるぐらいだ!」
「どんだけ心狭いのよ。一体、何百年生きてるの? 少しぐらい大人の余裕ってやつを見せてよね!」
再び誤解がないように言っておくけど、シオンは普段大人らしく、大人だ。
ていうか、ちょっとジジ臭いくらいに落ち着いている。
これが、私のことになると途端に変になっちゃうの。
現にその時も、吸血鬼にしてはやけに陽に焼けた顔を青白くさせて小刻みに震えだした。
「……ああっ。琴子、君はどれだけ僕が君を愛しているか分かっていないんだ」
ふらっと長身の体が傾いたと思うと、耐え切れないといった感じで両膝を床に付き、震える両手を差し出してくる。
「何百年……、何百年君を捜し続けてきたと思う? 数え切れない年月、孤独に耐え続けてきたと? 君を失うと考えただけでも……、他の男の目に晒されると思うだけど、心がかき乱されそうだ。本当は学校に入れるのだって嫌なんだ」
涙ながらに私の腰に両手を回して抱きついてくるのを、私は拒否できない。
だって、シオンは私の養い親で、お父さんだから。
私だって、シオンを失うのは嫌。また一人になるのは嫌。
「……外には一歩も出さずに、家の中に閉じ込めて。僕の腕の中に閉じ込めて、寝室からだって一歩も出さない。何百回も、何千回も愛してあげるよ。永遠に。永遠に僕だけのものに」
……だからと言って、それは嫌。
◇ ◇ ◇
「仕方ないんじゃない? シオンはもうずっと一人だったんだよ。なんか吸血鬼って、生涯のパートナーが決まってて、エッチもその相手としか出来ないらしいから」
「っぶっ~!?」
竹蔵の言葉に、私は盛大に飲んでいたコーヒーを噴出す。
「うわっ? 琴!?」
おもいっきり顔に茶色い液体がかかってしまった竹蔵が顔をしかめる。
「ご、ごめん。だって……」
「……まあ、でも気持ちは分かるよ」
私が出したハンカチで顔を拭きながら、竹蔵がくすりと笑った。
「初夜は、すっごい濃厚になるだろうな。なにせ何百年越しの――」
「いや~、止めて!」
幼馴染の言葉に、私は胸に抱いていたクッションで真っ赤になった顔を隠す。
「でも、そういう事も含めて、シオンは琴を大事にしてると思うよ。昔から、二人を側で見てた僕が言うんだから間違いないって」
「あうう……」
私はますます真っ赤になりながらも、納得出来ないものを感じる。
確かに、シオンは私を大切に、大切に育ててくれた。
それはもう蝶よ、花にと言った感じに。
学校の送り迎えはもちろん。友達と外に遊びに行く時も密かに隠れ付いてきた。子供の頃は喜んだ時もあったけど、この年頃になればウザイの一言に尽きる。
もう子供じゃないんだから送り迎えなんていいんだよ。
そんなんだから、友達が遠慮して遊びに誘ってくれなくなるんだよ!
仲良いんだね、過保護だね、なんて笑ってるけど、明らかに怪しまれてるんだって。ドン引きされてるんだって! ってか、実際にもう距離置かれてるし!
そりゃあね、分かるよ。
外人の中年男と日本人の女子高校生が二人きりで暮らしてるって。私だって怪しいって思うもん。
周囲には遠縁の親戚で通してるけど、近所の奥様連中もさり気無く探りを入れてくるもん。
私が年頃になってきたせいか、最近ますます酷くなるばかり。
それに、十六歳の誕生日って、あと一週間もないじゃん。
ああっ! ……もう、私ってば本当運が悪い。
何よりも、私の不運体質のせいで、そもそも人が寄り付かない。
両親を亡くして、天涯孤独になって、ロリコンの吸血鬼男に狙われてるって所までは話したよね? でも、まだまだ続きがあるの。
とにかく、私ってば不運体質なの。
交通事故にあったのは、両親を亡くした四歳の時だけじゃない。それからも、少なくとも十回以上は車に轢かれかかったし、誘拐未遂は計七回。ぷらりと入った店が強盗団に占拠されたのが、計四回。
強盗だよ! 強盗!
アメリカじゃあるまいし、この平和な日本で本物の拳銃持った人達を四回も見る羽目になるとは思わなかったよ。
警察の人にも、あれ? また君……って言われたし。むしろ、共犯かと怪しまれて大変な目にあったし。ああ、詳しい話はまた今度ね。
火事に巻き込まれたのだって数知れず。消防署の人にも、あれ? また君……って言われたし。案の定、放火魔かと怪しまれた。詳しい話はまた今度。
何百年も生きている陰陽師に呪われそうになったり、アラブの王子様に求婚されたり、凄腕のスパイナーに勘違いで暗殺されかけたり。なんかもう嘘でしょ!? ってことが毎日山のように襲い掛かってくる。
シオンの心配も分からなくもないのだ。私の周りはとにかく落ち着きがなさすぎる。
この間だって、シオンの仲間だっていう吸血鬼が私に一目惚れして、シオンと壮絶な死闘を繰り広げたばかりだ。ちなみに、こいつは諦めが悪い性格で、シオンに敗れたくせに未だに諦めてない。
ご近所に引っ越してきたばかりか、まんまと私の学校の英語教師の職について、シオンをキリキリさせているんだけど、詳しい話はまた今度。
「……こんなんだから、私、男友達どころか女友達も少ないんだよ! みんな言ってるもん。私の側にいると変な目にあうって」
そういう事もあり、誰も私のことを知らない学校に行きたかったんだ。
「でも、琴は運が悪いって言うけど」
「悪いよ! 滅茶苦茶に悪いよ。悪すぎだよ! 日本一不幸な女なんだよ!」
竹蔵の言葉をさえぎって、私はようやくクッションから顔を上げて叫ぶ。
「ああ……、琴。よしよし」
涙ぐんだ顔をクッションに埋める私の頭を、を大きな手が撫でてくる。
竹蔵は幼馴染で、唯一の男友達だ。
二十歳の大学生。年上という事もあり、お兄ちゃん的存在で、私の良き理解者。
そして、実は凄腕の陰陽師。
陰陽師家系の超エリートさん。前に、他の陰陽師に呪われそうになった時も助けてくれた。他にも、不運体質の私を助けてくれた回数は数知れず。詳しい話はまた今度。
そういう事もあり、シオンが唯一私と親しくするのを許した男性でもある。
ちなみに、竹蔵には超美人の許婚がいるので、シオンも危険性がないと思っているみたい。生まれる前から一族同士で決められた婚約だけど、竹蔵は彼女さんをとっても大切にしていた。
私だって、超年上の吸血鬼のおじさんなんかじゃなくて、同年代の彼氏が欲しい。
このままじゃ、十六歳の誕生日に結婚と同時に永遠の命が与えられるのだ。
永遠なんていらない。一度でいいから、少女漫画みたいな恋がしてみたいんだって!
「そう言うけど、シオンは良い人だよ」
訴える私を、竹蔵が宥めるように、またよしよしと頭を撫でてきた。
「普通、永遠の命なんて滅多にもらえるもんじゃないしね」
「じゃあ、何? 竹蔵は自分がお爺ちゃんになっても、私がずっと若いままでもいいの? 周りの皆がどんどん死んでいくのに、私は若いままなんだよ! そんなの寂しいよ! 嫌だよ!」
「そりゃあ、寂しいさ。でも、琴の体質から言っても、吸血鬼になれば人よりずっと頑丈な体になるから、多少危ない目にあっても大丈夫になるってメリットもある。長い目で見てみるといいよ。きっと幸せになるはずだ。好きな人と永遠に一緒にいられるんだから……でもまあ、琴はまだ十五歳だし。分かんないかな?」
竹蔵が可笑しそうに笑むけど、私の目からは涙がぽろりと一筋零れ落ちた。
そうだよ。私、まだ十五歳なんだよ。分かんないよ。全然、分かんないよ。
シオンが私の事を女として扱いはじめても、嬉しいより困惑するの。
永遠の命だって別に欲しくない。分かんないよ。好きって気持ちもまだ分かんない。
シオンだって、こんな私が花嫁でいいの?
知ってるよ。とっても美人な吸血鬼仲間が沢山いるって。気づいてるよ。その人たちが私のこと見る目。とっても嫌な感じ。
そんな子供で不運体質な私。今までだって迷惑かけっぱなし。きっと、これからもずっと。シオンにだって、竹蔵にだって迷惑かけっぱなし。
……お母さんとお父さんが死んだのも、たぶん私の不運体質のせいだ。
私の体質を知る人ならば、おそらく一度は考えることだろう。
大切な人を、また失うのだけは嫌だった。