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神にそむいても  作者: 二条 光
9/23

恋のお相手

木通の花言葉「唯一の恋」


 あー真っ暗だなぁ……。

 日が暮れて、もうほとんど周りが見えない。庭や部屋や廊下などあちらこちらにローソクなんかで灯りがついてるんだけど、現代の生活に慣れてる私にとってはかなり苦痛。

 あー、スマホでライトつけたいくらい!


 それにしても、ホントリアルだなぁ。最初来た時、研修旅行で借りた衣装のまんまだったし。なんかあまりにもリアルすぎて、これが夢なのか不安になる。

 昔、夢を見ていることに気づいたまま見ていたことを思い出す。だけど、その時に比べても、今回はあまりにもリアルすぎてこわい。

 これって夢じゃないの……?



「そろそろ寝ましょう。美姫は今夜は私の部屋で寝てくださる?」

「姫さまっ!!」

「……いいんですか?」


 うたさんがうろたえているから不安になって訊くけれど、それに対して、困ったような表情を浮かべたうたさんは姫をチラリと見る。

 すると、姫が気味悪いほどニッコリと笑い、「いいのよ、遠慮なく使って」と言うから、うたさんは口をつぐんでしまった。

 うたさんを見ても、視線を合わせてくれない。


「……はぁ」


 おそるおそる敷かれてあるふとんに入った。

 夢の中でも人って寝るんだ。

 っていうか、私なんで今夢見てるんだっけ。確か研修旅行に来てて。

 一生懸命思い出そうとするけれど、もやがかかったようにぼんやりとする。

 そうして、いつのまにか眠っていた。



 え……?

 誰かがふとんに入ってくる気配がする。

 しかも! 私のカラダ触ってくるんだけどっ!


「な、なにっ!?なんなの!?」


 慌てて目を開ける。だけど、ほぼ真っ暗に近いこの部屋。暗闇で物を見ることに慣れていない私には、それはふとんの中にもぐっている大きな塊にしか見えない。

 バサッ。その塊がふとんをはいで出てきたのは男の人。


「誰!?」


 男はその言葉をきいてニヤとしたのか、暗闇の中口元の白い歯が浮かんで見える。

 少しずつ目が暗さに慣れてくると、その男性が二十代くらいの精悍な顔立ちをしていることがぼんやりとわかった。


「なんだ、今宵はそのような嗜好が好みか?」


 ニヤニヤとしてる。


「はい!?」

「よかろう。たまにはそういう寝込みを襲う間柄というのも楽しいだろう」

「えぇ!?」


 男がじわりじわりと四つん這いになって近寄ってきて、私の服を慣れた手つきで脱がそうとしてくる。


「きゃあああ」

皇子おうじ!」


 部屋のそばにいたらしいうたさんの焦った声が廊下から聞こえてきた。


「なんだ、うた。俺たちの邪魔をするとは何事だ」


 明らかに男の声色は怒りに満ちている。暗闇の中、ぼんやりと見える表情は確かに怒っているように見えた。


「姫さま!姫さま!」

「私のことも見まがうなんてひどいお方」


 うたさんがオロオロしながら必死で呼ぶと、ロウソクを持って姫がやってきた。

 ロウソクに照らされて、姫の顔がしっかりと見える。彼女は話した言葉とは逆に嬉しそうに笑ってる。


「なっ、なっ!!」


 ロウソクの灯りで、皇子と呼ばれたその人の表情がしっかりと見える。心底驚いた表情で私と姫を見比べていた。


「どういうことだ!俺は幻でも見ているのか!?」

「クスクスクス」


 男は本当に目をくりくりと動かして戸惑っている。それに対して姫は心底楽しそうに笑いながら近くにあった燭台にロウソクを置き、私の隣に座った。

 この人を驚かせるために、私をここで寝させたんだ! なにか企んでいるような感じは察していたけど、まさかこんなことを考えていたなんて。


「ねぇ、お兄さま。私とこの方、瓜二つだと思いません?」


 そっと私の両肩に手を添え、後ろから顔をのぞかせる姫。表情はうかがい知れないけれど、声の調子からこの状況を楽しんでいることが感じられる。

 お兄さま? ということは姫のお兄さん?

 目の前の“お兄さま”と呼ばれた男性は何度もまばたきをしたり目をこらして私と姫を不思議そうに見比べたりしてる。


「姫、どういうことなのだ……?」


 男は怪訝そうに姫を見るものの、姫は質問に答えない。


「俺は夢でも見ているのか?」


 姫は小さく「ふふ」と笑うだけ。


「姫、どういうことなのか説明してくれ」


 男はどっと疲れたように、その場に座り込んだ。


「えぇ、もちろん。お話しするわ。とってもおもしろい話よ」

「おもしろい話?」

「えぇ、そうなの。この方、庭に倒れていたの」

「お前、曲者か!?」


 わっ!!

 うす暗闇でもしっかりとわかる鋭い眼光に、今日一番の緊張が走る。


「どうなのかしら? 怪しい物は何も持っていなかったし、東のほうからきたことだけは覚えているようなの。でも、自分の名前以外ほとんど覚えてない様子よ」

「お前、偽っていないだろうな?」

「偽ってなどっ!」


 ギロリ。相変わらず鋭い目の光に身がすくむ。私は必死で否定。だって、この人見てたら、マジで命がヤバいかもしれないってなんとなくわかる。人間の本能が嗅ぎ分けてるんだろうか。


「お兄さま。大丈夫よ、きっと」

「何が大大丈夫なのだ」

「だって、日中から今まで変わった動きもしていないし。それに何よりもこんなにも私に似ているのよ? そのような者が曲者とは思えないの。きっと神の思し召しだと思っているの」

「……信じていいのか?」

「はい……」


 ギラギラと野犬のような瞳孔が見定めようとしてるから、私はなにも悪いことをしてないのに、すっかり罪人の気分。形があるものならば、潔白を証明できるこの胸の内を見せてあげたいくらい。


「姫、このような事は俺にも話しておいてくれ。ただでさえ、俺には敵が多い。お前に何かあるかもしれん。……しかし、今回は姫の言うように神の導きとしよう」

「ありがとう、お兄さま」


 そうして、姫は満面の笑みを浮かべて皇子の胸に飛び込んだ。

 この状況から察するに、私は一応命の保証はされたんだよね?

 っていうか、この男の人って“お兄さま”って呼ばれてるし、姫が間人皇女だとするなら、多分この人は中大兄皇子のような気がする。

 敵が多い。そうだよね、乙巳の変で蘇我氏を滅亡させたワケだし。他にも革新的な政治をした人だもん。それを快く思ってない人もいるはず。


「うた、なにかあればすぐに俺に知らせるようにしてくれ。姫じゃあてにならんからな」

「まっ。お兄さまひどいわ」

「ハハッ。そう怒るな、綺麗な顔が台無しだ」

「ふふふ」


 わわっ!

 私に構わずキスするふたり。


「ハハ、お前には刺激が強いか?」


 私を見てニヤニヤしてる。

 ムカつく! ってか、もしかして皇子は見せつけてるの!?


「そ、そうですね……」

「そうだろうな」


 勝ち誇ったようなカオで私を見る。

 ムッカー!!

 姫は皇子の胸の中で頭をなでなでされて、すっかり夢見心地の様子。


「ねぇお兄さま。どうしてここ数日いらしてくださらなかったの? よその女にうつつをぬかしてはいません?」

「ハハハ。心配無用。お前も俺がマツリゴトで忙しいことはわかっているだろう」

「本当かしら?」

「当たり前だ」


 皇子はまたキスをする。今度は長いし、ちょっと目のやり場に困るレベル。

 このまま始まっちゃいそうなんだけど……。どうしよう!

 うたさんに視線を向けると、「美姫さま、お部屋をご用意しております故、今宵はそちらでお休み下さいませ」と助け舟を出してくれた。

 よかった~。他人のそういうことなんて見たくないし。


「なんなら、見学していってもいいんだぞ」


 はぁ!?

 ぎょっとして皇子を見ると、ニヤついてる。


「もう、お兄さま。今は私だけを見て」


 そう言って、姫は皇子にキスをした。人目をはばからずってこういうことね。昔の人って情熱的というかなんというか。

 そうだよね。それに、このふたり……。

 もし仮に私の推測が正しいとすれば、兄妹。古文で前島センセーが言ってたことが事実だとすれば、罪に問われる関係。

 今みたいにネットなんかないんだし、情報が拡散するってこともなかなかないとは思うけど、人の口に戸は立てられないっていうヤツで、噂話はこの時代だって絶対に広まる。だから、きっとこのふたりの関係も世間には知られているはず。

 それでも、こんな風に。

 私と智とは大きな違い。


 ねぇ智。

 私たちがもしこの時代に生きていたら違ってたのかな。もっと、お互いの感情に素直に生きていたのかな。誰の目も気にせずに。

 智に逢いたいな。

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