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神にそむいても  作者: 二条 光
6/23

枝分かれ

スイートピーの花言葉「別離」



 今夜の宿泊先は平城宮跡にほど近いホテル。


 夕食と入浴をすませた私たち生徒が集められたのは、ホテルにある大会議室。そして、クラスごとにわかれて勉強会。

 というか、よくもまぁ、高校の生徒全員がおさまるくらいの数の会議室があるもんだと思うけれど。どうやら、このホテルのパンフを見ると、”会社や学校の研修旅行に最適”というのをうたい文句にしているらしいことがわかった。


 研修旅行明けはこの時勉強した内容の小テストがある。もちろん成績が悪いと、最悪の場合、夏休み返上でガッコーに朝から晩まで缶詰状態で勉強させられるらしいと、バスケ部のセンパイたちからの情報を、こないだ孝くんが教えてくれた。


 ウチの高校、地元じゃウワサで「軍隊みたいな学生生活らしい」って言われてる。

 入学するまでは、それは言い過ぎだろって思ってたけど、決して言い過ぎなんかじゃないことは入学して早々の合宿で痛感した。

 でも、そんな試練みたいなものを乗り越えるせいか、けっこう仲間意識みたいなものが芽生えて、比較的みんな仲がいいと思う。もちろん、合わない人たちもいるけれど……。


 会議場に入って早々、期末テストの答案用紙を返却された。クラスごとに苦手な教科をピックアップして、そこを重点的に復習。

 で、今はその内容をふまえてのテスト中。

 場内はシンと静まり返っていて、聞こえるのはシャーペンを動かしたり紙がすれたりする音だけ。時々、見回りのセンセーたちの足音がそれに混じる。

 中には疲れからかウトウトしちゃう人もいて。


加藤カトウ!夏休み中ずっと会えること楽しみにしてるぞ」


 こんな感じに、みんながびっくりするような声のボリュームと脅しにも似た内容で起こされてしまう。恥ずかしいのもあって、みんなかなり真剣。


「じゃあ終了!」


 担任の吉田ヨシダセンセーの号令で勉強会は終了した。

 就寝時間まではあと2時間あるし、それまではここで勉強していく人もいる。


「美姫は?やってく?」


 しほりはまだやっていくようで、机の上はそのままにしてる。


「私はいいや。やっぱりなんか今日きついわ。先に部屋に戻るね」

「そっか。気をつけてね」

「うん、ありがと」


 午後からの見学もバスの中で待機したけれど、ホテルに着いてからはみんなと一緒に行動できるまで回復した。


 あの後、孝くんはクラスメートがバスに戻ってくる前にみんなのところに行った。だから、あの時のふたりだけの時間、なにをして過ごしていたのか、誰も知らない。

 だけど、智は私と孝くんが一緒にいたことはわかってるはず。

 明日の自由時間の件は間違いなく伝わってるだろうけど。それはもう、どうでもいいといえばどうでもいい。だって、智だって多分太田さんと過ごすんだろうから。

 でも、あの時なにをしたかは知ってほしくない。

 智とはもうかなわないことだし、そういうことをする相手はもう別々の人だって智も頭ではわかってるはず。だから、私から離れて太田さんと過ごすんだろうから。

 だけど、やっぱり知られたくない。孝くんとキスしたこと。

 そして、ワガママだってわかってるけど、やっぱり智には他の人とキスやそれ以上のことしてほしくないって思ってる。

 智が私以外の他の誰かと幸せになることが苦しい。



 会議場を出て一番近いエレベーターのあるロビーに向かう。

 エレベーターの前には、私と同じように自分たちの部屋へ向かうであろう生徒の人だかりで混雑していた。


「葛城くん待って」


 エレベーターを待っていると、背後で太田さんの声。

 振り返ると、すぐ後ろに智が立っていた。

 バッチリと合う私と智の目線。と、智の向こう側にいる太田さんのあまり好意的とは思えない視線を感じ、すぐに前を向き、耳だけは傾ける。

 聴きたくないのに。でも、聴きたい。

 混雑している中、まるで他の騒音がシャットアウトされたみたいに、神経がついそちらに集中してしまう。


「もう部屋に帰るの?」

「いや、地下のゲーセンコーナーで孝たちと待ち合わせてるから」

「私も一緒にいい?」

「さぁ。いんじゃない?」


 智のどうでもよさげな返事に、正直ホッとする。

 智がどういう反応したって、現状はかえられないのに。バカみたい。


 少しだけ後ろのほうを振り返る。チラリとこっそりと。

 それなのに、智の視線がぶつかった。

 慌てて視線を前方にやるとちょうど上行きのエレベーターがやってきて、それになんとか乗り込む。

 エレベーターが閉まる間際、ふたりは私の乗り込んだエレベーターの前を通過していく。

 うつむきがちにそれを見ていると、智の視線はまるで私の存在を消すかのよう。

 そして、太田さんは私を見ていて、一瞬勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 エレベーターはふたりの姿が見えなくなるとほぼ同時に閉まった。

 なんだろう、この虚無感。早く自分の部屋に戻りたい。

 泪が出そうになってこぼれないように、エレベーターの上部についてある階数の点灯ボタンが動くのををじっと見つめていた。



 しほりと私、あと2人の女子の4人部屋。他の2人もまだ戻ってきてなくって、部屋はなんだかガランとしていた。

 畳の部屋。すでに部屋にはふとんが4組敷いてあって、窓際のふとんに飛び込んだ。


 すごく疲れた……。観光もしてないのに。

 もちろん、体調が悪いこともあったけれど、決してそれだけではないことぐらい自分でもわかってる。

 精神的にひどくめまぐるしかった。智のこと。昼間見た夢のこと。そして、孝くんとのこと。

 孝くんとのこと、熱にうかされたんだと心のどこかで言い訳してる自分がいる。

 サイテーだ。

 でも、仕方ない。なんて、またすぐに言い訳をする。

 ねぇ、私は誰に言い訳したいの?


「はぁ……」


 右手をオデコ当てた。まだやっぱり熱があるっぽい。

 お昼のことはきっと、全部夢だったのかな。なんてね。



 枕元に置いたバッグの中からlineが届いた音がする。

 孝くんかな?

 体の向きをそのままに左手だけ伸ばして、手探りでスマホを取り出した。

 え……。


“今日体調よくないって孝にきいた”


 智からだった。

 最近はめったに連絡なんてしてこない智との最後のやりとりは1か月前。母親の勤務の変更で急きょ夜勤になったことを私から知らせて、”了解”ってだけ返してきたもの。

 こんな風に心配してくれてたのはいつだっけ。

 あぁ、あの夜までか。私たちがイケないことをした夜ぐらいまでだったっけ。


 昼間の孝くんとのキスのことがよぎる。

 まさか孝くん言ったりしてないよね?

 智と友だちだって言っても、智と私は兄妹なんだし。言わないよね。

 こういう時だけ兄妹を言い訳に利用しようとする。サイテーだな。


“うん、あんまよくないよ”



 待っても待っても。その後の返信は来る気配がない。

 なにが言いたいんだろ。

 30分以上待ってみて、スマホを投げ捨てるようにして頭の上に置いた。



 再びlineの着信音が鳴る。

 やっときたか。


“体のほう大丈夫?”


 だけど、相手は違うくて。今度は孝くんだった。


“うん、まずまずね。明日に備えてもうふとんに入ったよ”

“そうなんだね!明日楽しみにしてるね!”


 明日楽しみにしてくれてるんだ。

 そうだよね。あの孝くんの様子を見れば、当たり前。


 返信に困って、“了解”っておどけながら言ってるクマのスタンプと最近人気のゆるキャラがふとんに入ってて“おやすみ”って書いてるスタンプを連続して押した。

 孝くんも、私とおんなじ“おやすみ”スタンプを返してきた。


 明日なんかこなければいいのに、なんて。

 ひどいよね。ごめんね、孝くん。

 だけど、私が好きな人は智なんだ。どうしても諦められそうもないんだ。

 苦しい。苦しい。苦しい。

 このまま息すらもできなくなってしまえばいいのに。

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