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神にそむいても  作者: 二条 光
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一方通行

ハナズオウの花言葉「エゴイズム」



 バスは最初の目的地・平城京跡に着いていた。


「ごめんね、じゃあ行ってくるね」

「うん、楽しんできて……」


 力なく答えて、しほりにプラプラと手を振ると、しほりは申し訳なさそうにバスから下りていった。

 他のクラスメートも心配そうだったり怪訝そうだったり様々な表情を浮かべていたり「大丈夫?」といった声を掛けてくれながら、バスから下りていく。

 結局、私は体調がすぐれないまま。担任と相談してバスで待っておくことになった。

 天智天皇と間人皇女のこととか、孝くんとのこととか、智が誰と明日まわるのかとか、色々色々悩みはあったけれど。

 それでも、なんだかんだでみんなとの観光はけっこう楽しみにしてたんだけどな。ネットで下調べまでしたりして。


 窓から外の様子を眺める。みんな、バスからゾロゾロと会場に向かってる。


 あ……、智だ。


 いつもそうだ。智のことは後ろ姿だってすぐに見つけられる。


 え?誰!?


 その隣には私にとって見慣れない姿があった。女子が隣に並んでる。

 いつもだったら智は孝くんたちと一緒に行動してるのに。


 誰なんだろう。


 背中を向けてるから、わからない。


 え……。太田オオタさん?


 しばらくじっと見つめていると、孝くんたちと合流した瞬間に少し後ろを振り向いた顔は多分彼女。智は太田さんとふたり、並んで歩いていた。

 太田わた。

 理系クラスの女子。確か、智たちと同じクラス。いつもちゃんとキレイにしていて、いかにも女のコってカンジ。

 智たちがガッコーの男子のアイドルだとすれば、太田さんたちグループは女子のアイドルかな。

 そういえば、太田さんが智のこと好きだってウワサできいたことあったっけ。

 たまに廊下とかで会ってもあまり歓迎されてない雰囲気はあったけど、もしかして、智のこともカンケーあるのかな。それか、彼女の友達が孝くんのことを好きだっていうウワサもきいたことがあるから、もしかすると、そっちかな。

 いずれにせよ、うらやましい。そんな風に自分の感情を表に出せることも。智に素直に気持ちを伝えられる立場でいることも。


 私は窓のカーテンを閉め、目をつぶった。

 だけど、さっきの夢のこともあって、寝ることもできず。ただただ、目をつぶることしかできなかった。


 

 あれから多分30分も経ってないと思う。


「美姫ちゃ~ん」


 小声で私を呼びながらバスに入ってくる人がいる。孝くんだ。

 通路側に体をちょっとだけずってぴょこんとカオを出すとそれに気づき、孝くんがニコッと笑った。


「どうしたの?もう見学終わったの?」

「うん、一応ね」


 ちょっとだけ困ったように返す孝くん。

 いかにもウソくささがにじんでる。ウソつきの私なんかと違って、正直者の孝くんらしさが出てる。


「抜けてきたんじゃないの?」

「うん、ホントは抜けてきた」


 いたずらが見つかった子供みたいにテヘって笑った。


「美姫ちゃんいないからどうしたのかなと思ったら、しほりちゃんがここだって教えてくれたから」


 私が元の窓側の場所に戻る間もなく、孝くんは当たり前みたいに隣に座ってくるから、すごく密着してる。

 ふとさっきの智と太田さんの後ろ姿が思い出されてなんだか孝くんと距離を空けるのもわずらわしくなった。

 ここにいないのに、あてつけみたいにして密着したままでいる。


「大丈夫?」

「う~ん、どうかな?」


 気分の悪さはだいぶよくなったけれど、とにかく体がだるい。そして、頭の奥がズキズキする。

 さっきの夢のことといい、智のことといい。アタマだけじゃなく、きっとココロもズキズキトゲトゲしてる。


「そっか……」


 そう言いながら、孝くんは私のほうに頭を傾けてきた。

 なにもかもわずらわしくて、私も孝くんに傾けた。頭だけじゃなく、体全体も。


「明日、体調よくなるといいね」


 そう言うと、孝くんはぶらんとさせていた私の左手をそっと遠慮がちに繋いでくる。

 それに対して、私はされるがまま。

 それどころか。自分の体温が高いせいか、適度にひんやりとしてる孝くんの手が心地良くて握り返した。

 それに応えるかのように孝くんは指と指を絡ませ、いわゆる恋人つなぎをしてきたけれど、私はされるがまま。

 もう考えることすらわずらわしい。


「熱もあるみたいだね。美姫ちゃんの手、すごい熱い」

「うん……」


 私たちは少しの間口をつぐんだ。



「明日、しほりちゃんと大友一緒にまわるってね?」


 沈黙した空気に耐えきれなくなったのか、孝くんは今の私にとってはとりとめのない話題をふってきた。


「え、そうなの?知らなかった。大友くん、やっぱりしほりのこと好きだったんだぁ」


 いつも夫婦漫才みたいだって私たちの間で冗談っぽく話題にしてたし、しほり自身は大友くんに恋愛感情はなかったから、おそらくは彼のほうから想いを告げたんだろう。


「うん。いっつも冗談言ってるから、信じてもらえてなかったみたいだけどね」

「ハハハ、大友くんらしいね」


 やっぱり、そうだったんだ。

 でも、ふたりは合う気がするし、私自身は付き合っちゃえばいいのになって思ってたから、このまま付き合うようになるのなら嬉しい。


 再び、空気がピンと張りつめる。

 明日の自由時間のこと、まだ返事してない。そんなことを今更ながら思い出す。多分、その返事をきくためにも、孝くんはここに来たのかもしれない。



「智はさ、太田さんとまわるみたいだよ?」


 再び沈黙を破ったのは孝くん。しかも、私が今一番ふれてほしくない話題で。

 ココロが針山みたい。それはもう針がさせないほどの。

 さっきのふたりの光景が思い出される。目の奥がツンとする。もどかしい気持ちのやりばのない怒りにも似た感情がふつふつと沸いてきた。

 孝くんと繋いだままの手を自分の太ももの上でポンポンと叩く。それはリズミカルで、まるで太鼓を叩くバチのよう。


「そうなんだ~」


 つとめて明るい口調で返した。

 その後も幾度となく、バチで太鼓を叩く。

 孝くんはそれを手遊びだと解釈したようで、今度は自分の右ふとももをドラム代わりにする。まるで、ドラムロールのように。


「ダ、ダンッ。結果はっぴょ~」


 まるきり連想した通りで、私は小さく笑った。孝くんも鼻で笑う。


「美姫ちゃん。明日のこと、オレまだ返事もらってないよ?」


 孝くんのつないだ手に少しだけ力が入ったのがわかる。


「うん。そだね。うん、いいよ」


 さんざん待たせた挙句の返事はまるで紙飛行機が宙を舞うほどに軽かった。


「え?」


 あまりに拍子抜けだったのか、孝くんは返事の理解が出来ないみたい。かわいい人。


「まわろっか、一緒に」


 言った後、昔飼ってた犬に「散歩行こっか」って声を掛けていたことを思い出した。

 あの時も、智とはいつも一緒に散歩してたっけ。

 もうあの頃には戻れないよ。ね、智。


「ホントに!?やったね~」

「きゃあっ」


 驚いたような声を上げたかと思うと、孝くんは横から抱きついてきた。

 勢い余って抱きついてきたもんだから、私は空いたスペースに思いきり体が傾いてしまい、それはまるで孝くんに押し倒されているかのような体勢になってしまった。


「ごめん……」と言いつつも離れる気配のない孝くん。それどころか、言葉とはまったく正反対にそのまま体重を掛けてきた。


「ありがとう」

「あ、耳弱いんだぁ。ふぅ~」


 耳元でささやくから首筋がゾクッとしてしまい、思わずすくめた私に耳に息を吹きかける。


「もうっ!ダメだって!」


 右耳を一生懸命ふさいでも、孝くんは笑いながらその手をひょいっと軽くのけ、相変わらず息を吹きかけてくる。子供のイタズラとは程遠い。色気を含んだ戯れ。


「もうっ!!」


 軽く怒った視線の先には真剣な表情を浮かべた孝くんがいた。


 どうしたの?


 問いかける言葉が声にならなかった。だって、唇がふさがれてしまったから。

 だけど、すぐに唇は離れた。


「……ごめん」


 孝くんの謝罪になにも言わず、首を横に振った。

 もう一度目が合う。

 今度はお互い目と目で示し合わせたようにしてキスをした。たががはずれたように私たちは何度も何度もキスをした。


 この先、誰とキスしたって一緒なんだ。相手が誰だってもうどうでもいいんだ。

 私が本当にキスをしたい相手とはしちゃいけないんだから。

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