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神にそむいても  作者: 二条 光
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揺れる想い

ホテイアオイの花言葉「揺れる心」



「ただいま~」


 いつもの習慣で家に誰かいようがいまいが言う。だけど、今日はすでに誰かが家にいる気配。

 孝くんかな?玄関の隅によく見るスニーカーがきれいに置かれてあった。


「おかえり~」


 やっぱりそうだった。

 智の部屋から出てくる孝くん。ニッコリ笑って出迎えてくれた。

 ガッコーでも評判のカッコかわいい孝くん。特に笑顔はステキ。騒がれるのはよくわかる。


「遅かったね」

「うん、帰りに図書室でしほりたちと勉強してきたから」


 もっとも、話が大半で勉強なんてほとんどできなかったけど。


「そうなんだね」

「てか、孝くんは?部活は今日から休みだっけ?」

「そ、だから、オレも智とベンキョー中」

「そうなんだ」


 孝くんと智はバスケ部に所属。ウチの高校で練習試合がある時なんか、他校のコが彼ら目当てに見学に来るほど。

 テスト1週間前なので、今日から全部活活動中止だ。


「と言いたいところなんだけど」


 孝くんが困ったように笑ってる。


「ん?」

「智、寝てる」

「は?」


 自分でもわかるくらい眉間にシワが寄る。

 いくら慣れた友達だろうと、普通来てる最中寝るか?まぁ、マイペースな智らしいけど。


 とりあえず、私はいったん洗面所で手を洗った。


「智は?部屋?」

「うん」

「そうなんだ」

「あ、おばちゃんが夕飯オレも食べて帰っていいって言ってくれてたし、智も寝ちゃったからボチボチ帰ろうと思ってるんだよね。だから、美姫ちゃん一緒に食べよう?」

「うん、いいよ。お母さんは?あ、そか。今日夜勤か」

「うん、オレらが帰ってきてから入れ違いで出てったよ」

「そっか。じゃあ、荷物置いてくるね。待ってて」

「ん」


 ウチはいわゆる母子家庭。バツイチで看護師の母親は私たちの大学進学のためにも、夜勤もこなしてる。

 父親が一応仕送りしてくれてるらしいけど、母親いわくそんなもんじゃ全然足りないらしい。

 成績不振になったらダメだってことでバイトはしなくていいって言ってくれてるから、甘えてる。

 

 自分の部屋に荷物だけ置いてすぐにリビングへ入ると、まるで自分ちみたいに孝くんが夕飯をテーブルに並べてくれていた。


「準備してくれてたんだ。ありがと」

「ごめんね、厚かましくって」


照れたように笑う孝くん。


「ううん、助かる」

「ならよかった」


 ふんわりと笑うカオがワンコみたい。

 本当に優しくて気が利くヒト。こんなヒトが自分のカレシだったらきっと幸せなんだろうなとよく思う。


 今日はカレー。

 お互いに定位置と化してる場所、4人掛けのテーブルに対角線上に座る。


「いっただきまーす」

「いただきます」

「うん、うまっ!美姫ちゃんのお母さんはマジで料理上手だよね」


 いつも本当においしそうに食べる孝くん。そして、必ず母親の料理の腕を褒めてくれる。

 孝くんの環境を気遣ってっていうのもあるんだろうけど、ウチのお母さんもこのカオを見るのと褒め殺しが嬉しくて、孝くんがウチに来たらいつもご飯誘うんだろうな。


「やっぱり誰かと食べると、フツーにおいしいのがチョーうまくなるよね」

「そだね」


 孝くんの境遇を考えると、納得できる。

 彼が高校入学と同時に、父親の転勤に母親がついていき。一人っ子の孝くんは去年まではおばあちゃんと暮らしてたんだけど、そのおばあちゃんが骨折で入院してそのまま老人ホームに入っちゃった。

 たまに両親が帰ってくることもあるけど、ほぼ独り暮らし状態らしい。

 そして、私自身たまに独りでご飯を食べることがあるから、それは実感してることでもあった。


「期末テスト終わったら研修旅行だね、楽しみ~」


 口の端を上げてにぃっと笑う孝くん。本当に楽しみにしてるのが一目瞭然。


「そだね。でも、勉強会と帰ってきてからの小テストのことを考えるとフクザツかな」

「わ~、それは言っちゃダメだよ」


 孝くんは子供みたいに両方の耳をふさぐ。


 ウチの高校はいわゆる進学校。

 近年難関校と呼ばれる大学への進学率が下がってきているらしく、旅行先でも夜は期末テストの復習と旅行から帰ってきたらそのテスト。そして、及第点をもらえなかった生徒は夏休み返上で補講を受けないといけない。

 奈良には行ったことがなかったから行けるのは楽しみだったけど、私はそれ以上にそういうことが頭をもたげてる。


 そして、今日の古文の授業をぼんやりと思い出していた。

 天智天皇とその妹の話はまったく知らなかった。そのことが奈良に行きたかった思いにも影を差していて、今は正直なところ研修旅行なんて行きたくない。


「あのさ……」


 急にマジメな口調になる孝くん。

 驚いて思わず食べる手が止まった。


「うん?」

「2日目の自由時間あるでしょ」

「あー、あるね~」

「あの時間、オレと一緒にまわってくれる?」


 照れた表情の中に、瞳に灯った熱情が本気だと告げている。まぶしく差すような痛みに、私は目をそらすようにうつむくしかなかった。


 ウチのガッコーにはジンクス―『研修旅行2日目の自由時間に一緒に過ごす男女はうまくいく』―がある。

 だから、この時期は片想いの相手とその時間を過ごそうと約束をとりつけてることで頭がいっぱいになってる生徒が多い。そして、約束の取り合いでケンカしてる場面にも今日の昼休み遭遇した。


「ダメ、かな?」


 あからさまにしょんぼりしてる様は昔飼ってた柴犬を思い出す。


「……ダメ、とかじゃないんだけど」

「うん」

「で、でもっ、でもさっ。孝くんだったら一緒にまわりたいって言ってくるコたくさんいるでしょ?」

「うん……」


 それは否定しないんだ。多分、今日までに私が知らないだけで何人もの女のコから誘われているのかもしれない。


「でも、オレが一緒に過ごしたいのは美姫ちゃんだからっ」


 それきり、私たちは黙ってしまった。

 お互いが発言するタイミングを見計らいながら、カレーライスを食べることに集中する。



「オレが言ってるイミわかるよね?」


 結局、しびれをきらした孝くんが口を開く。耳まで真っ赤にして、核心をつくような言葉を吐いた。

 私は返事をすることができない。断るべきなのか、受け入れるべきなのか。それすらもわからないから。


「誰かほかに好きなヤツいるの?」

「……いないよ」

「じゃあ、考えといてくれる?」

「……うん」

「ありがと!いい返事もらえるといいな」


 照れくさそうにだけど確実に良い返事がもらえる予感がしているんだろう孝くんに私は曖昧に笑うしかなかった。

 私がもしこんなふうにすべてをぶつけたらどうなるんだろう。

 なんて絵空事、バカバカしい。


 孝くんのキモチはなんとなく気づいていた。周りからも「孝くんって美姫のこと絶対好きだと思うよ」ってよく言われるし。

 孝くんは本当にいいヒトだと思う。優しいし、かっこいいし。モテるし。彼と友達だって言えることがすごく自慢、そんな存在。

 そんな人が私のことを好きになってくれたのはすごく嬉しい。

 多分、ほとんどの人は彼から気持ちを告げられたなら飛び上がるほど嬉しいし、速攻で今回のことをオッケーするんだと思う。

 でも、好きとか付き合いたいとか思ったことがない。……ううん、正確に言うなら、考えないようにしてるだけなのかもしれない。

 もちろん、孝くんだけじゃない。好きな人のことを考えるだけで胸がチクンとする。


『好きな人?いるよ』


 そう言えるなら、どんなにラクなんだろう。



「孝は?」


 ドキン。食器を洗う手が止まる。

 ゆっくりと振り返ると、少しねぼけたカオの智がいた。


「さっき帰ったよ。カレー食べる?」

「うん」


 返事をすると定位置―私の向かいの席―に腰掛けて、リモコンでリビングのテレビをつける。

 ガスコンロにかけてあったお鍋のカレーは少しだけ冷めていたので火をかける。


 ガッコーで会う時とはまた違う緊張感。

 人の目がないだけ安心。反面、人の目がない不安。


 カレーを火にかけている間に残りの洗い物をすますと、タイミングよく鍋のほうもあたたまったみたい。ごはんとルーをカレー皿によそって智の前に差し出した。


「サンキュー」


 まるで自分ちみたいに動いてたさっきの孝くんと自分ちの自分のご飯なのになにひとつせずに待ってる智が両極端で笑えるから、小さく笑った。

 智は私が笑ったことに対して気づいたけれど特にきくこともなく、「いただきます」と言ってから食べ始めた。

 食後のデザートに準備していたりんごを冷蔵庫から出して、智の前に座る。


「リンゴ、智も食べるでしょ?」


 私の問いかけにクチにカレーが入ってるから黙ったままうなずく。


「冷蔵庫に切ったの入れてるから」

「サンキュ」


 智は大の偏食。リンゴは果物の中で唯一好きな食べ物だから、お母さんがしょっちゅう買ってくる。

 一方の私は好き嫌いは少ないほう。

 同じ兄妹で同じ環境で育ってんのに、どうしてこうも違うんだろう。

 赤の他人なんじゃないか。なんて思いたくもなる。

 でも、実際はそうじゃないんだから、皮肉だ。


 リンゴのシャリシャリと噛む音とカレー皿にスプーンが当たってカチカチという音だけがリビングでおしゃべりをしてる。


 智は研修旅行の自由行動の時間は誰と行動をともにするのかな。もしかしたら、誰かもう決まってるのかな。

 聞きたい。でも、聞きたくない。

 だけど、兄妹なんだから、聞いたっておかしくない。よね……?

 どうやって話を聞き出そう。


「あのさ」

「ん?」


 私の緊張なんて多分気づいてないんだと思う。意を決して発した言葉に対し、のんびりとした返事が返ってくる。


「研修旅行の自由時間の時、誰かまわる人いるの?」

「……美姫は?」

「今、私がきいてるんだけど」

「……孝とまわるの?」

「なんで?」


 カチンとしながらも思わずきいてしまう。智の思うツボだって頭ではわかってるのに。


「孝から誘われたかなと思って」

「………」

「孝とまわるんだ」


 智の冷徹な視線に背中がひんやりとする。私は悪いことも後ろめたいこともしてないっていうのに。


「まだ決めてない」

「けど、迷ってるってことは言われたんだ」

「………うん」

「ふ~ん……」


 目の前の人の表情は自分の表情を映してるってきく。

 私の目の前の人は不服そうにしてる。多分私もおんなじようなカオしてる気がする。


「てか、さっきから私の質問にぜっんぜん、答えてなくない?」

「……別にいいじゃん誰だって」

「え、誰?」

「だからいいだろ別に」


 智はそう言ったきり無言になり残り数口をかきこむようにして食べ終わると、さっさと自分の部屋へ戻っていった。





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