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神にそむいても  作者: 二条 光
17/23

必死の決意

野萱草の花言葉「決意」


「もうっ美姫ったら! 散歩だなんて、心配させないで頂戴! お兄さまにこの間きつく言われたばかりじゃないの」


 あの人が言うように姫は私のことを心配してくれていて、帰るなり玄関先でカミナリが落ちた。


「ごめんなさい……」


 私は力なく頭を下げる。


「姫、……」


 “話があるの。”

 言葉が出てこない。


 姫は私の顔を見て目をしばたたかせながら、「どうしたの? 顔の色が冴えないわ」と心配そうに私の顔をのぞきこんできた。

 やだっ。

 私は顔をそむける。

 今は見られたくない。

 娘の姫にも冷酷な人。でも、あの人と姫は血がつながった親子。

 それに、姫に対してまったく恨みがないかといえばウソになってしまう。

 少し冷静になる時間がほしい。


「美姫?」


 不思議そうな姫の声。


「ごめんなさい。散歩がんばりすぎて疲れたみたい。ちょっと部屋でゆっくりしてきます」


 急いで言葉を紡ぐと姫をすり抜けてその場を去った。


 部屋で寝転んで天井を眺める。つっと涙が自然に流れて髪をぬらしていく。


「はぁ……」


 姫だって苦しんでる。それに、今回のことは彼女は知らない。

 きっと知ったら怒ってくれるだろうし、孝徳天皇のところにお嫁に行くって言ってくれるかもしれない。

 でも、今度はきっと皇子がそれを望まないような気がする。

 ふたりともこの世界では私と智の恩人。

 私たちがこの世界で最初に出逢った人じゃなかったら、私たちはとっくに殺されていたかもしれない。智との夫婦としての時間もなかったかもしれない。


 涙を袖口でゴシゴシと拭く。


「よしっ」


 意を決して部屋を出た。


「美姫大丈夫?」


 姫の部屋に行くと心配そうに駆け寄ってきた。

 姫の気持ちがあたたかくて泣きそう。

 少し上を見る。姫と目が合わないように、涙が出ないように。


「姫、お話があるの……」

「話?」


 私たちはその場に腰をおろす。


「うん……」


 私はうつむいた。


「私ね、お嫁に行く」

「え? どうして? 美姫は智と結婚してるじゃない?」

「帝の」

「え?」

「だ、だから、帝の」

「どうしたの、美姫」


 顔をのぞきこんでくる姫はビックリしていて、私の意図が飲み込めていないみたい。

 それもそうだ。いきなりこんな話をされてすぐに状況を飲み込めるはずがない。


 顔をそらして「智、きっと私のこと捨てたんじゃないかな?」と答える。

 姫と目を合わせてなんて言えない。声が震える。


「そんなはずはないでしょう?」


 姫の戸惑う声に決意が揺らいでしまいそうになるけれど、それだけはダメだときつく自分に言い聞かせる。


「ううん、きっとそうだと思う。だから、私がね、姫の代わりに帝のところにいけばちょうどいいと思って。私がいけば、姫と皇子はそりゃあ今まで通りとはいかないにしても離れなくてすむんじゃない? ね、一石二鳥ってヤツ? わぁ、いい考えだ~、すご~い」


 一石二鳥って四字熟語、この時代にはあるのかな? なんてどうでもいいことを考えながら、口からすらすらと言葉が出てきた。

 目の前に置かれたセリフみたいに、ウソで塗り固められた言葉を吐けば不思議。ニッコリと笑顔までできる。姫の顔だってしっかり見れる。


「美姫、本気でそのような事を言っているの?」


 おそるおそる姫を見ると、不信感でいっぱいの表情で私を見てる。私にがっかりしてるのがわかる。


「えぇ、本気よ?」


 ニッコリ。満面の笑みを浮かべる。

 もうどうでもいい。智が助かればそれでいい。


「美姫、私に気を遣う必要はないのよ?」


 哀しそうにしてる。

 姫がまったく関係ないとはいえないけど、姫に自分のせいだとは思ってほしくない。


「違うの。姫に気を遣ってなんかない!」

「美姫……」

「今日皇子来るの? 皇子が来たら話して」

「……本当に美姫はそれでいいの?」


 いいワケないじゃん! だけど、智が!

 喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込む。


「うん、いいのいいの。私、智に捨てられたんだし、帝のお嫁さん? 智のお嫁さんなんかよりすごいもん」

「美姫、頭を冷やして?」


 姫は苦痛に顔をゆがめてる。

 そんな顔をされたら、心にしてるフタがとれてしまいそうだよ。

 もうガマンの限界。泣き顔を見られたら困る。

 私はプイッと顔をそむけ、「私はいたって冷静だよ。とにかく私が帝のところに行くからっ!」と言いながら立ち上がり、そのまま部屋を飛び出す。


「美姫! 待ちなさい!」


 姫の言葉を無視して部屋に戻った。



「美姫さま……」


 しばらく床に伏せて泣いてると、秋保さんがそっと寄り添ってくれた。


「お食事が整いましたが」

「ごめん、いらない」


 首を振りながら返事をした。


「美姫さま、やはり姫に」

「ダメだよ、そんなことしたら!」


 智が! 智が! 智がいなくなっちゃう。

 智という人間が世界からいなくなってしまう。

 それだけは絶対にダメ。


 私は唇をキュっと噛みしめた。


「ですが」

「……」


 私はそれ以上しゃべる気になれず、また床に伏せる。

 秋保さんの小さなため息がきこえた。


 ごめんね、秋保さん。秋保さんもつらいよね。

 あたったりしてごめんね。


 私も皇子や姫に力になってほしい。きっとあのふたりだったら皇極天皇のこと怒ってくれると思う。

 でも、それじゃあ智が……。

 それだけは絶対にダメ。それだけは絶対にイヤ。


 智、大丈夫? どうか無事でいて。

 智、智、智。

 智の顔が見たい。智の声がききたい。

 この状況に胸が張り裂けそうになってる私を「バカだな」って笑いながら叱ってほしい。

 そう思っても、心の中でいくら呼んでも智の声が私の耳に届いてこない。

 ねぇ智。私たちはやっぱりどこにいても結ばれない運命なのかな。


 ねぇ神さま。

 なぜこのような仕打ちをするのですか?

 私たちが罪をおかしているからですか?

 それならどうして現代にとどめていてくれなかったんですか?

 ぬか喜びさせて地獄に堕とす、そんな罰を与えるために私と智をこの世界に導いたんですか?

 そんなにも私たちは重たい罪をおかしているのですか?


 ねぇ神さま。どうか教えてください。



 その日はずっと部屋にこもっていた。

 そして夜、皇子がやってきて姫の部屋に呼ばれた。


「美姫、どういうことだ」


 皇子には今朝のことが伝わったんだと思う、険しいカオで私を見てる。


「姫に伯父上のもとへ嫁ぐと言ったそうだが」

「はい」


 私はうつむいたまま答えた。


「智を待たずして他の男のもとへ行くというのか?」


 私は目をぎゅっとかたくつぶる。


「智はきっと私のことを捨てました。だからもういいのです」


 皇子に会うまで何度となく心の中で練習した台詞を言葉にする。

 あぁ、言霊って本当にあるのかもしれない。口に出した途端、それがあたかも真実のように感じる。


 皇子は見極めようとしているのか、押し黙っている。

 緊張が走る。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろう人の圧というものはこんなにも重たいものなんだ。

 そして、私はそれに押し潰されまいと必死で身体全体を使って演じていた。


「美姫、顔を上げろ」


 皇子のピンと張った声。張りつめた空気が一層凍りつくかのようだった。


「………」


 顔を上げることはおろか、緊張から声が出ない。


「上げろ」


 恐怖心を振り払いながらゆっくりと顔を上げると、皇子がじっと目の奥を見てくる。


「もういっぺん言ってみろ」


 じっと私の心をのぞきこむように見てくる。


「はい、智は私のことを捨てました。帝のもとへいかせてください」


 見透かされないようにじっと皇子の目を見つめ返した。

 皇子で鼻で笑い、「何を血迷った事を。お前はそれ程にしか智を想っておらんのか?」とバカにしたように言う。

 目から涙があふれる。悔し涙かもしれない。

 よっぽどぶちまけてしまいたかった、あんたたちの母親のせいだって。

 でも、そんなこと言えない。言えるワケがない。


 私は涙を袖口で乱暴に拭って、ニッコリと笑った。


「どうとでもおっしゃってください」


 皇子が目を見開いて、唇をわなわなと震わせてる。


「お前の事は見損なったわ! お前の顔など見たくもない。この部屋から今すぐ失せろ!」


 皇子はまるで野良犬でも追っ払うかのように手で払いのけるような仕草をする。

 気がふれたかのように私はニコニコしながらその場をあとにした。


 今回の件が全部うまくいったとして、今朝皇極天皇からきいたようにその時智が解放されて、私がその時にはもう他の人の奥さんになっているワケで。

 やっぱり智は裏切ったと思う? 皇子みたいにそれくらいしか想ってくれてなかったのかって思う?

 それはつらいな。


 ねぇ智。

 智だけは私のこと信じて。そして、心だけは智のものだって思っていて。


 ねぇ智。

 智もいつかは私以外の人と結婚するのかな、するよね。

 それは仕方がないことだよね。

 せめて私のことを一番に想っていてほしいっていうのはやっぱり都合がいいかな。

 でもね、もしそう想ってくれるなら、それだけでいつかは幸せだって思える時がくるかもしれないな。

 この世界ですごくすごく短い間だったけど、智と夫婦として過ごせたこと、本当に幸せだった。

 夢みたいだった。そう、本当に夢みたいだった。

 やっぱり夢だったんだね。


 ありがとう智。どうか無事でいて。

 さようなら智。

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