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神にそむいても  作者: 二条 光
10/23

祭りのあと

竜胆の花言葉「あなたの悲しみに寄り添う」



 翌朝。


 目覚めた場所は昨日の夜と同じ寝床だった。

 これって本当に夢? もしかして現実? いや、ありえない……。

 じゃあ、醒めない夢? このままずっとこの夢と付き合っていかなくちゃいけないの?

 私、どうなっちゃうんだろう……。

 智に逢いたい。


「おはようございます」


 気づくとそばに座っていた女性がほとんど表情を崩さずにひれ伏すように頭を下げた。

 うたさんの仲間? 今でいう仲居さんみたいな人?


「おはようございます」


 私が挨拶を返すと、ゆっくりと顔を上げる。年齢は三十代くらい?


「今日から美姫さまのお世話をさせていただきます、秋保アキホと申します」

「私についてくれるってこと?」

「はい」


 マジか! どんだけVIP待遇なの?

 いや、もしかしたら私に対する疑いが完全に晴れてないから、あえての監視役かな。うん、それが合ってるかな。


「姫さまが、美姫さまをお呼びしております」

「あ、はい」


 秋保さんに手伝ってもらって、寝間着から昨日着ていた服に着替えてから姫の部屋に向かう。

 昨日はおフロも入らずに寝た。

 やっぱりこの時代って基本おフロって入ったりしないんだよね、確か。だから、平安貴族ってお香焚いて臭いをごまかしてたらしいし。多分、この時代もそうだよね。

 うわーん! おフロ入りたいんですけどっ!


 姫の部屋に案内されると、私を呼んでいるときいていたにも関わらず、彼女はまだふとんの中でまどろんでいた。

 三毛猫のミケは彼女のそばで毛づくろい。

 あの男はいなくなっていた。よかった。


「おはようございます」


 部屋の隅に座って挨拶をすると、けだるそうに姫は体を起こす。彼女の胸元は思いきりはだけていて、私の視線を察したうたさんが慌てて整えた。それをされるがままでいるところを見ると、きっと彼女のこういう姿は日常茶飯事なんだろうな……。

 やっぱり、こういう部分も私とは違うな。


「ねぇ、お兄さまってとっても素敵なお方だったでしょう?」

「そう、ですね……」


 お世辞は大の苦手。だけど、”あれのどこが?”って言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。ストレートに発言すると、命がヤバそうだもんなぁ。

 口の端がひきつりそうになるのをこらえながら、話を合わせた。


「好きになったら駄目よ」


 妖艶な笑みを浮かべながら、釘をさす。”大丈夫です、好みじゃありませんから”とは当然言えず。


「はい……」


 唇の端がピクピクするのを感じながら、返事だけをする。


「ふふふ」


 容姿はウリふたつかもしれないけど、やっぱり表情は全く違って、色気をたっぷりと含んだその表情は女の私ですらゾクッとする。

 本当に、知れば知るほど別人だなぁ。


「うた、着替えさせて」

「はい」


 そばに控えていたうたさんは、昨日私にしてくれたように手際よく彼女の更衣をする。着替え終わると姫は私と向かい合って座った。

 ミケは姫のそばに腰を下ろしてウトウト。

 そのミケを時々撫でながら、「ねぇ、」と話しかけてくる。


「はい」

「あなたには夫はいるの?」

「え!? 夫!?」

「えぇ、夫よ」


 そっか、この時代、私の年齢で結婚するのはきっと珍しくないんだよね。

 智の顔が一瞬思い浮かぶけど、すぐに自分で否定する。


「……いえ、多分いなかったかと」

「そうなの? じゃあ、恋人は?」


 智と、そして今度は孝くんの顔が浮かんだ。


「……どうでしょうか。それもはっきりとは覚えておりません」


 胸がチクンと痛む。

 それはどうしてなんだろう。智に対して? 孝くんに対して?


「そうなの。でも、お慕い申し上げている方ぐらいはいたんじゃないのかしら」


 さっきよりもずっと痛みが大きくなる。


「ふふ。その顔を見ると、いたようね」

「……多分」

「もしかすると、報われぬ恋だったのかもしれないわね」


 ズキンズキンズキン。ココロもアタマも痛い。

 ”報われぬ恋”。そう、私の想いは報われないんだ。


「そのような記憶がうっすらとあります」


 肯定の言葉を口にすると、思った以上にその事実に傷ついてることを自覚する。ズキンとココロに針で刺されたような痛みが走った。


「それはどなたからか反対されているの?」

「……私の国では禁じられている間柄だったように思われます」


 私と智はこんなことを言うことすらはばかられる関係だった。

 事実を口に出すことはココロをとても傷つける一方で、それすらも言うことを許されなかった現実は、ここではかろうじて口にすることが出来て、それだけで私の想いは少しだけ報われる気がした。


「……禁じられている間柄。そう……」


 姫は口をつぐむと、私の奥の庭先に視線を向ける、


「だけど、気持ちをおさえられるものではないのでは?」


 少しだけさみしそうに笑った。その笑みは哀しいほどにきれいで、彼女の想いは痛いほど伝わってくる。

 この人が間人皇女だとして、昨日のお兄さまと呼ばれた人が中大兄皇子だとすると、間違いなく自分自身のことを言っている。


「周りになんと言われようとも、二人に想い合う気持ちがあれば、例えその関係が罪だとしても、私はこの気持ちを曲げる気持ちはないわ」


 さっきまでの態度とは一転、芯の強い口調で言い切る。

 こんなにも自我を貫き通せるのはなぜ?

 容姿はそっくりだけど、やっぱりなにもかも違う。

 私はこわい。私には想うことだけしかできない。

 だけど、そんな自分を変えたくてこんな夢を見ているのかもしれない。


「その方に逢えないのは寂しいでしょう?」

「そうですね」


 嗚呼、早く智に逢いたい。早く夢から醒めて。

 きっと今目が醒めたら、部屋を出てそこには智がいて。きっと今なら智に私の想いを伝えられそうな、そんな気がした。



 この時代はどうやら一日二食。お昼近くに食事をすませた。


「姫!」


 昼食後、姫と一緒に縁側に出て庭を眺めながら、昨日と同様、姫から色々と質問を受けていると、姫を呼ぶ声とともに廊下をドカドカと歩く男らしい足音が近づいてきて、あの男が現れた。

 この人、苦手だなぁ……。

 今日は昨夜見たような聖徳太子のような格好から少しだけラフな衣装に身を包んでいる。


「お兄さま? 今日は一日公務でお忙しいのでは?」

「ああ、そうだったんだが、伯父上の体調がすぐれず。今日は思いがけず時間が取れたのだ」

「まぁ、そうでしたのね」


 姫はその時間の合間に自分に会いに来て嬉しいみたい。すごくニコニコしてる。


「だから、今日は狩りに行くぞ!」

「まぁ、それはいいですわね。今日もお兄さまの勇姿が見られるのね」

「あぁ、任せておけ」


 ニヤリ。自信ありげに笑う。

 なに、あのカオ! 絶対ナルシストだろ!!

 ……やっぱり、姫の趣味は私とは違うんだな。


「美姫」


 ニヤッと笑ったまま、私を見る。


「はい」

「俺の素晴らしい姿を見て見惚れては駄目だぞ、姫にこってりとしぼられるだろうからな」


 そう言って高笑いする皇子。


「ま!お兄さまったら~」


 それに対してうっとりとした瞳のまま、そして少しだけヤキモチの混じった口調で答える姫。

 私は曖昧に笑うしかなかった。

 てか。見惚れるか!

 チラリ。うたさんや秋保さんを見ると、こんなふたりのやりとりはすっかり見慣れた光景らしく、顔色ひとつ変えずにいた。

 こんなやりとりを、ここに住ませてもらってる限りはずっと見なきゃいけないのか。つらーい!

 でも、ちょっとだけ羨ましい。人前で人の目も気にせず、こんな恥ずかしい会話をできるふたりが。

 ちょっとだけ? ううん、すごく羨ましい。



「皇子」


 庭のほうに男性が現れてその場で私たちに向かって深く頭を下げる。


「準備は出来たか?」

「はい、整いました」

「よし姫。お前たちも出かける準備をしろ」

「はい、お兄さま。さ、美姫。私たちも着替えるわよ」

「あ、はい」

「じゃあ、俺は外で待っているぞ」


 うわっ!!

 皇子は部屋から出ていく間際、私にウィンクをした。

 もう! キモいし! しかも、姫がにらんでんじゃんか! バカ!!



 私、姫、皇子、さっき皇子に準備が整ったことを伝えにきた男性、うたさん、秋保さん。その他モロモロ計十人くらいの集団で出発。

 皇子をはじめ男の人たちは弓矢をしょって、姫と私以外の女の人たちは背中にカゴをしょっている。

 どうやら歩いていくらしい。


「ねぇ、どこに行くの?」


 すぐ前を皇子と並んで歩いてる姫にきく。


「すぐ近くの山よ」

「そうなんだ」


 現代の大阪の土地勘もないし、ましてやこの時代。すぐ近くなんて、身を置いてる屋敷からどのくらい歩けばいいのか全く見当もつかない。

 周りを見ればみんな笑顔。今回、多分この時代の人にとって今からすることは娯楽のひとつなんだろうな。


 それにしても、姫はすぐ近くって言ってたけど。もう多分二十分は歩いてると思うんだけど、まだ着かないんだけど。

 出発からずっと、みんな楽しそうに談笑してる。

 ていうか。この時代の人たちって歩くの早くない? しかも、歩きながら会話してるのに、全然息が切れてないんですけど。


「大丈夫ですか?」


 ほんの少し後ろを歩いていた秋保さんが声をかけてくれる。


「うん……」


 大丈夫じゃないけどね。


「もう少しですので」


 ホントかよ!


「……はい」



「よし、このあたりで今日は狩るとしよう」


 秋保さんが言ってくれたようにそれからすぐに山道に入って、皇子の声でみんな足を止めた。

 着いたの?

 っていうか! 女子もハンティングするの!?


「さ、美姫。こちらに行きましょう」


 どうやら男女別行動になるらしい。よかった。

 男性陣は皇子を先頭にさらに奥へ進んでいく。一方、姫を筆頭に女性陣はそれにはついていかず、その場で散らばる。


 私は姫に導かれて、秋保さんとともに近くに咲いてる紫色の花のほうへ。

 姫も秋保さんも草花を見分けながら、手早くちぎっていく。


「ねぇ、美姫の国でもこのようなことはするの?」


 このようなこと? 花摘みのこと?

 でも、姫も秋保さんも花だけじゃなく、草も摘んでるし。これはなにをしてるんだろう……。


 私はあまり自然に触れたこともない。

 山なんてほとんど行ったことないし。せいぜい、小学校の時の林間学校の時ぐらい。

 だから、花の名前もよく知らない。


「私にはそのあたりの記憶はありませんけど。多分、私の国でもする人はいると思います」

「そうなのね」

「ねぇ、今姫たちが摘んでるのってなにかに使うの?」

「美姫は本当に覚えていないのかしら? それとも、あなたがしていなかったのかしら?」


 姫は私の質問に驚いて一瞬きょとんとしたものの、やがて手に持っていた汚い色の草を私のほうへ向ける。


「うはっ!」


 ヘンな声を上げてその匂いのきつさに顔をそむけた。


「なにこれ~」


 私は両手で鼻と口をふさぐ。自分でも険しいカオをしてるのがわかる。


「これは煎じて飲むと、体調のすぐれない時などに効くのよ」


 姫は本当におかしそうにクスクスと笑った後、説明してくれた。


「へぇ」


 そして、今度は近くに咲いてあった花をちぎると、「これは蜜を傷口に塗ると、早く治るのよ」と教えてくれる。


「へぇ~」


 昔の人はすごいな。こういう生活の知恵がハンパない。



「姫!姫!」


 私たちがある程度摘み終えてのんびりしていると、皇子が片手に鳥の首をつかんで戻ってきた。その鳥には体の部分に矢が刺さっていてまったく動かない。


「今日の戦利品だ!」

「さすがお兄さま!素晴らしいわ~」


 姫の瞳がキラキラと輝いてる。皇子も姫の反応に気をよくしてる。


「皇子、さすがでごさいます」

「本当。皇子は何をしても才能をいかんなく発揮される」

「素晴らしいですわ~」

「本当に」


 うたさんが姫に追随すると、他の人も口々に皇子を褒めたたえるもんだから、皇子がすっかり有頂天になってる。

 そんな中、私ひとりだけなんにも言わないから、皇子の視線が私に向けられる。


「どうだ、すごいだろう」


 わざわざ私に獲物を見せつける。


「……え、えぇ、すごいです」


 わざわざ言わせておいて、さも当たり前だと言わんばかりに笑う。


「お前の国に俺のような素晴らしい男はいるか?」

「……さぁ、どうでしょう?」


 私は首をかしげた。

 一瞬浮かぶのは智のこと。

 もちろん、私たちは狩りなんてしたことない。でも、智はなんでも器用にこなす。運動だって勉強だって。きっとこの時代の人間だったら、間違いなく皇子と肩を並べる人物になってるはず。


「ふふん、どうせおるまい」


 負け惜しみでも言ってるように感じたのか、鼻で笑って私の言葉を否定し、勝ち誇ったカオで私を見る。

 ムッカ!!


「よし、帰るぞ!今夜は宴だ!」


 みんな皇子の言葉をきいてわぁっと色めきだった。



 皇子の宣言した通り、夜は宴会になった。


 多分、私が今食べさせてもらってるものはこの時代の人の食事にしては最高級なんだろうし、私が食べられないようなものはほとんど出ない。それなりに食べられる。

 だけど、私はやっぱり現代人。お母さんの作った家のご飯が食べたい。たまにコンビニやファーストフードが食べたい。パンが食べたい。スイーツ食べたい。


 はぁ~。これが夢なら早く醒めればいいのに。

 だけど、信じられないけど、もしかしたらこれって現実なのかなとか思いつつある。

 もう私の知ってる人には会えないのかな。


 浦島太郎は自分の村に帰った時、時間が随分と経っていたみたいだし、戻ってきた時に愕然としたらしいけど。

 私がもしその立場になったらどうしよう。

 もしかしたら目が醒めた時に誰も知ってる人がいなかったら?

 智も当然いない世界。あぁ、考えただけでぞっとする。


 今智はどうしてるんだろう。

 智に逢いたい。

 もしも仮に智がこの時代に一緒にきていたら、それだったらこの時代でも私は生きていける。智さえいれば、どんなところだって生きていける。

 それに、もしこの時代で智とふたりなら、お互いしか私たちしか知ってる人がいないワケで。

 それなら、私は勇気を出して智に伝える。智が好きだって。

 でも、いくらそう願ってみたって、現実は私はこの世界に独りぼっちなんだ。


 宴会場。みんな盛り上がってる。

 こんなに人がいるのに、私は独りぼっちなんだ。


「どうされましたか?」


 秋保さんが心配そうに声をかけてくれる。


「ううん、なんでもないっ」


 私はいつのまにか涙を流していてそれを慌てて拭った。


「……国のことで何か思い出されたのではありませんか?」


 そう言われた瞬間、拭ったはずの涙が一瞬にして溢れる。


「そうかも……」


 照れくさくて秋保さんから視線をそらした。


「帰りたいですか?」

「……そうだね、そうかもね。でも帰り方もわからないし」

「そうですよね……」


 秋保さんの返事がやけに実感がこもっていて、彼女を見るとどこか遠くを見ていた。

 秋保さんの素性は、私は知らない。だけど、なんとなく彼女には私と同じように帰れない事情があるのかもしれないと思った。


 あ……。

 秋保さんと初めて会った時から、誰かに似てるって思ってたけど、それが誰かわかった。しほりだった。なんとなく雰囲気がしほりに似てる。

 そんなことに気づいた今夜は少しだけさみしくないかも。


「ありがとう」

「いいえ」


 秋保さんはなんで私はお礼を言ったのかは尋ねることなく、代わりに優しい笑みを浮かべていた。

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