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神にそむいても  作者: 二条 光
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禁じられた恋

罪に問われてもいい

あなたさえいれば

それでいい


私たちは禁じられた恋をしていました


太古の昔より

私たちの恋は罪だったのです

 エリンジウムの花言葉「秘密の愛」



「はぁ~あっつー!ゆだるわ~」


 私は小さくつぶやきながら机に突っ伏した。


「それを言うなら、『“うだる”ですよ、葛城かつらぎさん』」


 現国担当で言葉遣いにチョー厳しいマルちゃんこと丸谷まるたにセンセーの口調をマネする声が頭の上からする。

 顔を上げると、ニッと笑ってるしほりがいた。


「似てるっしょ?」

「うん、チョーうまい」


 ニヤリ。笑みを返すと、しほりはますます顔を崩した。


「次、視聴覚室だって」

「え、マジで?やったね~。涼める~」


 ウチのガッコーは各教室にエアコンはついてるけど、なかなかつけてもらえない。だけど、視聴覚室だとかそういう特別教室は冷暖房完備だから、夏は涼しく冬は暖かく天国なんだよね~。


 ペンケースと古文の教科書とノートを持って、しほりと一緒に教室を出た。



「あ、待って。ちょっとトイレ寄ってく」

「ん。持っとくよ」

「ありがと」


 あ、……かも。


 女子トイレに入るしほりの荷物を受け取り、壁を背もたれにして立っていると、ガヤガヤと騒がしい集団が階段を上がってきているのを気配で感じ、私は思わずうつむいた。


美姫みきちゃん、次移動教室~?」


 ともの親友・たかしくんの声が聞こえて、私はいかにも今気づいたっぽく顔を上げた。


「あ……、うん」


 孝くんは数人のグループの先頭を歩いてくる。


 あ……。


 孝くんの隣には智がいて、それとなく視線をやってはすぐに孝くんのほうを見た。智も一瞬私のほうを見たような気がする。

 だけど、お互いに視線は合せなかった。


「次、視聴覚?」

「うん」

「いいな~。せめて体育の後は涼みたいよね~」


 そう言いながら、孝くんは胸元をパタパタと仰がせる。かすかに汗の匂い。


「今の時間、体育だったの?」

「そ!このクソ暑い中、グラウンドでサッカー。死ぬっちゅうに」


 確かに、孝くんのすぐ後ろに立ってる大友おおともくんなんかは頭から湯気がのぼってるし。


「とか言いながら、一番はりきってたのお前じゃん」


 大友くんは孝くんの頭を小突いた。


「確かに」


 孝くんが照れたように笑うのを見て、私たちは笑った。視線の端に映り込む智も小さく笑ってる。



「お待たせ~」


 笑いが収まったと同時にしほりがトイレから出てくる。


「お!アイドル集団」


 しほりは智たちに気づいて思わず声を上げる。

 智たちはガッコーの女子から”アイドル集団”って呼ばれてる。かっこよくて勉強ができてスポーツができて、ってことらしい。


「しほりちゃん、今日もかわういね~」


 大友くんが投げキッスつきでおちゃらける。


「大友。今日もチャラいね~」


 冷めた口調で言ったあと、プッと吹き出すしほり。

 そんなふたりのやりとりは毎日の恒例行事みたいなもんで、安定の笑いに、私たちもつられて笑った。



 キーンコーンカーンコーン……。始業のチャイムが鳴り始めた。


「あ、ヤバ。美姫、急ごっ。荷物ありがと。じゃね」

「うん」


 しほりは私が持っていた彼女の荷物をさらうようにして受け取ると、孝くんたちに雑に手を振って駆け出す。私も孝くんたちに軽く頭を下げながら、しほりの後を追うようにして走る。


「じゃね~」

「がんばってね~」


 孝くんや大友くんの声が後ろから追ってくる。

 でも、智の声だけは聞こえない。だけど、誰よりも智の視線を熱く感じるような気がするのは気のせい……?



「遅いわよ~」


 視聴覚室の後ろのドアを開けると、すでに古文の前島まえじまセンセーは来ていて、前のほうから声が飛んできた。


「すみませ~ん」

「遅れてすみません」


 私たちはたいして悪びれる様子もなく謝りながら、後ろの空いてる席に座った。



「じゃ改めて始めるわよ」


 前からプリントが回ってくる。


「期末テストが終わったら、みんなは研修旅行で奈良に行くということなので、今日は飛鳥時代の恋のお話を取り上げてみようと思いました」


 ウチの高校は修学旅行のことを研修旅行という。毎年2年生の1学期期末テストが終了する時期に実施されてる。

 ここ数年は京都だったんだけど、今年から奈良になった。なんでも旅行通の学年主任が京都は飽きたというのが変更理由らしい……。


「センセー。普通、奈良なら奈良時代でしょ」


 最前列に座る男子からもっともなツッコミが飛ぶ。


「うん、そうね。だからこそよ。どうせ研修旅行に行ったら、奈良時代にまつわることは色々と学んでくると思うのね。だけど、飛鳥時代のことまではなかなか習わないんじゃないかなと思って」

「そっか」


 ごもっともな返答で、ツッコんだ男子はもちろん、教室中が納得の反応を示す。



 前島センセーは教室を見回し、小さくうなずいてから口を開く。


「飛鳥時代の区切りは色々ありますが、聖徳太子しょうとくたいしが摂政になってからつまり推古すいこ天皇を正式に補佐する立場になってから、そして『南都(710)の名は平城京』、つまり平城京に都がうつされるまでの時代を飛鳥時代と呼んでます。じゃあ大森おおもり君」


 センセーはさっきツッコミを入れた生徒を丸めた古文の本で指した。


「はい」


 大森くんは首をすくめながらうなずく。


「その時代に即位してる天皇の名前を挙げてみて。何人でもいいわ」

「えっと~。推古天皇」

「はい。それから?」

斉明さいめい天皇」

「はい。それから?」

孝徳こうとく天皇」

「はい、いいわよ。それから?」

天智てんじ天皇」

「はい!天智天皇、ありがとう」


 前島センセーは嬉しそうに大きくうなずいた。


「今日はね、天智天皇の恋のお話をしたいと思います」


 そう言うと私たちに背を向け、前のホワイトボードに黒ペンで「天智天皇の禁じられた恋」と書く。

 そのスキャンダルな文字が躍ると、教室が少しソワソワしてくる。


 禁じられた恋……。


 胸のあたりがゾワゾワとまるでなにかが這ってるような居心地の悪い気分に襲われる。



「まさかのBL?」


真ん中のほうの席からボソッと声が上がると、すぐ近くの女子が小さくキャッと叫んだ。


「はい、残念ながら違います。BL、つまりボーイズラブ、同性愛の話ではありません。まぁ、先生は天武てんむ天皇と実は兄弟でそういう関係だったとかだったら楽しいなと常々妄想しますけどね」


 センセーの茶目っ気たっぷりな発言に笑い声が湧く。


「今でこそ、三親等間で結婚はできないっていうのはみなさんも知ってると思いますが、この時代、おじさんと姪、おばさんと甥はもちろん、腹違いの兄妹(姉弟)までは許されていました。だから、そのあたりの間柄までは決して近親相姦ではありませんでした」

「マジで!?」

「はい、マ・ジです」


 近親相姦なんてコトバに、みんな色めき立っている。

 思わずつぶやくように発した男子の言葉に、センセーは落ち着きつつも茶目っ気たっぷりに若者コトバを使って返答する。


「だけど、同じ母親から生まれた関係はやはりこの時代でも罪になります」


『同じ母親から生まれた関係はやはりこの時代でも罪になります』


 そんな昔でもやっぱりそうなんだよな……。


 頭がクラクラする。ガンガンする。不自然に思われないように両手で頭を抱えながら、髪を後ろに流した。何度も何度も。



「それで、天智天皇は父親は舒明じょめい天皇、母親は皇極こうぎょく天皇。そして、天智天皇と全く同じ、この両親から生まれた妹がいます。それが間人皇女です。彼女と恋愛関係にあったんじゃないかと言われています」


教室が一層ざわつく。


胸が痛い……。私はこの場所からいなくなりたかった。



「彼女の夫は叔父でもあった孝徳天皇でしたが、」


「マジか!」

「え!?」

「ダンナがオジさん!?」

「それって不倫!?」

「キモッ!!」


 ザワザワザワザワ。教室中が一層騒がしくなる。

 ザワザワザワザワ。まるで、私の胸に多数の虫でも這っているかのような不快感が一層深まる。


「そうね、今でいうところの”不倫”ね。もっとも、ふたりの関係は結婚する前からの関係ではあったんだけどね。でも、間人皇女が嫁いでからもその関係が切れることはありませんでした」


「うわっ!」

「それダメでしょ」

「ゲスだ、ゲス~」

マジ、キモっ」


 方々から挙がる非難の声。

 私はいたたまれなかった。


 世間ではそういう評価が普通なのだ。そして、私は普通じゃないんだってことをイヤってほど実感させられる。

 そう、私は普通じゃないんだ。



「はいはい、みんなの意見はあとでゆっくりきくから。続けるわよ」


 みんなが黙ったのを確認し、センセーは小さくうなずいてから口を開いた。


「そして、彼女は夫である孝徳天皇よりも兄の天智天皇にべったりでした。ちなみに天智天皇はまだ即位はしていないから、この当時は中大兄皇子なかのおおえのおうじね」


「へぇ、そうなんだ」

「ふ~ん」


 方々で小さく反応の声が上がる。


「それで、孝徳天皇がこんな歌を残しています」


 再びホワイトボードにセンセーが書き出したのは

かなきけ が飼ふ駒は 引き出せず 吾が飼ふ駒を 人見つらむか」

 という一首。


「じゃあ、斉藤さいとうさん」

「はいっ」


 隣に座るしほりは突然名前を呼ばれ、ビックリして背筋をピンと伸ばす。


「遅刻した罰にこれ訳して」

「えぇ!?……えっと、カナギをつけている私の飼っている、…駒、違う、駒は馬のことか。馬は……」


 しほりは当てられてワタワタ。ホワイトボートとプリントを交互に見ながら、しどろもどろに発言し出す。


 当てられなくてよかった。


「『引き出せず』?引いて出せない~?私の飼っている馬は人を見つめているか、そうに違いない。ですっ!!」

「斉藤さんありがとう。せっかく訳してくれたけど、それだと点数上げられないわね」

「マジっすか~」


「じゃあ、私が説明するわね。鉗っていうのは馬の首につけていた首輪みたいなものね。で、ここでいう駒は馬のこと。で、直訳すれば、『私の飼っている馬は大事に首輪をつけていて小屋からも出せないようにしていた。なのに、人が見てしまったよ』ということね。それで、中大兄皇子と間人皇女が恋愛関係にあったとして、なおかつ、孝徳天皇がふたりの関係に気づいていた上で詠んだ歌と仮定して訳すと、『私の妻である間人皇女は大事にしていて家から出られないようにしていた。それなのに、中大兄皇子は見つけてしまったよ』、つまり連れ出したということね」


「それって駆け落ちですか?」


 窓際のほうから質問が挙がり、それに対してセンセーはニッコリと笑う。


「そうね、そういう解釈になるよね」


 わぁっと方々から小さく声が上がった。


「でも、やっぱ不倫はダメだって」

「え~、でも、ちょっとかっこよくない?」

「いやいやいや」

「ダメでしょ」

「てか、そもそも、近親相姦ヤバくね?」

「わ~、マジヤバい!」


 様々な意見が飛び交う。


 みんなヒトゴトだなぁ。そりゃそっか。


「実際、孝徳天皇が飛鳥を離れて難波に都を移した時、いったんは難波に一緒に移っていた中大兄皇子は飛鳥に帰ってしまうんですが、その時間人皇女も飛鳥についていっています」


「わぁ!皇子マジヤバいんだけど~」

「マンガみたい」

「だよね~」


 みんな単純だなぁ。最初は非難してばっかだったのに。

 みんな所詮ヒトゴトだからな。

 

 禁じられた恋なんて、なにひとついいことないし。マンガみたいでもない。

 ただ苦しいだけ。

 こんな想い、知らないなんて。世の中の高校生って平和だな。

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