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短編集

25歳のハローワーク

作者: 枝鳥

赤田17歳、高校体育館

「なあ、卒業後赤田はどうする?」

クラスメイトの青山が話しかけてきた。

卒業式がさっき終わり、在校生の僕たちが会場の片付けをしている時だった。

青山とは去年も同じクラスで今のクラスでも一番気が合う。

「まだ何にも考えてないよ、青山は?」

ガチャガチャとパイプ椅子を折りたたみながら青山は声をひそめながら言った。

「俺さ、進学しようかと思ってる」

「お前が?え、大学へ行くの?」

正直、驚いた。

青山はそんなに成績は良くない。

かろうじて平均の下の方に引っかかるくらいだ。

成績表をもらうたびに交換して見てるんだから、間違いない。

「実はさ、俺さ、教師になりたいんだ」

「そっか。いいんじゃないか、青山は意外に子供好きだもんな」

僕は内心のショックを押し隠してそう言った。

僕も青山とそう成績は変わらない。

将来のことは25歳までに色々やってから決めればいいんじゃないかとぼんやり思っていたくらいだ。

青山が僕より少し大人になった気がして、僕は少し焦った。




赤田18歳、高校体育館

去年、卒業生を見送る側だった。

僕らは今日、卒業する。

青山は無事に大学進学を決めた。

僕は、近所のスーパーで3年間の契約アルバイトをすることにした。

少しだけ青山のことが羨ましいなって思ってた。

今からやりたいことがあるなんて。

僕にはまだ将来、何がしたいかさっぱりわからない。




赤田20歳、スーパーの休憩場

「来年で契約満了だね。赤田君さえ良ければ更新してみないかい?」

スーパーの店長が缶コーヒーを飲みながら話しかけてきた。

「お言葉は嬉しいのですが、僕はもっと色んな仕事を見てみたいと思います」

「そうかいそうかい、まあ他にこれという仕事が見つからなかったらうちのことも考えてみてほしい。君みたいな真面目な子は歓迎だよ」

ワハハとお腹をゆらしながら店長は笑った。

「ありがとうございます。もしそうなったらよろしくお願いします」

僕はペコリと頭を下げた。


今日は久し振りに青山に会った。

青山は教職科目の履修が終わって、来年からアルバイトらしい。

僕の一件目のアルバイトが無事に終わったことと合わせてお祝いした。って言ってもファミレスでドリンクバーで乾杯なんだけど。

「青山は大学はどうだった?」

「うん、やっぱり周りと比べると焦るけど、楽しかったよ。

来年から俺もアルバイト始まるけど、やっぱり教職中心にしようと思ってる」

「最初は塾か?」

「いいや、まずは家庭教師にした。

急に大人数は俺には難しそうだからな」

青山は、教師になるって夢に向けて着実に進んでる。

「赤田の方はスーパーはどうだった?」

「うーん。物を売るのは楽しいけど、もっとこう物を売るって何なのかなって思ってさ。

だから来年からは物流センターに行こうと思ってる」



赤田21歳、商社の倉庫事務所。

パソコンで今日の入荷分と納品伝票のチェックをしていたら、所長に休憩に誘われた。

「お疲れ様。キリがいいところまで出来たら休憩にしようか」

ちょうど今、入力している分で完了するから少し待ってもらってから一緒に休憩場所に向かった。

「どうだい?仕事には慣れたかい?」

「はい、先輩たちにも良くしてもらっています」

「赤田君は前はスーパーのレジだったかな。うちの仕事には向いてそうかい?」

所長が僕に缶コーヒーを渡しながら聞いてきた。

「ありがとうございます、ごちそうになります。

楽しいですね。多くの物が日夜、売買されてるってスーパーでは感じられなかった経験だと思います」

「うんうん、商社って関わらないと何やってるのかわからない仕事でもあるからね」

そう言って所長は缶コーヒーを飲み干した。

「うちとは一年契約だったからもうすぐ期間満了だね。

もし商社の仕事が気に入ったなら、他の部署のアルバイトも経験してみるかい?」


青山からの急な連絡で、青山の家に行くことになった。

「赤田、俺さ、教えるって向いてないかもしれない」

「どうしたんだよ急に」

青山は落ち込んだ顔をしていた。

「家庭教師してた子がさ、第一志望に落ちちゃってさ。

俺のせいだよな」

僕は何も言えなかった。

「俺さ、もうちょっと進路のこと考えてみるわ」



赤田22歳、商社本社。

先輩が昼飯に誘ってくれた。

「なあ赤田、営業って楽しいだろ?」

席につくなり途端に自信満々に言ってきた先輩に思わず吹いた。

「先輩は本当に営業が好きなんですね」

「ああ、天職だと思ってるからな。

お前はどう思った?」

おしぼりで手を拭きながら考える。

「楽しいです。そりゃ出張ばかり続くとたまにしんどいなって思いますけど、こんなにも多くの流通に関わるってやり甲斐がありますね」

先輩はうんうんと頷いている。

「そうだなあ、俺も色んな仕事をしてからウチに入ったけど、楽しいってのが一番大切だって思うな。

お前は後2年ちょっと期間があるんだよな。

どうするつもりだ?」

「勉強しようかなと思います。

短大に行こうかと思ってます。

商社で働いてみて、経済をもっと知りたくなりました」

「そりゃいいな、お前もこの仕事に向いてそうだもんな」

上機嫌な先輩は昼飯の唐揚げを2つも分けてくれた。



久し振りの青山は、ずいぶん元気そうにしていた。

「よ、久し振り」

「今日はずいぶん明るいな。何かいいことあったのか?」

いつものファミレスでドリンクバー。

青山はグラスの中の氷を回しながら言った。

「俺さ、前の時落ち込んでただろ?

でもさ、家庭教師した子がさ、俺のおかげで第二志望受かったって喜んでてさ。

本当は校風から第二志望の方が気になってたからよかったって。

で、昨日久し振りにその子から連絡があって、その学校で将来やりたいことが見つかったって」

「良かったじゃん」

「俺もさあ、向いてないかもって思ったけど、教えることやっぱ好きでさ。

あれからずっと学童保育のアルバイトやってみてさ、学校じゃなくて家庭教師じゃなくてこれが向いてるって思ったんだ」

「へえ、じゃあ教師になるんじゃなくて学童保育の先生?」

「ああ、その方向で行こうと思ってる」



街頭テレビが季節の風物詩、面接シーズンを迎えたことを報じた。

僕は、チラリと街頭テレビを見てから交差点を渡る。

この7年間の僕が詰まった書類をしっかりと持って。



赤田25歳、商社、面接会場

「おお、赤田君じゃないか。うちを受けると決めてくれたんだね」

「はい、これが僕の履歴書と各職場の推薦状です」

ぼくは書類を提出した。

「うん、スーパーの店長さんも赤田君のことを欲しがってくれてるね。

工場事務もいい評価だ。

で、もちろん営業もいい評価だね。

営業の後は短大か。

必要な勉強はできたかね?」

「はい、バッチリです」



「かんぱーい」

「かんぱーい」

僕と赤田の持ったファミレスのドリンクバーのグラスがカチンと音を鳴らす。

「お互い、無事に就職おめでとうだな」

僕がそう言うと、青山は笑った。

「まさか赤田が大学行くとは思ってなかったけどな」

「僕もそう思うよ。でも、商社で営業するなら、勉強したいと思ったからさ」

「なあ、そう言えばさ。俺らの爺さんぐらいまでの世代ってさ、なりたいものがわからないままにほとんどみんなが高校を出ると大学行ったんだってさ」

「あー僕もなんか聞いたことがある。何しに大学行ったんだろうね」

「変な時代だよなあ」

「大学に4年も通ってすぐに就職するのが普通だったらしいよ」

「え?何になりたいのかわからないのに勉強して、したこともない仕事に就くの?まじで?」

「うん、僕もそう思って聞いてみたんだけどさ、当時はそれが当たり前だったんだってさ。それでローンでお金も借りて就職してすぐに返済に追われて大変な人ばっかりだったんだって」

「何のための大学だったんだ?」

「でも今より遊ぶ時間は多かったって」

「遊ぶ時間かあ。ちょっとだけうらやましいな。俺らは高校出てからの7年で適職探すのに必死だもんな」

「そうだね、4年も遊べたらって想像するとうらやましい」


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― 新着の感想 ―
[一言] ちょうど今から就活なのでなかなか考える内容でした。 面白かったです。 前の方の感想を見ると数年大変でも…とありますがその数年が本当に大変なんですよねえ… 何かとお金もいりますし、独り立ちす…
[一言] キャリアコンサルタントの勉強をちょうど今しているところですが、日本の就職環境の歪さ(新卒一括採用や転職状況など)は海外と比べても特に顕著なようです。 (だからこそCCの仕事が必要とされている…
[一言] あ、未来の話だったのかこれ。 確かに今の社会は初物以外には厳しいですからねぇ・・・
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