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黒き竜は空を舞い  作者: サモト
赤竜王の結婚
43/44

10.

 妃妾の棟で、アルカは乱暴なこともされず、温かい食事にもありつけた。もちろんシグルドのおかげだが、そのせいでシグラッドにはにらまれ通しだった。


 子供が仇敵の後ばかり追い回すので、シグラッドはおもしろくないことこの上ない。


 腹立ちまぎれに、かるく銀竜を小突いてみたりしようとするのだが、そのたびに息子から猛反撃がくるので、ひたすら苛立ちがつのっていくのが目に見えて分かった。


「シグルド、かばってくれてありがとう。でも、お父上をにらんだり、蹴ったり、噛んだりしてはいけません」


 寝室で、ベッドに入ったシグルドをアルカはやさしく諭したが、息子はきょとんとした。


「でも、オーレックおばあさまと、イーダッドおじいさまが、いってました。

 おかあさまはよわいから、ぼくがまもらなくちゃいけないんだって。

 おかあさまをいじめる人をたおすのが、ぼくのやくめなんだって」


 アルカは、自分の知らないところでなされていた黒竜親子の教育の方針にめまいを覚えた。


「大丈夫。お母様は大人だから、ちゃんと自分の身は自分で守れるし、シグルドはお母様に守られる方なの。安心して眠って。ね?」


 イマイチ心配そうにしながらも、シグルドはまぶたを閉じた。規則正しい寝息が聞こえはじめると、アルカはそっと寝室を後にした。


 寝室の隣には、シグラッドが陣取っていた。椅子にどっかりと腰を下ろし、酒瓶からじかに酒を飲んでいる。いつもはちゃんとグラスに注ぐのだが。今日は飲み方がすさんでいた。


「シャール、アルカはどうしてる」

「大使館にこもられております」


 シャールは明後日の方向をむいて答えた。

 シグラッドは忌々しげに、酒をあおった。


「全部、黒竜が悪い」

「……なんでそうなるんですか」


「あの両刀使い! 前々から怪しいとは思っていたが、やっぱりアルカを狙って。許せん!」


「両刀? 黒竜は両利きなんですか?」


 アルカがまじめに聞き返すと、シグラットはぺっと唾を吐く真似をした。


「なに清純派を気取っているんだ、銀竜。いい歳こいてそのボケはないぞ。黒竜は男も女も抱くやつだって知っているだろう」


「……………はい?」


「黒竜が全盛期だった先々代の皇帝の御代は、よくいえばおおらかだったからな。親兄弟に親戚、複数人、男同士女同士、何でもアリ。あの女が囲う愛人は、男がほとんどだが、少しだけ女もいた」


 シグラッドの言葉が、右の耳から左の耳に抜けていく。


「前々から、アルカへの親切が過ぎると、変に思ってはいたんだが。

 まあ、昔の話だし。アルカへの態度も身内への愛情といった域にあるような雰囲気だったから、放置しておいたんだが。

 あの女、やっぱりアルカを狙ってやがった。食べてしまいたいくらいかわいい? おおいに賛成だ! だがおまえが食うな!」


 アルカは真っ白になった。


「今日なんて、男の姿で現れて。あの女、とうとう直接的なアピールに出やがった。私に対する宣戦布告だ」


 ろうそくの炎が、勢いよく燃え立つ。


「アルカは鈍いから、アピールされても全然気づいてないし。あの女の親切を、ただの親切だと思って信頼するばかりで――ある日突然、訳も分からず押し倒されたらと思うと」


 シグラッドは口元を押さえた。

 すっくと立ちあがる。


「――やっぱ殺す」

「ままままってください。誤解ですよ、きっと。あなたに対するイヤガラセのイッカンデ」


 一度は止めたアルカだったが、脳裏を、さまざまなことがよぎっていった。キスされたことや、噛まれたこととかが。ぶるぶると首を横にふる。


「嫌がらせの一環です!」

「今、迷っただろ、銀竜」


「大丈夫ですってば! あのですね、あなたももっと落ちついて。アルカ王女はあなたのことが好きなんですから。たとえ黒竜に言い寄られたとしても、なびいたりしませんよ」


 力説すると、シグラッドは殺気を消した。


「……今のもう一回」

「どれですか?」

「アルカ、絶対他になびかない?」

「なびかないです。大丈夫です。自信をもって」


 シグラッドはとたんに機嫌がよくなった。グラスを二つ用意すると、酒を注いで、片方は銀竜の方へ押し出す。


「たまにはおまえもいいこというじゃないか。そうだな、忘れかけていたが、私以上にいい男なんていないからな。アルカが他になびくわけがないな。一生。来世も。未来永劫」


「来世までは責任もてませんけど――あ、いえ、未来永劫です。ハイ」


 銀竜様は赤竜王の気迫に負けておもねった。


 グラスのお酒をなめながら、思う。

 シグラッドの話を聞いても、オーレックにヘンな疑いをかける気にはなれないが――ほんのちょっぴり、少しだけ、警戒心を頭の片隅においておこう、と。


「ところで、金竜のことですけれど」

「助けて欲しいのか?」

「助けてくれるんですか?」


 シグラッドは形のいい唇の端をもちあげた。瞳は金に危険に光る。銀竜の小さなあごを指先で持ち上げて、愉しげにいう。


「おまえも弟子と一緒に牢につながれるというのなら、死刑は取り消してもいい。私に一生、飼い殺されろ」


「金竜は夜来香を研究した罪を立件され、死罪に問われているそうですね。証拠品を、すべて見せて頂けませんか?」


 アルカは金の瞳を見据えて、精いっぱい強気に返した。


「私は夜来香の作り方を知っています」


 銀竜の弟子なのだから、師の知っている薬をわざわざ研究して作ろうとする必要はない――とアルカはほのめかした。


 あごから指がはなれた。

 シグラッドはおもしろくなさそうに、椅子の背にもたれかかった。


「望みはなんだ? どうやったらおまえの目と口は閉じる」

「それを願いたいのはこちらです、赤竜王陛下」


 困った顔をしてみせると、シグラッドは眉をしかめた。


「おまえは嫌いだ。私の飴も鞭も、まるで無視する。自分がまるで駄々をこねている子供に思えてくる」


「金竜を、金竜として扱ってください。今の彼はそれ以外の何者でもない。彼もそれを望んでいるはずです。

 あなたは彼の正体を、ご存知でしょう?」


「ブレーデンだろう。本人は一言も名乗らなかったが」


「彼はあなたになにか言いました?」


「いいや。何も。


 私は金竜に、余罪による死刑だとはいわなかった。幇助罪によって死刑に処す、と伝えたが、金竜は黙ってうなずいただけだった。弁明もなかったし、減刑を望むこともなかった。


 後から判事がいっていた。金竜は、薬の師から教えを受ける際、だれであっても救うことと約束させられたのだとさ。だから、助けた結果、罰を受けても後悔はない、といっていたらしい。


 ――人間、変わるものだな。わがままで、甘やかされていた子供だったのに」


 シグラッドは作った拳を眉間にあてた。


「銀竜、金竜に約束させろ。ブレーデンとしての人生は二度と歩まないと。それなら余罪は取り消す。

 死刑囚を一人、ブレーデンとして病死させる。世間にブリューデル皇太后の息子は死んだと周知する。

 お前もあれがブレーデンだということは絶対口にするな」


「うけたまわりました。赤竜王陛下」



********



 王宮の端の端、人気のない一室で待っていると、衛兵が囚人を連れてきた。うろこ模様を彫りつけ、金に塗った木の面をつけている。


 衛兵が退室すると、金竜はすぐさまシグラッドにひざまずき、臣従の意を示した。

 シグラッドはそれに対して、とくに反応は示さなかった。さっさと話を進める。


「おまえの師匠の銀竜様だ。おまえの死罪を取り消しに来てくれたぞ」


 アルカは冷や冷やした。表情は見えないが、金竜がとまどっているのが伝わってくる。


 師匠が銀竜だというのはあくまで噂の話だ。この人は師匠ではありません、といわれたらと危ぶんだが、幸いにも金竜は無言だった。


「金竜、仮面をはずしてもいいですか?」


 金竜はシグラッドを気にしたが、抵抗はしなかった。

 仮面の下から、くずれた面相があらわになる。元の顔だちは想像できなかったが、瞳の色も、髪の色も、ブレーデンだった。アルカは中途半端に生えたうろこをなでた。


「今までよくがんばったんですね」


 子供時代にぷくぷくと肥っていた指は節くれ立ち、ガサガサに荒れていた。腕だけがやけにきれいなのは、作っている皮膚の薬をそこで試しているからかもしれない。


 アルカは夜来香をとりだした。こっそり、シャールに自分の部屋から取ってきてもらったものだ。


「これはあなたの身体を、元にもどす薬です。

 ただし、あなたはもう、ブレーデンではない。これからは金竜として生きていく。過去も身分も捨てて。できますか?」


 金竜はうなずいた。


「だれにいわれても? 絶対に?」

「過去に未練はありません」


 唐突に、かわいた唇から力強い声音が発せられた。


「あなたが示してくれた道に、僕は生きます。シャムロック」


 金竜の師匠は、シャムロックというらしい。

 そしてそれは、銀竜の使う名でもある。

 アルカは本当に師匠が銀竜だったのだと驚いた。


 夜来香を香炉に入れ、火をつける。変化はすぐに起きた。金竜は顔を押さえてうずくまった。しばしののち、ためらいながら、顔をあげてきた。自分の体をあちこち触って確かめている。


「――きれいに、もどりましたね」


 鏡を手渡しながら、アルカも顔をよく見た。意外と美青年だった。性格から意地の悪さがすっかりぬけたせいか、印象がやさしく、年のわりに幼っぽい。


「先生は、僕が一人前になったなら、元にもどしてくれるといっていましたね。僕はもう、一人前ということですか?」

「立派に」


 銀竜ではなかったが、アルカは断言した。

 シグラッドが改めて宣告する。


「金竜の死罪は取消。有罪判決から起算して、懲役三ヶ月を課す。以上だ」


 つまりは元の通り、幇助罪のみの懲罰ということだ。シグラッドは夜来香の香りが我慢ならないようで、鼻を押さえていた。すべて事が済むと、早々に立ち去っていく。


 金竜がその背を目で追っていた。もの言いたげに喉が動いたが、呼び止める言葉を出す勇気はないようだった。閉まった扉を、恋しそうに見つめる。


「金竜、申し上げたかったことがあるなら、私が聞いておきましょう」

「もしお許しいただけるなら、僕は陛下のお母上をお救いしたいのです」


 金竜は荒れ放題の手指をなでた。


「僕は今まで、皮膚の薬についてとくに研究してきました。いまだに毒による傷を負われたままの陛下のお母上を、お助けしたい」


 アルカは難しい顔をした。


 シグラッドの母親を苦しめたのは、彼の母親だ。金竜が救いたいと思う気持ちはわかる。


 だが、彼をこんな境遇に陥れたのは、シグラッドなのだ。シグラッドは、人は二枚舌をもっていても当然、と思っている。金竜の復讐を疑い、ヘタをすれば、気を変えて金竜の首をはねかねない。


「今も昔も、僕は他のだれより陛下を敬愛しているんです。すこしでもお役に立ちたい。それが僕の生きがいです。


 過去を語ることを、今一時だけ許してください。


 陛下が母にしたことを、僕は恨みに思っていません。酷い話ですが、僕は母が死んでも、あまり悲しくなかったんです。


 もし、母が原因で兄が窮地に陥ったり、死んでしまったりしたなら、僕は母が死んだよりも数十倍悲しんで、母を恨み憎んでいたはずです。


 母は少しでも気に喰わないことがあると、気まぐれに侍女や自分より身分の低い者たちをいじめて気を晴らす人間だった。

 それを見て育った僕は、自分がなんでも許される人間だと勘違いをして、わがまま放題に育った。


 だれも、母を恐れて、僕を叱らなかった。叱ってくれたのは、兄だけです。皇子として恥ずかしくないふるまいをしろ、わがままをいうな、とことあるごとにたしなめてくれました。


 だれより強く、賢く、誇り高く、決して屈しない兄が、僕は大好きなんです。今も昔も、そしてこれからも、あこがれです」


 金竜は銀竜に懇願した。


「二心はないと誓います。信じて頂くのは、むずかしいでしょうか」

「少しでも失敗すれば、おそらく命がありませんよ」

「かまいません」

「陛下にお話してみましょう」


 金竜はうれしげに笑った。仮面をはめる。


「もう顔は治ったのですし、はめなくてもいいのでは?」

「はめていないと、落ちつかないんです。竜化に失敗してから、部屋にこもってばかりいたから、仮面がないと人と話すのも怖くて」


 対人恐怖症ぎみの金竜様は、年上の女性にもてそうな面相を、無骨な金の仮面の下に隠した。


「金竜は、あなたのお母上をお助けしたいといっています。お許しいただけますか?」


 部屋を出ると、アルカは金竜の願いをさっそくシグラッドに申し出た。


 予想通りの反応が返ってきた。シグラッドは怒気と警戒をあらわにした。


「金竜が過去を捨てるのですから、あなたも過去のことは忘れていただけませんか。あくまで一介の薬師として、お許しいただけるかの考えを」


「母と同じ毒を飲み、完治したなら許す。すこしでも失敗したなら首をはねる」


 金竜は黙って頭を下げ、承諾を示した。衛兵に連れられ、また牢にもどっていく。シグラッドも本宮へと足をむけた。


「では、私もこれで」

「帰るのか」

「また来ても?」


 シグラッドは不愛想に、好きにしろ、といった。


 姿が見えなくなってから、アルカも歩き出す。ほどなくして、足音が増えた。シャールだ。ひそかに控えていたらしい。


「ようやく銀竜様の役は終わりました?」

「とりあえず、今日はね」


「またなさるおつもりで?」

「したくはないけど、そうしたくなるときがあるかもしれないから。

 金竜は人と話すのに、仮面が必要だっていっていたけれど、私も同じ。シグと本音で話し合うには、どうもこの仮面が必要みたい」


 シャールは渋面を作った。


「バレたら大変ですよ」

「そうだね」


 アルカは夜空を見上げる。


「バレたら、どうなるのかな。喧嘩で済めばいいけど、絶交かな。殺されるかも」


「そんな、他人事みたいに」

「いいんだよ。それで終わるなら、私とシグは、そういう縁だったってことだもの」


「お二人は想い想われ結ばれる。そういう仲ではないのですか? 少なくとも、陛下はアルカ様を運命の恋人ぐらいに思っていらっしゃいますよ」


「私も、そう思っているよ。そうだったらいいって」


 星がまたたいている。空には、地上に生きる者の数だけ星があるという。自分の星は、どれなのだろう。そして、シグラッドはどれなのだろう。天にむかって手をのばす。


「縁にもいろいろあるけれど、私とシグは、どんな縁なんだろ。

 お互い全部を知ったときに、一生無縁の関係になるのか、一生恨みあう関係になるのか、それとも、あきらめきれないとあきらめて、一生付き合う関係になっていくのか。どれなのかな」


 アンカラの踊り子の歌声が脳裏によみがえる。

 良き出会いだけが定めでないから――喜ばしい出会いだけを、運命とは呼ばないから。

 運命の出会いというものには、良縁も悪縁も腐れ縁もふくまれる。もしくは、そのすべてを含む場合だって、あるだろう。


 アルカは夜空に伸ばした手をにぎった。深呼吸を一つして、明るくシャールにいう。


「さあ、帰ろう。アルカにもどらなくちゃ。それから、シグに結婚するにあたって守ってもらいたい条件を考えるよ」


「腹が決まりました?」


「一方ではニールゲンの皇妃で、一方ではニールゲン皇帝に嫌われものの銀の竜。別人になって、私は私の道理を通す。それが結婚生活を維持するための、私の妥協案」


「……前より厄介なことになってません?」

「自分でもそう思うよ」


 アルカは苦笑いをしながら、三つ編みをほどいた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >仮面の奥から、突然に力強い声音が返ってきた。 この時点では仮面を外しているハズなのに、仮面の奥から声が聞こえるとは一体どういう事なのでしょうか? [一言] >「あの両刀使い! 前々…
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