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黒き竜は空を舞い  作者: サモト
赤竜王の結婚
41/44

8.


 夜、シグルドが寝ると、アルカは部屋にシグラッドと二人になった。シャールはもう辞して、侍女たちも一日の終わりにむかって仕事を片づけており、部屋には二人きりだ。


 どうやって金竜の話を切り出そうか考えていると、シグラッドがいった。


「久しぶりに、ボードゲームでもしないか?」

「いいね。でも私、今は持ってなくて。シグは持ってる?」


 シグラッドが侍女に取ってこさせようとしたので、アルカはシグラッドの部屋に行くことを提案した。明かりを手にとって、本宮へと歩く。


「シグの部屋に遊びに行くの、ここに帰ってきてからはじめてだ」

「いつでも歓迎――といいたいところだが、今はまずいな」


 主人のためらいに気づかず、衛兵が扉を開ける。


 ものだらけの室内が露わになった。

 シグラッドが両眼を金にきらめかせ、部屋中の燭台に火をともすと、その様相がつまびらかになる。


 壁には地図や海図が所狭しと貼られ、部屋中のあちこちに本や巻物があった。一方には数種類の剣や弓矢、鎧や盾、大砲の筒があるかと思えば、一方には標本や化石や鉱物や模型が、一方には異国の雑多な日用品がと、とにかく多様な物品が、部屋のあちこちに群れをなしていた。


 見覚えのある光景だった。そう、昔、シグラッドの書斎をのぞいたとき、こんなふうにごちゃごちゃしていた。シグラッドの物の海は、書斎だけでなく、部屋中に及んでしまったらしい。


「……み、見つかる?」

「場所は覚えてる」


 シグラッドは迷うことなく、物の一群の手をのばした。


 待っている間、アルカは少しでも片付けようかと思ったが、同じように収集癖のある養父が、人に触られるのを嫌がるのを思い出した。

 散らかっているように見えるこの状態も、彼らにいわせれば、おいてある状態なのだ。


 恐る恐る左をむけば、書斎は開けっ放しで、ここ以上の惨状が見えた。

 奥の寝室にはいけそうにもないので、いったいどこで寝ているのかと思ったら、長椅子だけは物がなかったので、おそらくそこで寝ているのだろう。


 ただし、寝床の周辺は、報告書や資料で埋め尽くされていて、覚書が無数に散乱しており、律法書が枕代わりにされていた。寝ても覚めても政務ばかりやっていた日常が見て取れた。


 この広大で豪華な宮殿の主が、狭い長椅子で寝て、快楽とは無縁の無味乾燥した紙切れにうずもれて眠っているなどと、いったい誰が想像するだろう。


 アルカはおどろき、あきれ、納得した。この人は、王になるためだけに生まれてきたのだと。彼は王座を求めたが、王座もまた、彼を求めたような気がした。


「手伝おうか」

「いや、あと少しだから」


 断られたものの、アルカはもう三歩、中に入った。壁の絵が目に留まる。


 意外な絵がかかっていた。昔、母親の肖像画を外して以降、シグラッドは赤い竜の絵や、英雄の肖像や、激しく戦う戦士の絵など、勇猛な絵を飾っていることが多かったのだが、今は全く違った。


 城の庭園を描いた、のどかな風景画がある。やわやわと緑の葉が生い茂り、花が咲き乱れる、光あふれる午後の庭園。色彩はあわく、夢のようにおぼろだった。


 絵の中に人がいた。アーチの奥に、一人だけ。こちらに背をむけていて、顔はわからない。ただ、髪は長く黒く、肌は白いことだけはわかった。自分と同じで。


 アルカは、全身に一気に熱が上った。


「あった」

「本当?」


 何も見ていなかったふうを装って、アルカは返事をした。黒い髪に白い肌の人間など、この世にたくさんいるのだ。自分だと思うのは、自意識過剰のうぬぼれというものだ。


「隣でやろう」

「そうだね」


 物をどけないことには、二人が遊ぶ場所がない。シグラッドのいう通り、皇妃の部屋でやるのが一番だった。


 回れ右をする。髪にシグラッドの手が触れた、気がした。かすかな感覚で、これも自意識過剰かもしれないと、背後をふりかえれなかったが。


 いったん廊下に出てから、皇妃の部屋に入る。明かりが灯されたとき、アルカは自分の顔色が心配だった。頬を押さえる。まだ少し熱い。


「全然変わってないね」


 シグラッドは窓際に座って、ボードゲームをひろげたが、アルカは席に着くのを躊躇した。顔の熱が収まるまで、部屋を歩きまわる。


 家具や内装が変わっていないことには驚かなかったが、棚や引き出しの中身が変わっていないことには驚いた。私物は捨てられても仕方ないと思っていたのだが、そのままある。


「片付けなかったの?」

「片付ける必要に迫られなかったからな」


 駒をならべ終わったシグラッドが、手招きしてくる。むかいに座ろうとすると、同じ席に座らされた。後ろから抱きかかえられる格好になる。


「狭くない?」

「狭い方がいい」


 頭にあごをのせられ、腰に腕を回される。不自由な状態が皇帝陛下はお望みらしい。

 先攻後攻を決めると、二人は交互に駒を動かした。


「なつかしいな。子供のころは、アルカとよくやったな」

「シグ、退屈だったんじゃない? 私、弱かったから」

「そうでもない。アルカはたまに、思いもよらないことをしてくるから、結構楽しんでいた」


 シグラッドは駒を動かすと、次を待っている間に、アルカの頭から髪飾りを抜いた。まとめられていた上半分の髪が、背に滑り落ちる。


「昼間、ティルギスの大使館にいっていたって?」

「イーダッドおじ様のご用でね。しばらく通うことになりそう」


「ハルミットか。うちの妃を手足のように使うな、といいたいところだが。結婚しないうちは、ティルギスの王女なのだから使わせてもらいます、といいそうだな、あの男なら」


 シグラッドは不満げに口をとがらせた。下ろした黒髪に鼻先をうずめ、つややかな髪に指をすべらせる。


「アルカ。次の一局、賭けをしないか? 私の駒は減らす。その代わり、私が勝ったら、私の望みを聞いてくれ」

「どんな望み?」

「わかっているくせに」


 シグラッドの駒が、女王の駒を取った。


「アルカがアデカ王に強く願えば、アデカ王はハルミットに結婚の許可を出すよういうだろう」


「駒は減らさなくていいよ。その代わり、私が勝ったら同じようにお願いを聞いてもらっていい?」


「何がいいんだ?」

「金竜」


 アルカは努めて平静を装った。


「金竜を助けて」

「それは無理だな。金竜はもう死んだから」


 アルカは思わずシグラッドをふりかえった。


「――いつ?」

「昨日」


 間髪入れずに返される。


 シグラッドは顔色一つ、眉一つ動かさなかったが、アルカはその言葉を疑った。処刑まではまだ半月あるはずなのだ。急に昨日といわれても信じがたい。


 しかし、真実を問いただすことはできなかった。しつこく追及すれば、シグラッドは処刑の日を本当に早めてしまうかもしれない。

 冤罪を訴えることも危険だ。訴えれば、シグラッドは当然、自分がそれを知った経緯を調べるだろう。レギンやシャールに累が及んでしまう。アルカは口をつぐんだ。


「他のことなら、何がいい? 旅行でも行くか?」

「……他は、思いつかないや」


 アルカは駒を持つ手がおぼつかなくなった。言い争いを覚悟していただけに、こうもあっけない幕切れをされると、呆けてしまう。


「今日はもう休もう」


 戦意を喪失しているアルカに、シグラッドがやさしくいった。アルカの手から駒を取って、盤にもどす。


「ごめん、せっかく探してくれたのに」

「明日がある」


 シグラッドのキスが、頭に、額に、まぶたに降りてくる。アルカが身を固くしてそれを受けていると、シグラッドはふっと笑った。


「アンカラは、楽しかったな」


 不意な話題に、アルカは身体のこわばりがとけた。


「いつも家族のだれかがそばにいて、一緒に食卓を囲んで、今日あったことを話しあって、時間を分かち合う。アルカはティルギスで、あんなふうに過ごしていたんだろう?


 アルカは、ああいう暮らしがしたかったんだな。生まれてからずっと王宮にいた私には、想像のつかない暮らしだった。


 いいものだな。あまりに日常がおだやかだから、私は自分が誰だったか忘れて、ずっと昔からそこに住んでいるように錯覚したくらいだった」


 アルカはうれしくなった。いつも大勢にかしずかれて生活しているシグラッドが、あの家でくつろげていたのか不安だったのだ。自然と笑みがこぼれる。


「アンカラで、アルカがとても楽しそうで。生き生きして、幸せそうで。見ていて私も幸せだった。ここでも、アルカにそうしていて欲しい。


 この部屋の外で起こるわずらわしいことは、アルカは何一つ知らなくていいんだ。権力争いだの、陰謀だの、戦争だの、そんなことは無縁でいい。アルカにまたこの部屋で泣かれたくない。


 今までは私の力が足りなかったから、アルカにつらい思いもさせたが、今はちがう。


 アルカのことを皇妃として望んでばかりいたが、もう、アルカはアルカでいてくれればいい。私も私でいる。身分なんて忘れて、ただの平凡な一組の夫婦として、ともにいよう」


 身分がなかったとしても、果たしてシグラッドが平凡であるかどうかは甚だ疑問だったが、一緒にいたいのは、アルカも同じだった。シグラッドの胸に身を寄せる。


「今度こそ幸せにする。だから、ずっと一緒にいてくれ」

「……一つだけ、お願いがあるの」


 アルカは、シグラッドの熱い両頬に両手で触れた。


「私にも、シグを幸せにさせてね」


 二人はどちらともなく唇をかさねた。



*****



 翌朝、出仕してきたシャールに、アルカはさっそく金竜の安否をたずねた。


「シャール、金竜のことなんだけど。処刑ってもう執行された?」


「いえ? まだですよ。突然刑が執行されると困る思って、毎日処刑場を気にしていますけれど、金竜はまだです」


「悪いけど、一応、確かめてきてくれる?」


 いったん部屋を出ていったシャールは、やはり変わらない答えを持って帰ってきた。アルカはほっとすると同時に、額を押さえた。


「どうかなされたんですか?」

「シグに昨日、金竜を助けてっていってみたんだけど。……死んだって返されて」

「もう一度直訴しましょう。私もついていきますから」


 シャールはこぶしを握ったが、アルカは首を横にふった。


「いいよ。シグが嘘ついたのは、私といい争うのを避けたかったからだと思うし。話し合ったところで、平行線になるのは目に見えているもの」


 アルカは深々とため息をついた。


 奇しくも昨晩の状況は、昔、ブレーデンのことで言い合ったのと同じ状況だった。同じ場所、同じ時間、同じ席。嫌でも思い出す。あの時、自分たちはまともに話し合って、失敗して、坂を転がり落ちるように険悪になった。


 シグラッドの嘘がなければ、自分達は今日、また最悪な朝を迎えていたはずだ。


「死んだって聞いたとき、私、ちょっとほっとしたんだ。ああ、これでもう、言い争わないで済むって……。

 金竜の冤罪に怒っていたのに。私も結局、自分の幸せが大事なんだって思い知らされちゃった」


「金竜のこと、やめますか?」


 アルカは困った顔で、微笑した。


「まだ。もうちょっと粘ってみる。とりあえず、私がシグとまともに話し合ってもダメだってことはわかったから、別の手を考えないと」


「イーダッド様にご相談するのは? 連絡をつけるのが難題ですけれど」

「そうなんだよね。早馬を使っても、ティルギスまで半月かかるから。その前にブレーデンが処刑されちゃう」


 部屋を出ると、午前のうちだというのに、めずらしくシグラッドが来ていた。格好から、外に出るのがわかった。どうやらシグルドを街歩きに連れていくらしい。乳母がシグルドに外出着を着せている。


「ははうえも?」

「私は大使館に行ってくるから」


 シグルドは目に見えて残念そうにした。母親の方についていこうとして、父親の腕から落ちそうになる。


「アルカもこればいいのに」

「ごめん、シグ。イーダッドおじ様に申し付けられた仕事の期限がきびしくて。ちょっとがんばらないと」


「他には任せられないのか?」


「私の勉強でもあるから。ここ数年、ニールゲンであった出来事をまとめて書き送るようにっていう仕事なの。ついでに他の国のことも把握しておかないと」


「そんなこと、知らなくていいのに。レギンの妻たちのように、女同士で集まって話したり、遊びに出かけたり、慈善活動をしていてくれれば十分だ」


「でも……」


 いいよどむ主人に代わって、シャールが口をひらいた。


「陛下、どうかご理解ください。これは賢帝たる陛下に恥じぬ妃でありたいという、アルカ様のご意志なのです。

 我が主は、少しでも陛下と苦楽を分かち合いたいとお考えなのです。いじらしいその心を、どうかむげになさらないで下さいませ」


 シャールの力説に、シグラッドは、そういうことなら仕方ないな、とあっさり納得した。息子だけを連れていく。


「……シャール」

「嘘は申していないと思いますが。理由の一部を誇張しただけで」


 シャールは澄まして答えた。主人をだました皇帝に、まだ怒っているらしい。その弁舌に助けられたので、アルカもとがめはしなかった。


 大使館にむかう。昨日と同じ作業に没頭していると、昼を過ぎたころ、職員が資料室にやってきた。


「アルカ様、お届け物ですよ」


 意外なものを差しだされた。うろこだ。銀色の。魚のものにしては大きく分厚く、宝石のように硬い。


「これ、シグルドが拾って、どこかにやってしまっていたものだ。アンカラにおいてきたと思ったのに」

「枕の下にあったって、もってきた人がいっていましたよ」


 まだ近くにいそうな雰囲気だった。アルカは急いで外に走り出た。ぽん、と肩を叩かれる。


「アルカ」


 アルカは困った。親しげな微笑をむけられているので、面識があるようだが、相手がだれなのか思い出せない。一目見たら忘れられないような美男だというのに、だ。


 背は高い。シグラッドと比べても遜色ない立派な体格だ。アーモンド型の目は大きく、厚ぼったい唇は官能的だ。はだけた上着の間から、鍛えられた体が見え隠れしている。


「ひどいな、姫。私のことを忘れてしまうなんて」


 男が手を取り、甲に口づけてくる。相手がいたずらっぽい笑いを浮かべたところで、あ、とアルカは思い当った。


「――まさか、オーレック!?」

「ふふふ。やっと気づいたか?」


 アルカは目を白黒させた。オーレックの豊満な乳房は厚い胸板に代わり、まろやかな曲線を描いていた足腰は直線的になっていた。完全に男性だ。


「竜から人型に変化する応用でね。こういうこともできるんだ。あまり長くはもたないけど」


「びっくりした。なんでそんな姿なの?」


「私が来たと赤竜に知れたら、面倒だろうと思って。ちょっと姿を変えてみた」


 オーレックはその場で一回転した。前髪をかき上げるしぐさが色っぽい。


「ごめんね。変な気を遣わせちゃって。オーレックが悪いわけじゃないのに」


「いいんだ、アルカ。おまえが私をそうやって気遣ってくれるだけで幸せだよ」


 唇にキスされて、アルカはどぎまぎした。

 オーレックは同性で、気分が乗ると身内の唇にキスすることはめずらしくない。特別なことではないと分かっているが、それでも男性の姿だと違和感があった。


「この姿は、気に入らないか?」

「ううん、そんなことないよ。いつもとちょっと勝手が違うから」

「久しぶりだから不安だな。ブサイクになってないか?」

「そんなこと、あるわけないよ。とってもかっこいいよ」


「本当に?」

「女の子たちが騒いじゃうよ」


「アルカは騒いでくれてないぞ」

「もう。私はオーレックがどんな姿でいたって、大好きだからだよ」


 ぎゅっと抱きつくと、オーレックは満足したらしかった。じゃあ、と踵を返す。


「待って、お茶だけでも」

「大丈夫大丈夫。さっきさんざん、城内の召使たちからお茶をごちそうされたから」


 オーレックがウィンクすると、若い女性たちから黄色い歓声が上がり、投げキスすると失神者が出た。醜男かもしれないと不安を口にしていながら、オーレックはしっかり己の美貌を確信していた。


「頼みたいこともあるから。お願い、上がっていって」


 オーレックならイーダッドに連絡をつけられるかもしれない。そう思って、アルカは黒竜の腕を引っ張った。

 だが、シャールに止められる。


「アルカ様、まずいです」

「どうして?」


 後ろを指される。シグラッドがいた。腕にはシグルドをかかえ、後ろには家臣と護衛を引き連れている。


「ごめん、オーレック。今すぐ帰って」

「そのようだな。お遊びでティルギス大使館を壊すと、イーダッドを困らせてしまうし。帰るとしよう」


 オーレックはさっさとその場から退散していった。

 問題はアルカだった。目まであってしまっていては、さすがに見なかったふりはできない。笑顔が引きつらないように気をつけて、シグラッドに声をかける。


「お帰り、シグ。早かったね」

「……シグルドがぐずるから、早めに切り上げた」


 シグルドはははうえー、と無邪気に笑っていたが、隣の父親に笑みは皆無だった。殺気立っていた。


 正直、近づきたくないのだが、息子の声にはそむけない。アルカは嫌な予感をひしひしと感じながら、そちらへ近づく。


「――今のは?」


 シグルドを受け取ろうとすると、その前にシグラッドに腕を掴まれた。


「今の男は?」


 アルカは答えが一拍、遅れた。オーレックが、男だという認識がなかったので、シグラッドに何を聞かれているのかわからなかったのだ。


「アンカラにいたころの知り合いだよ」


 せっかくシグラッドにばれないようにと、オーレックが入念に姿を変えてきてくれたのだ。アルカは答えを無難にぼかした。


 が。シグラッドがそれで納得するわけがない。さらに強い調子で詰問される。


「名前は?」

「名前は――そんなに面識がないから、忘れちゃって」

「そんなに面識もない男と、アルカはあんなに親しくするのか?」


 手首の締めつけが強くなり、アルカは顔をゆがめた。


 シグラッドはあそこの木の枝を折ってこい、とでもいうように、気軽に兵たちに命じる。


「あのチャラチャラした、クッソ軽薄そうなクズ男を始末しろ」

「御意」

「ちょ、ちょちょちょちょ! 待って待って待って!」


 もう隠しておけない。アルカはすなおに白状した。


「あれはオーレックだよ! シグが嫌がるから、姿を変えてきてくれただけ!」


 アルカが正体をばらすと、シグラッドの手が離れた。

 よかった、わかってくれた。そう安心できたのは、一瞬だけだった。

 シグラッドの目が怒気で金に染まる。


「――あの黒トカゲ。とうとう私に対する宣戦布告か。いい度胸だ! 今度こそ殺す!」


 完全に臨戦態勢になってしまったシグラッドに、アルカはぽかんとした。


 近くの木が発火し、悲鳴が上がる。アルカは我に返った。

 完全体の黒竜と、竜化したシグラッドとで、また喧嘩が勃発したら。被害は甚大だ。

 ともかくシグラッドの注意をオーレックからそらすため、叫ぶ。


「も――もう、やめてよ! 男の姿のオーレックと話しただけでそんなふうにされたら、私、男の人と一人も話せなくなるじゃない!」


 先日、レギンとの仲を邪推されたこともあって、アルカはまずは怒ったが、


「……話す必要があるのか?」


 シグラッドに心の底からふしぎそうにされ、ぞっとした。

 同じニールゲン語を話していながら、ここまで話が合わないと恐怖しかない。


「レギンにアルカの自由を尊重するようにいわれて、城郭内を動き回るくらいは何も言わずにおいたが。自由にさせ過ぎたな。

 ――やっぱり大事なものは、ちゃんと鍵をかけてしまっておかないと」


 蛇ににらまれたカエルのようにすくんでいるアルカを救ったのは、シャールだった。


 シャールは主人の腕を取ると、一目散に自国の大使館に走った。いくら皇帝といえど、他国の公館は不可侵の領域だ。無事に大使館に逃げこむと、主人のことは玄関からはなれた部屋に押しこむ。


「いざとなったら窓から逃げてくださいね!」


 的確な指示を残して、シャール自身は身をひるがえす。

 玄関の方で、何かが吹っ飛ぶ音がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >同じように収集癖のある養父が、人に触られるのを嫌がるのを思い出した。 今頃はキールさんの手により片付けられていると思われ……(以下略)……。 それにしても、シグラッドは片付けられない人だ…
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