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黒き竜は空を舞い  作者: サモト
黒き竜は空を舞い
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2.

 シグラッドが復職してほどなく、レギンは療養地へ追い出された。皇族やレギンの側近たちはそれぞれ適当な理由をつけて城を追われ、手荒な反抗に出たものは処刑された。


 ローラは丁重に国へと帰され、これに紛れてマギーは国外に逃亡した。厳重に監視されていたはずだが、得意の嘘八百で見張りをだまくらかし、逃げ出したのだ。レギンの側近の中で一番年長だが、だれより行動がすばやく抜け目ない。逃したことを知って、シグラッドは盛大に舌打ちしていた。


 シグラッドの兵たちに護送されていくレギンを、イーズは遠くから見送った。後ろの塔を振り返り、待機しているオーレックに目配せする。オーレックは任せろとばかりにひらひらと手を振ってきた。適当な場所でオーレックがレギンを救いだし、安全な場所へ送り届けてくれるだろう。


「人がぞくぞくやってくるね」


 レギンが出ていった城門から、さまざまな家紋を掲げた馬車が入ってくる。


「王権が代わりましたから。皆様、ご挨拶にきているのでしょう。これからもっと集まるでしょうね」


 レギンがいなくなると、城内はシグラッドの独壇場になった。まだ十七という若さでありながら、二年で政敵を追放し、反対派を時には血を伴って粛正したシグラッドだ。家臣たちは畏怖と畏敬をこめて頭を垂れ、赤い髪の王に忠誠を誓っていた。


「アルカ様、陛下から贈り物です」


 城内が来客で騒がしいある日、侍女がイーズの前に華やかな衣装をひろげた。


「今宵の晩餐会でお召しになるようにと」


 もう一人侍女が進み出て、大粒の宝石があしらわれた首飾りを差し出した。イーズは顔をしかめたが、さらにもう一人の現れた侍女がイーズの右手に手甲かざりをつけた。青い竜の紋章が隠れるように。


「今日は刷新された人事を周知するための晩餐会です。陛下は赤竜妃様のお披露目もしたいと仰せですので、ご支度を」


 そろそろ公の場に出なければならないと覚悟していたが、イーズの手は出なかった。代わりに、シャールが受け取る。主人に申し訳なさそうに弁明した。


「大使がやきもきしておいでです。アスラインのお嬢様がずっと陛下について回っているので」


 器量も身分も皇帝の妃として申し分なく、シグラッドが皇子だった時に恋人だったレノーラだ。さては次の皇妃はレノーラかという噂がわいているのだろう。


「……いいんじゃないかなあ、それでも」

「アルカ様」


 投げやりなセリフに、シャールがあわてた。ちがいますよ、と首をふる。


「陛下にそんな気はまったくございませんよ。向こうはどうか知りませんが、陛下はパルマン嬢をあくまで一部下として見ておいでです。

 恋人のように扱っていたのは、アルカ様のためです。ヴォーダン夫人が、陛下に、アルカ様を盾にとっておどすようなことをいうので、未練がないと思わせるようにわざと」


「そういうことじゃないの。レノーラさんのことは関係ない。ただ、私がいる意味、あるのかなって思っただけ。私がいなくても、今やティルギスとニールゲンは蜜月状態でしょう?」


 シグラッドはシャールや大使など、ティルギスの力を借りて再び王位に返り咲いたのだ。その時、反対したのは、イーズだけ。


「むしろ今じゃ、私が邪魔者だから」


 イーズは手甲かざりにおおわれた右手をなで、自嘲した。左手に赤い竜と炎の紋章を刻み、指にシグラッドの母親のものである金の指輪をはめていてなお、イーズの心は遠い。シャールは安易な否定を口にできず、まごついた。


「……ごめん。少し愚痴をこぼしたかっただけ。着替えの前に、自分の部屋に行ってくる。靴とか髪飾りとか、必要なもの以外は部屋に置きっぱなしだから」


 イーズは現在、半壊している自室ではなく、シグラッドと西の棟に仮住まいしている。部屋からは必要最低限のものしか運んでいないため、今日のように特別なことがあれば取りに帰らなければならなかった。


「私が取ってまいりますよ」

「いいよ、シャール。部屋、模様替えしてるから分かりづらいし。お供もいいよ。緑竜を連れていれば、そうそうだれも喧嘩売ってこないよ」


「いけません。まだ王権が変わったばかりですからどんな危険があるか。シグラッド様を襲った犯人も捕まっていませんし」

「まだ捕まってないの?」

「結局、見失ってしまってそうで。レギン様の側近たちも違うと否定するので、だれが黒幕かも分からずじまいです」


 城内は厳戒態勢を敷き、人の出入りや不審な人間が居なかったか調べているが、成果はないらしい。


「シャール、戦ったんだよね。どんな相手だったの?」

「警備兵の服で身を固めていましたし、顔は覆面で隠していたので、分かりません。一応剣は使えていましたが、そう手練れと言うわけではなさそうでしたね。暗殺を生業とするような輩ではなさそうです。普段は違うことをしているのでしょう」


「どこで見失ったの?」

「パッセン将軍とアルカ様が出会われたあたりですよ。赤竜王様の壁画がある間で、血の痕が途切れたそうで」


 半壊した妃妾の棟は、静まり返っていた。目的の衣装箱や鏡台は瓦礫に埋もれていたので、シャールは腕をまくった。


「手伝いを呼ぶ?」

「大丈夫です。緑竜に手伝ってもらいますから。アルカ様はそこにいてください」


 イーズはいわれた通り隅に寄り、壁にもたれかかった。が、逆に壁が寄りかかってくる。もろくなっていた壁が、イーズの方に倒れてきたのだ。とっさに前に逃げたので下敷きにならずに済んだが、舞い上がる土ぼこりの向こうから、罵倒が浴びせられた。


「節操のない売女め」

「レギン様にあれだけお目をかけてもらいながら」


 憎々しげな声とともに、礫がなげられる。名前は覚えていないが、レギンの近くで見たことのある顔だった。シグラッドのさらいこぼした残党が、敵に寝返ったレギンの側妃を見つけ、腹いせに来たらしい。


「この――っ! 待て!」


 逃げていく男たちを、シャールが追う。一人はすぐに緑竜がとらえ、もう一人をシャールがさらに追う。イーズは礫のあたった額を押えて呆けていたが、新たな足音に身をすくませた。杖を手放し、懐剣を握る。


「だれです? そこにいるのは」


 アニーだった。イーズは懐剣から手をはなした。新たな刺客と誤解し、殺気立った緑竜を手で制す。


「……おや。大変そうですね」


 アニーは一片の同情も見せず、土ぼこりやモルタルにまみれたイーズを見下ろした。夫人の目は冷ややかで、一時あったような親しみは一切ない。イーズは黙って一人で立ち上がった。


「まだ城内にいらしたんですね。とっくにレギンについていったものだと思っていました」

「さようですか」


 やつれた横顔に、イーズはアニーがまだ城内にいた理由を知った。肩の矢傷を癒すためだ。気遣っても嫌がられるだけだろうが、最後の対面になると思い、イーズは独り言のようにいった。


「どうかお大事に。利き腕の肩だと、しばらく大変ですね」


 さっさと踵を返したアニーが、急に振り返った。怪訝そうにイーズを凝視する。


「私が怪我をしたことを、どうしてご存じなのです? 身内以外には知れていないはずですが」

「え? いえ。たまたま」

「……自分を銀の竜とは、よくでたものですね」


 イーズは視線を泳がせた。アニーは息を一つ吐くと、庭に生えている薬草を摘んだ。イーズの傷ついた額や腕を手当てする。襲撃者をとらえて戻ってきたシャールが、イーズの状況に目を見張った。


「手当てを感謝します、ヴォーダン夫人。しかし、貴女は貴女で陛下から身柄の拘束をするよう命が下っております。ご同行願えますか?」

「まあ、何のご用でしょう? 一介の召使いに」

「シグラッド様の暗殺をたくらんだ者を探しているのですよ。レギン様の側近たちは全員取調べ、後は貴女だけです」


 すると、アニーはバカバカしそうに鼻を鳴らした。


「暗殺など、たくらむわけないでしょう。レギン様は自分の命を賭けてまで、シグラッド様の身の安全を私たちに保障させたのですから。

 逆にお尋ねしますが、本当に襲われたのですか? そちらが謀反を起こす機会を得るためにした、自作自演ではないのですか?」


「あなた方以外に、だれが企むのです。開き直りも甚だしい」


「分かるわけないでしょう。ですが、やっていないものはやっていませんし、知らないものは知りません。言いがかりはよしてください」


 アニーの毅然とした態度に、勢い込んでいたシャールも鼻白む。イーズは一歩前に進み出た。


「ご協力、ありがとうございます、ヴォーダン夫人。そこまで否定なさるなら、本当に違うのでしょう。別の可能性を探ってみます。申し訳ありませんでした」

「そうしてください。いい迷惑、いえ、とばっちりです」


 アニーは憤然と身をひるがえした。


「夫人はこれからどちらへ?」

「故郷へ帰ります」

「レギンのところではなく?」

「私はもう、必要ございませんから。あの方は、もう一人で立派に生きていける。私の仕事は終わりました」


 アニーの横顔は満足げで、少しさみしげだった。昔よりも顔にはしわが刻まれ、腕は枯れ木のように細っている。こんなに細くて小さい人だっただろうか、とイーズは心もとなくなった。


「お国はどちらなんですか?」

「南の方ですよ。南海で一番大きな港町です。荒くれ者が多くてさわがしいところですが、よいところです。機会があったら、おいでなさい」

「よろしいんですか?」

「ニールゲンの正妃にそんな機会があればの話ですが」


 意地の悪い言い草に、イーズは憮然としたが、アニーらしいといえばアニーらしい。イーズは親しみを込めて、お元気で、と手をふった。


「晩餐会は欠席ですね」

「崩れてきた壁のせいでケガをして、ね」


 イーズは、襲ってきた男たちを暗に不問にするといった。もちろんシャールは反対したが、イーズは男二人を二度と城に来ないよう脅すと、後は自由にした。それは慈悲や優しさといった大層なものからではない。自分の受けた傷が、二人の命を奪うほどの価値があると感じられなかったからだ。


「シャール、力自慢の人を何人か集めてもらっていい?」

「何をなさるんですか?」

「少し、調べたいことがあるんだ」

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