小話
この話は活動報告に書いていたヨタ話を転載したものです。
転載にあたり、加筆・修正しております。
各エピソードは時系列順になっておりません。前後する部分があります。
おふざけ満載なので、話半分でお読みください。
◆青竜編の狩猟祭後
「兄上は姉上に甘すぎます。
姉上が狩猟祭に出るなんていう無茶を平気でするようになったのは、兄上が甘すぎるからです。ちゃんと姉上のことを見張っていないと。
ある日突然、姉上が逃げ出しでもしたらどうするんですか。姉上は――」
「分かった。分かったから、シグラッド。その話は後にしよう。
君が姉上姉上連呼するから、何も知らない周りが君のことをすごいシスコンだと思い始めてる」
「……。何があるか分からないような場所で自由にさせるのは、見捨てているのと一緒だからな。
おまえは自主性を重んじてだのなんだのっていうが、あれは過保護すぎるくらいでいいんだ。
ちゃんと保護者として責任を果たせ!」
「うん、分かった。分かったから。シグラッド、やっぱり後にしよう。
名前を伏せると、今度はなんだか子供の教育方針でもめる夫婦みたいな会話になっていたたまれない」
「…………。憎さ千倍になるくらいかわいくて小さくて食べてしまいたくなるような見た目森の妖精なアレについて一言言わせろ! ちゃんと監視しとけ!」
「憎さ千倍になるくらいかわいくて小さくて食べてしまいたくなるような見た目森の妖精なアレについて、よく了解した!
っていうか長っ! 舌噛みそうなんだけど!」
「それでも短くした方だ!」
「アールーカー! お願いだから元サヤに納まって―!」
◆シャールのシグラッド護衛初日
「というわけで、皇子の護衛を命じられました。よろしくお願いします」
「……」
「いけませんでしたか? 皇子」
「いや、感動していたんだ。
アルカが私にシャールを貸してくれるなんて……離れていても私を心配してくれている気持ちの表れだろう? 嬉しくて」
「は、はい。その通りです。口ではあのようなことをおっしゃっても、皇子を想う気持ちは変わらず」
「シャール、剣は持たなくていいぞ。私の前にも出なくていい。何が起きても後ろでじっとしていてくれ」
「はい? それでは護衛の意味が」
「おまえはいわば、私に対するアルカの愛情そのもの。傷をつけたくないんだ」
「……いや、それでは護衛の遣わされた意味がございませんし」
「いい。おまえは傍にいてくれるだけで。この、アルカと同じ白い肌、この黒い髪、神秘的な黒瞳……いてくれるだけでいい」
「やっぱ帰っていいですかね?」
護衛にうっとりしている皇子に、周囲がざわめいていた。
◆シグラッドの結婚式前夜
「皇子、やはり自分はアルカ様のところへ戻ろうと思うのですが」
「なんだと? おまえまで私を捨てる気か。おまえも私に期待させるだけさせて私を捨てていくんだな!?」
「誤解を招く発言をなさらないでください。
皇子、明日、ご結婚なさるでしょう? 元婚約者の護衛である私がいては、新婚早々、穏やかではないと思いまして……」
「おまえは私が押しつけられた雌馬と、穏やかでうれしはずかしな新婚生活を楽しみたいと思っているとでも考えているのか?」
「考えておりませんが! あちらの方々が皇子のお傍にいさせてくれるとは思えませんし」
「心配するなシャール。おまえなら大丈夫だ。ちょっと髪切って、服装を変えれば完璧だ」
「完璧?」
「そうそう、こんな感じに。この本みたいにして。名前もシャルにすれば、巷で人気の恋愛冒険小説『さすらいの女剣士シャル』が来た! と大歓迎間違いなし。なんせモデルだしな。完璧」
「嫌ですよ! というか、皇子の持っているそれ、もう6巻じゃないですか。いつの間にそんなに?」
「エイデが暇潰しに貸してくれたんだが、おもしろいな、これ」
「しかもエイデ様が買われたものなんですか!?」
「すごいぞ、あいつ。これ、全部初版だ。初版は即日完売がザラっていうくらいの人気らしいのに……愛だな。
二冊ずつ買って、一つは読む用、一つは保存用にして家宝にしますって満足そうにしていたぞ」
「い、嫌すぎる!」
「そう毛嫌いするな。これが結構、ティルギスのイメージアップにもなっているし、内容もバカにしたものでなくおもしろいぞ」
「は、はあ……たしかに。なかなか」
「ちなみに私のお気に入りはシャルの生き別れの妹、アル嬢だ。アルが表紙の3巻だけは買った。
次の新刊も表紙に登場するらしいから、初版を手に入れるためにエイデと本屋に並ぼうと思ってる」
「アル嬢って……思いきりあれですよね、アルカ様ですよね」
「現実と一緒で、本当にかわいいんだ。けなげで努力家でちょっと泣き虫でちっちゃくて妖精みたいに愛らしくて」
「そうなんですか。3巻だけでも読んでみようかな……」
「読んでみろ読んでみろ。3巻は悪の組織にさらわれた妹を助けるために、シャルが奮闘する話だ。
この悪の組織の親玉がな、本当に腹立つやつなんだ。アルにしつこく言い寄って、金と権力にあかせてアルを追い詰め、手込めにしようとするんだ。
思わず本を破ったくらい腹立った。なんだこいつ。実際いたら私がブッ殺すのに」
「……え。いや、あの、髪や目や肌の色が全然違いますけど、これって」
「3巻では結局、決着つかなくて、その後もライバルとして出てくるんだ。かっこいいという理由で、女の読者に人気だかららしい。
作中でも女にモテモテのやつなんだが……こんなやつのどこがいいんだ? 自信過剰で、部下はアゴで使って、同じ男として最悪だぞ」
「は、はあ……」
「まあ、もちろん私のアル嬢は、そんな見た目に惑わされたりしないんだけどな。さすが身も心も清純派アイドル。作者はアルカのことをよくわかってる。
こんなやつ、早く倒してくれよ、シャル」
「……」
作者は皇子に恨みのある人だったのかな、とシャールはこっそり考えた。
◆シグラッドの結婚後
「皇子、やはり私はアルカ様のところへ戻ろうと思います」
「なんだと!? 何が不満だ。金か? 地位か? 美男か? 私の元にいれば大抵のものが手に入るというのに帰る気か!」
「思いきり悪の組織の親玉っぽい引き止め方ですよ、皇子。待遇に不満はございませんよ。むしろ良すぎて困っているというか…」
「シャル様~! 昼食ができましたわ~」
「デザートもご用意しておりますわあ~!」
「これでお汗をお拭きくださいませえ~!」
「……夜もオチオチ寝られない状態で」
「モテモテだな、シャル」
「笑い事ではございませんよ! ……奥方には、今晩、話し相手に来るよういわれるし」
「今晩?」
「今晩、寝室に呼び出されました。どーゆーことですか」
「ははは、たしかにそれは困ったな。よし、おまえに部屋をやろう。今夜はそこで休め」
「ありがとうございます。助かります!」
「シグラッド様、あの鍵」
「エイデの部屋のだ。さー、どうなるか楽しみだな」
◆青竜編の狩猟祭後・その2
「皇子、今度こそアルカ様の元へ帰ろうと思いますが」
「いいぞ。今回は。狩猟祭に参加するなんて暴挙、看過できない。姉上にはやっぱりおまえが必要だ」
「ありがとうございます。ではさっそく」
「姉上に世界一かっこよくて強くて賢くてかわいげのある弟が拗ねていたと伝えてくれ」
「ははは、弟でなく、元婚約者でしょう? まだ根に持っていらっしゃるのですか?」
「いや、もう持っていない。弟っていうのもいいなって。なんか危険な香りがして。禁断の姉弟愛、みたいな?」
「は?」
「義姉というのもまた。人妻ってことだし。……背徳感いっぱいでゾクゾクしてきた」
「おおお皇子いいい!?」
「引くな。アルカがレギンと結婚してるって事実を受け止めるには、そのくらいポジティブな思考が必要なんだ」
「ポジティブというよりネガティブすぎて逆噴射になってませんか、それ!?」
「アルカの護衛に戻ったら、夜這いの手引きを頼むぞ、シャール。来年の今頃には赤毛のかわいい皇子の顔をおがませてやるからな」
「意味がまったく分かりません、皇子!」
「だから、私とアルカでひそかに子供作って、レギンに自分の子供って証言してもらうんだ。
アルカは国母として正妃になることまちがいなしだし、私もまあ満足できるし、レギンも私に対してやましい思いをしなくて済むし。三方一両利だ」
「いや、大罪ですよね、ソレ」
「だから?」
「……やっぱりやめておきます」
「なんでだ! もどれ! もどって協力しろー!」
悩み多き主人に、これ以上人に言えない悩みを増やすわけにはいかないと、シャールは断固拒んだ。
◆シグラッド、暗殺されかけて第一声
「よっしゃあ! でかした覆面男! これで大義名分ができたあ!」
「襲われて喜ぶ方なんてはじめてみましたよ、私!」
ガッツポーズを決めて大喜びするシグラッドに、シャールはかつてのまともな主人が無性に恋しくなった。
◆女剣士シャル・8巻発売後
「皇子、女剣士シャルの8巻を貸していただけないでしょうか?」
「一足遅かったな、シャール。今、他に貸し出したところだ。そのあと十人待ち状態だから、当分貸してやれん」
「さようですか。
8巻はマギー老がモデルの、スケベなサルが出てきて、登場人物たちに不埒なことをし、最終的に主人公に叩きのめされる、というお話らしいので、読んでみたかったのですが。
やはり人気なのですね。常日頃から、マギー老に迷惑している女性は多いですからね。今まで読んでいなかった女性読者も興味をもったと聞きました」
「ちがうぞ、シャール。私が貸し出した相手は女ではなく、男だ。8巻は男にも人気なんだぞ」
「え? なぜです?」
「女からすると、8巻はスケベなマギー老に報復する痛快ストーリーだが。
男からすると、妄想ふくらむエピソード満載のお色気回なんだ。
なにせ被害にあう女性は、実在の美人ばかり。話の中で起こるハプニングには、実話も混じっていて説得力がある。
男たちは、憧れのあの子や、近づきがたいあの子に、実際にこーなことやあーんなことがあったら、いや、それ以上のことがあったら……と想像力たくましく楽しむわけだ」
「さ、最低すぎる……!」
「許してやれ、シャール。男というのは、どこまでも自分の欲望に正直な、お馬鹿な生き物なんだ。
かくいう私も、この8巻を読んでいる間はドキドキし通しだった」
「皇子が!?」
「何を驚いているんだ。私だって男だぞ。多感な青少年だぞ」
「身近にパルマン嬢という美人がいて、他の女性たちからもいい寄られているのに、何一つ過ちが起きていないので、その言い分に違和感しかないです」
「この8巻を読んでいる間はな、ずっと自分との戦いだった。
私のかわいいアル嬢にも、何か起きたらと心配な一方で、どこかでそれを望んでいる自分もいて。
結局何もなかったときは、ほっとした一方で、ちょっと残念な気持ちもあって。……とにかく大変だった」
「途中から一ページ読むごとに、本を閉じていたの、そういう理由だったんですか」
「まあ、私の期待していることなんて、他に比べたらかわいいものだがな。
服が脱げればいいとか、ポロリが欲しいなんて一切思わない。そんなことが起こったら、作者とマギーに殺意が湧く。
私はただ、顔を真っ赤にして恥ずかしがるアルカがみたい。ついでに、ちょっと涙目になっていたりすると最高にキュンとくる。
我ながら健全すぎて泣けてくる。どうやら私は骨の髄まで紳士らしい」
「たぶん皇子の方が危ないです」
******
「パッセン様、こんにちは。……パッセン様も女剣士シャルを読んでいらっしゃるのですか。しかも8巻」
「こんにちは、シャール殿。この本は、シグラッド様がお貸しくださったのですよ。兵の鍛錬に役立てよと」
「その本をどう役立てるのです?」
「兵士たちが疲れて座り込んだところで、この本を少しだけ朗読するのです。
“そのとき、レオノーラのドレスの裾にサルの手がのびて”――もうこの一文だけで、兵たちは一気に元気になりましてな。
つづき聞きたさに、腕立て伏せ百回します。今日は皆、倍の鍛錬をこなしました。
効果絶大ですよ。さすがシグラッド様です。すばらしい」
「……」
こんな国に負けたくないな、と思うシャールだった。
◆女剣士シャル・10巻発売後
「今日はなんだか機嫌が悪いね、シグラッド。どうしたの?」
「悪くもなる。レギン、これを見てくれ」
「ああ、それ。今、巷で人気の恋愛冒険小説『さすらいの女剣士シャル』だよね」
「おまえ、読んだことあるか?」
「直接はないけど、叔母やうちの侍女たちが読んでいるから、なにとはなしに話を聞いて、筋だけ知ってる。君は読んでいるの?」
「ああ。昨日はこの最新刊を買うため、徹夜でエイデと本屋に並んだくらいだ。
布教用にもう一セット買ってあるから、今度おまえにも貸してやる」
「君が娯楽小説を読んでいることだけでも驚きなのに、そんなにはまっていたなんて。お兄ちゃんはびっくりだよ」
「もう! 本当に! この10巻が許せないんだ。作者に抗議したい。
この巻でやっと、あの憎たらしい悪の親玉が退治される思っていたのに……なんだってアル嬢が悪の親玉を助けるんだ。あり得ない!」
「え? 最新刊、そんなことになったんだ。
……ふんふん、なるほど。アル嬢らしいねえ。
トドメを刺そうとする姉を思い止まらせ、悪の親玉を説得するなんて。
悪の親玉もアル嬢の無垢さに心打たれて悪事はやめる――いい結末じゃない。何がだめなの?」
「よくない! まったく良くない!
ここで許したりなんかしたら、こいつは図に乗ってつけ上がって、ずっとアル嬢に付きまといつづけるに決まっているんだ。
そして優しくて押しに弱いアル嬢のこと。きっとそれも許して、なしくずし的に二人は結ばれてしまうんだ。許せるかっ!」
「……さすが。よく解ってるじゃないか」
「だいたい! アル嬢の幼馴染み! おまえもっと頑張れよ!」
「それ初耳。幼馴染みがいるの?」
「アルが初登場する3巻で出てくるんだけどな。シャルはこいつの助言でアルを助け出すんだ。賢くて機転がきいて、優しくていいやつなんだぞ」
「うわあ、なんか照れるなあ。アル嬢ともイイ感じだったとか?」
「そうなんだ。なのに……この甘ちゃん! おまえまで親玉助けようなんていっているんじゃない!
賢いんだから、助けたらどうなるかぐらい解るだろアホ! 間抜け! 頓馬ぁっ!」
「今朝、いきなり叔母たちから同じようなことを叫ばれたから、なんでかと思っていたけど、ようやく分かったよ。納得。その本のせいだったんだね」
「なんでギッタギタに叩きのめしておきましょうって説得しないんだ。
私だったらいうぞ! 作者は私のことが解ってない!」
「……え? あれ? シグラッド? すごく聞きづらいんだけど、悪の親玉のモデルがだれか、分かってるよね?」
「黒トカゲを叩き台に作られたキャラだろう?」
「台、叩き壊れてるよ。じゃあ、この幼馴染みは?」
「私だろ」
「……」
「作者はちょっと私をよく書きすぎだぞ~。おまえにタダで王位を譲ったからって。いいやつだと思いすぎだよな」
自分がモデルだとは夢にも思っていないシグラッドだった。
*****
「ちなみにアルカは読んでいるのか?」
「読んでいるみたいだよ。なんたってシャールさんが主人公だからね。この間、ローラと二人で、シャルさんかっこいいって盛り上がってた」
「幼馴染みについては?」
「とくに聞いてないけど。悪の親玉については、まあ、この人もきっと色々あるんだよって同情してた」
「ああやっぱりな。アルカは優しいからな。でも大丈夫。私は絶対アルカを助けるからな。悪の親玉なんかに渡したりしないぞ!」
「……うん、まあ。がんばってね」
◆女剣士シャル・11巻発売後
「シャール、突然だが、おまえの父親はどうしている?」
「父ですか? とうの昔に戦死しておりますよ」
「本当に? 実は生きているとかないか? おまえの敵として現れる心配は?」
「なんなんです、急に」
「実はな。先日発売した女剣士シャルに新展開だ。死んだはずの父親が、敵として現れたんだ!」
「皇子、空想と現実の区別はつけてくださいね」
「これがまた。結構な強敵なんだ。剣の達人だし、知恵も回る。いったい、だれがモデルだ?」
「ちょっと本をお借りしますね。
……モデル、イーダッド様では? 剣の達人、という設定のせいで、連想しづらいですけど。イーダッド様はアルカ様の父親代わりでしたから」
「ああ、なるほど。シャルの父親ということは、アル嬢の父親にもなるからな。そのつながりだったか」
「イーダッド様ですか。手強そうですね。かなうのでしょうか?」
「ふっ、心配するなシャル。私は打開策をすぐ思いついたぞ」
「さすが皇子。策謀はお手の物ですね。いったいどうすれば?」
「簡単だ。これまで敵だった悪の親玉と手を組む!」
「なるほど! 思えば悪の親玉を殺さなかったのは、この強敵への布石だったのかも。
彼なら悪巧み……じゃなかった、計略得意そうですもんね。ちなみに皇子なら、今のシャルのピンチをどう打開するんです?」
「悪の親玉に爆弾抱えて敵につっこんでもらう」
「は?」
「特攻させる。敵もろとも爆死。華々しく散れ。とっとアル嬢の前から去ねクソ」
この人とは組みたくないな、と思ったシャールだった。
*****
「しかし、こんな展開がくるとは。アルカが心配だな。アルカはハルミットを慕っていたから、気に病んでいるかも」
「我が主は空想と現実の区別が明確なので大丈夫です」
現実になったらどうしよう、とアルカが震えていることをシャールは知らない。
◆女剣士シャル・12巻発売後
「こんにちは、シャール。ちょっといいかな」
「なんでしょう、レギン様」
「シグラッドって、女剣士シャルを読んでいるでしょ? そろそろ自分が悪の親玉だって気づいた?」
「まったく。爆死しろと罵っておられます」
「困ったなあ。実はさ、今、女性の間で、女剣士シャルが大フィーバーしているんだよね。
その理由が、今まで敵だった悪の親玉が、12巻では主人公たちの味方として大活躍してるからなんだけど」
「すごい、皇子の展開予想がぴたりと当たってる」
「彼、もともと人気があったんだけど、これを気にさらにファンが増えてね。
女性ファンの皆が、シグラッドに悪の親玉の格好をして欲しいっていいだしているんだ」
「そ、そんなに?」
「さらには、これを機に、君や僕らにも仮装して欲しいって声が上がってね。
『女剣士シャル仮装大会』を催そうっていう運動が起こってる」
「いつの間にそんな恐ろしい企画が!?」
「シャールはどう?」
「お断りします!」
主人公が断固拒否したため、企画は流れた。
*******
「ただいまもどりました皇子。……皇子、何を夢中になって書いていらっしゃるんですか?」
「シャール、おまえは二次創作というものを知っているか?」
「存じ上げませんが」
「私もつい先日、レノーラから教えられたばかりなんだがな。
二次創作というのは、原作を基として、独自に話を作ることらしい。
たとえば、女剣士シャル。原作では、シャルの恋人は、エイデがモデルの騎士エイナルだが、別人にするとかな」
「なるほど。で、皇子はなにを?」
「決まっているだろう。12巻で悪の親玉が大活躍して、アル嬢の信頼を得ているのが気に食わないから、10巻で、悪の親玉がシャルに殺される展開を書いている」
「なんなんです、その根暗な発想」
「何が根暗だ! 前向きに考えた結果だろうが!
これが現実世界の出来事だったら自分で変えようがあるが、物語の世界では手も足も出ないんだぞ。
だったら自ら作る。すばらしい発想だな。
最初にこれをはじめたやつは控えめにいって天才だ。神だ。思わず、教えてくれたレノーラに褒美をとらせた。
私は今まで『剣はペンより強し』と思っていたが、今は『ペンは剣より強し』と改心した」
「用法がまちがってます」
「ちなみにシャール、意外と悪の親玉にはアンチも多いんだぞ。
主に男だが。そろいもそろって、私の敵だったやつばっかりだが。
人間、一つは分かり合える部分もあるものだな」
「全然分かり合えてないですからね、それ」
「そうだ、書くにあたって、あいつらにアンケートとってみるか。悪の親玉の末路について。
爆死か、切り刻まれるか、処刑台か、どんな死に方をさせるのがいいか。大いに盛り上がれそうだな」
むしろ、自分の死にざまを尋ねられているのかと誤解されそう、と思うシャールだった。
◆女剣士シャル・13巻発売後
「皇子、いつまで本を前に固まっているんですか?」
「仕方ないだろう。13巻でアル嬢と悪の親玉が、とうとうデートするってネタバレされたら。怖くて読めるわけがない」
「だれにネタバレされたんです」
「ゼレイア。あのトンチキ。孫娘がファンだからって、悪の親玉の肩を持ちやがって。
とうとうデートですよ、よかったですね! って満面の笑みでいってきたから、投げ飛ばしてきた。
なにがいいんだ。王座に復帰したら、あいつは減俸してやる」
「……お気の毒に」
「シャール、先に読んでもいいぞ。で、あらすじを、悪の親玉の存在は一切消して、私の気に入るよう改変した上で教えてくれ」
「あらすじを知る気があるのかないのか、どっちなんですか。
……。皇子、心配することないですよ。
たしかにデートしていますが、失敗してます。アル嬢、デートに誘われている自覚がなくて、デートにシャルと幼馴染を連れてきていますから。
大勢で遊んだ方が楽しいよね、って笑顔で鬼発言してます」
「今、そいつにはじめて親近感湧いた」
シグラッドはシャールの手から13巻をひったくった。
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「どうでした、皇子。13巻は」
「悪の親玉は、アル嬢にとって友人に過ぎないようで安心した。
考えてみれば、当たり前だな。アル嬢がそうやすやすと落ちるわけがない。
かわいいと褒めると、目を痛めたのかな、と心配そうにされ、好きといえば、私も好きだよと家族同等にしか思われてない態度でいわれ、二人きりで出かけたいといえば、護衛がいないのは危ないよ、とそのときだけはまっとうな危機管理能力を発揮してくる。
本物はもっと手ごわいんだからな! 悪の親玉ごときが落とせるわけがない」
「威張っていて虚しくなりませんか?」
「それより問題はおまえだぞ、シャル。
騎士団に追われていた父親を助けたせいで、シャルとエイナルとの間もギクシャクしはじめた。どうするつもりだ!」
「作者に聞いてくださいよ」
「そんなこと、すでにエイデが作者に手紙で聞いている。
もう10巻以上になるのに、いまだに二人の仲がそんなに進展しないのはどういうことかって。何十回と抗議しているぞ」
「あなた方二人は、もう読むのをやめてください!」
シャールは本を没収した。
◆女剣士シャル・14巻発売から数年後
「母さん、ただいま。何読んでるの?」
「お帰り、アルカ。『さすらいの女剣士シャル』っていう本を読んでるのよ。
私、まだニールゲン語が不完全でしょ? 楽しくニールゲン語を覚えるのにいいですヨ、ってバルクさんに勧められて読んでるの」
「私も読んでたよ、それ。私の護衛だったシャールが主人公なの。おもしろいでしょ?」
「ええ、とってもおもしろいわ。だって、モデルが実在の人物なんだもの。気になって、ついつい料理の合間に読んじゃう。
お父さんがシャルの敵役になったのには、笑っちゃったわ。
バルクさんは、ちょっとかわいそうな扱いね。かわいいけど」
「シャル姉妹の飼ってる愛犬だもんね……」
「14巻までしかないけど、続きは出てないの?」
「うん。作者さんが急病で。……どうしているのかなあ?
作者がだれかわからないから、消息も不明なんだよね。宮廷の人間関係にかなり詳しい人だろうっていうのは、みんないっているんだけど」
「つづき、気になるわあ。
14巻では、シャルが一度は父親を追い詰めたものの、実の父親だというためらいから、結局逃がしてしまって。
いいのよ! シャル。ボコボコにやっちゃいなさい! こんなろくでもない父親に遠慮することないわ。もう、私が代わりに戦ってやりたいくらい!」
「母さん、危ないって!」
麺棒を振り回すキールを、アルカは止めた。
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「こんちわー、ヴォータン夫人。お薬届けに来ましたヨー」
「今日はもじゃもじゃさんですか。ごくろうさま。そこに置いておいてください」
「湿布薬を欲しがるなんて。肩の傷、まだ痛むんスか。お医者さん呼びましょか?」
「必要ありません。矢傷が原因の痛みではありませんから」
「ということは。……ひょっとして。執筆再開してるんですカ? 『さすらいの女剣士シャル』のつづきの。肩が痛いのは、たんに肩こり?」
「王宮を引退してから、暇ですからね。ぼちぼちまた書き始めてます」
「ひゃっほう! みんな楽しみにしてるんですカラ。がんばってくださいネ」
「くれぐれも、私が作者だとは他言しないように」
「もちろん。いやー、夫人が原稿を落とした時はびっくりでしたネ。納得もしましたケド」
「だれにも秘密にしていたのに。まさかあなたなんかに知られるなんて」
「いいじゃないですか。その代わりに、オイラからネタが提供されたり、この先の展開案を一緒に考えられるようになったんですカラ。
8巻でマギー老を出しましょうってオイラが提案して、大成功だったデショ?」
「ええ。あんな下品な老人を作品に出すなんて、わたくしの主義に反することでしたが。
女性たちから、よくぞやってくれたと多くの反響があり、書いてよかったと満足でした」
「そうそう。男性陣からも、よくぞやってくれたと大ウケ。
あーゆーちょっぴりエッチなエピソードがあれば、男性読者のココロもつかめるって思っていたんですよネー」
「なっ……あなた、本当はそんな下心があって、あの提案をしたのですか!?
わたくしはただ、宮廷の女性たちの恨みを本で晴らしたい一心で書いたのですよ。
世の殿方のいかがわしい妄想の手助けをしたかったわけではございません!」
「まあまあ。あれで女性のみならず、男性にも売れるようになって。
当初10巻で終わる予定だった女剣士シャルが、さらに続巻を出しましょうって話になったんですカラ、よかったじゃないですカ」
「私としては、10巻で終わりでよかったのですけどね。悪の親玉が死んで、めでたくエンディングで」
「夫人、目がマジっすネ」
「嫌な敵として書いていたのに、女性読者にはなぜか人気が出て、仕方なくその後も登場させて。
こうなったら、最後に爆死でもさせて、せめて鬱憤を晴らしてやろうと思ったのに、あなたと編集者が、この後も登場させましょう、主人公と共闘させましょうなんていうから、それもかなわず。11巻以降ではさらに人気が加速する始末。
嫌がらせでアル嬢との仲を進展させないようにしたら、読者からはじれったい展開がたまらないと好評で。しまいには、悪の親玉が主人公の作品が読みたいという手紙まで来て。
あの小童は。本当にどこまでもどこまでもどこまでも! どうしてこうも悪運が強いのです!」
「夫人、落ち着いて落ち着いて。
そういや、ずっと不思議だったんですケド、どうして姉サンを主人公に? ニールゲン人のだれかでもよかったんじゃ?」
「彼女を見たときに、ふっと思い出したんですよ。
子供のころ、世界を自由に冒険したいと夢見ていたことを。悪者相手に大立ち回りを演じながらね」
「わお。夫人のなかに、そんなお転婆な発想があったなんて。びっくりですヨ」
「さて。つづきはどうしましょうね。
悪の親玉がシャル側に回ったおかげで、シャルの父親側がちょっと不利ですから、だれか一人加えたいところですね。
シャルと恋人の仲もうまくまとめないと。敵対してしまった二人を、どうやって仲直りさせましょうね」
「それなら――」
◆女剣士シャル・最終巻発売後
「女剣士シャル、とうとう完結か。
14巻のあとが出なくなったときは、まさか処刑した貴族のなかに作者がいたのかと焦ったが、再開されてよかった。
アルカも読んだのか?」
「昨日読み終わったよ。
本当、完結してくれてよかったよ。シャルの父親が出てきてからというもの、私、どうなるのか、気になって気になって。
父親と戦うシャルの心情は、もう……涙なしに読めないっていうか」
「最終巻はシャルの父親の協力者にして、真の黒幕である騎士団長を、シャルとエイナルで倒して終わりか」
「一緒に戦う内に、二人は仲直りして、お互いの気持ちを確かめ合って、結ばれる。いいエンディングだったね」
「しかし、腑に落ちないな。この黒幕の騎士団長は、黒竜だろう?」
「そうだね。一人だけ異様に強いし」
「じゃあ、シャルの代わりに、シャルの父親と戦ったこの悪の親玉は、いったいだれなんだ?」
「え?」
「悪の親玉が、てっきり黒竜だと思っていたのに。黒竜は黒幕として出てきてしまった。結局、モデルが謎だ。
私が出てこないのも納得いかない。
最初、私はアル嬢の幼馴染なんだと思っていたが、幼馴染はローラをモデルにした王女と恋仲になるから、ちがうし。
どうして作者は私を出してくれなかったんだろうな」
「……えーっと」
「やっぱり、皇帝である私を作中に出すのは遠慮があったか。
私もぜひ作品に出してくれ、とファンレターを出せばよかったな」
「あのさ、シグ。私、ひょっとしたら、たぶん、悪の親玉がシグじゃないかなって、思うんだけど」
「それはない。私が悪の親玉だったら、最後は悪の親玉と騎士団長の一騎打ちで終わるはずだ。私の戦う相手は、そのくらいでないと釣り合わない」
「でも、アルといい感じだし。最後、ケガをした悪の親玉さんに、アルは死なないでって泣いているし。手を握り合っているし」
「……そうか、わかった。そういうことにしておこう。そうでないと、アルカが気の毒だ。
たとえ空想の話であっても、どこの馬の骨がモデルともわからない男と結ばれるなんてな。気持ち悪いだろう? そいつは私と思ってくれていい」
「あ、うん。じゃ、じゃあ、そうさせてもらうね」
「ひょっとしたら、どこかに脇役で出ているのかもしれないな。
もう一度、最初から読み直してみるか。本は?」
「今、フライアが読んでるよ。すっかり夢中で、物語に対して、ここは納得いかないって文句までいうの。
どうしてこうなるの? こうがいい、っていわれるから、困っちゃうよ」
「なるほどなるほど。フライアにはすばらしい解決方法を教えてやらないとな」
ニールゲン第一皇女に一風変わった趣味を植え付けて、『さすらいの女剣士シャル』は完結したのだった。




