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黒き竜は空を舞い  作者: サモト
番外編
22/44

とある少女の肖像画

青竜編13話後。シグラッドがレギンに王位を譲った後のお話。

レギン視点です。

 お見合いの話というのは、それこそ物心ついた時からあった。

 皇子という出自のせいもあったし、教育係がとくにそういう話が好きだったせいもある。枕元でよく色んな姫の絵を見せられた。

 見合い用の肖像画だ、いつでも絵の中の少女たちというのは綺麗に装って行儀よく収まっていた。

 けれども、一人だけ例外がいた。


「これはティルギスのアルカ王女ですよ。向こうにはきちんと画を描けるものがいないらしくて。素描に色がついただけですが」


 雑な線、帽子の赤と黒だけの簡単な色彩。他の絵とは比べ物にならないほど雑だ。

 でも、特徴はよくとらえている。


「……やさしそうだね」


 見合い用の肖像画を見ても、今まで一度も感想をいったことはなかったので、アニーたちは驚いた。


 でもそのくらい、その絵は印象的だった。たれ目がちの優しそうな目元、幸せを詰め込んでいるようなふっくらとした頬の線、羊をなでる繊細そうな指の動き。内気なのだろう、見上げるしぐさは遠慮がちで、恥ずかしそうだ。


 この絵の描き手に対して照れているのだろうに、なんだか見ている自分に対して照れられているようで、僕も恥ずかしくなった。


「お気に召しましたか?」

「そういうわけじゃないけど」

「ほほ、そのうち対面することになりましょう。それまではこれでお楽しみなさいませ」


 否定したにもかかわらず、マギーは読みかけの本に、強引にそれを挟んだ。

 肖像画はそのまま、長いことその本に挟まれてしまわれた。


*****


「何見てるんだ?」


 部屋を移動するにあたり、本棚を整理していたときのことだ。すっかり忘れていた絵を発見し、ながめていると、背後からシグラッドにのぞきこまれた。思わずびくりと体が跳ね、本を閉じる。


「あ――ああ、なんでもないよ」

「なんでもなくないだろ。なんだ、なんの絵だ? ひょっとしてあのエロジジイ所蔵の春画とか?」

「ちがうよ。そういうのじゃないよ」

「隠さなくったっていいだろ。お互いもう十五で大人なんだから。そういうのの一つや二つ、三つや四つあっても普通だろ」

「あるの? 君」

「見るか?」

「……今はいいよ」


 臆面もなく肯定されて少々呆然としていると、手の中の絵を奪われた。


「ちょ――シグラッド!」

「そんなに照れるなよ。好きだった相手の絵とかか? 婚約者のローラには内緒にしておいてやるから――」


 言葉半ばで、シグラッドの目が絵に釘付けになった。

 悪いことはしていない。偶然出てきた昔の絵を、懐かしさから眺めていただけだ。何もやましいことはない。


「えと―――ほら、君と婚約する前、僕とって話だったでしょ? だからお見合い用としてその絵が僕のところに来てさ。だからアルカの絵があるだけなんだけど」

「……ふーん」


 うわ。やばい。声のトーンが低い。なんか疑ってる。


「マギーがこの本に挟んでいったの忘れて、しまいこんであったんだ。てっきりもう捨てたと思っていたから、びっくりして。懐かしいなあって見てたんだよ。

 珍しいよね、アルカがティルギスにいた頃の絵なんて。あっちでもこんなふうだったんだね。人見知りで内気な感じ」


 興味が僕から絵に移るよう、話題を誘導する。幸いなことに、シグラッドは絵に注意をむけてくれた。


「子供の頃だと、ますます小人みたいだな。昔話に出てくる、人を助けてくれる、恥ずかしがり屋のやつ。……かわいい」


 まさかシグラッドから。あのシグラッドから。小人なんてメルヘンなたとえが出るなんて。いつも現実一辺倒で合理的で実用主義で、大人より冷静に世の中を見ているシグラッドなのに。恋は人を変えるというのは、本当らしい。


「忘れていたくらいだから、もらってもいいよな?」

「え?」


 唐突な申し出にうろたえると、じとっとした目でにらまれた。


「いいだろう? おまえが持っていたって、意味ないんだから」

「そ、そうだけど、君にも意味ないだろ? そんな絵。君ならもっと綺麗に描いてある絵、持っていそうだし」

「持ってない。アルカは絵を描かれるのは恥ずかしいっていって、画家たちに一枚も描かせていないんだ」


 シグラッドはもうしっかりと絵をもって、半分こちらに背をむけていた。シグラッドは先日、僕に王座をゆずり、その際、やむを得ずアルカとも婚約を解消している。形見のようなものが欲しくて仕方ないようだ。


「それなら、もっとちゃんとしたのを描かせて君に贈るから。なにもそんな雑なのを」

「雑だけど、特徴がよく出てるから。これがいい」


 シグラッドはもう一度、絵に見いった。


「アルカの子供の頃の絵なんてもう絶対この一枚しかないし、恥ずかしそうにこっち見ているのがすごくいい。自分にむけられているみたいでドキドキする」


 う……だから印象的で、僕も気に入っているのに。どうしよう。

 困っていると、アニーがやってきた。片づけの進んでいない部屋に眉をひそめ、シグラッドに冷たい視線を向ける。


「シグラッド皇子、こんなところで油を売っていないで、あなたも早く部屋を片付けてください。今日中に片付け終わらなければ、代わりにアルカ殿下に片付けていただきますよ」

「は? アルカは関係ないだろ」


 シグラッドが気色ばむが、そんなことではアニーは動じない。腰に手をあて、毅然と言い返す。


「あなたの元婚約者ですからね。あなたの部屋に溢れ返っている私物の要不要の区別がつけられるでしょう。もちろん、その中にある、男性方がお喜びになられそうな卑猥な女性画についても」

「……脅しのつもりか」

「まあそんな。やる気を起こしていただこうとしているだけでございます」


 アニーがするりと、シグラッドの手から絵を抜き取る。アニーの相手は、シグラッドも不得手らしい。憎々しげにしつつも、しぶしぶ引き下がって、自分の部屋を片付けにいった。


「欲しいものは欲しいと、ちゃんとおっしゃらなければなりませんよ」


 元の通り本に絵を挟んで、アニーがぽつりといった。


「あなたはいつも、変に遠慮なさるのですから」

「べつに、遠慮なんか。あんなに欲しがるなら、あげても良いかなって思っていたし」


 ぼそっと反論した途端、アニーのあきれたような、冷たい視線とぶつかった。


「そこだけは。あの皇子の爪の垢を煎じて飲ませたいと思いますよ」

「そこってなんだよ」

「なんでも遠慮してうまくいくと思っていたら大間違いですからね。あの皇子にとられないよう、今度はしっかりお持ちなさいませ、レギン様」


 アニーは僕の胸に、本を強く押し付けた。

 戴冠したら、翌日にはアルカと結婚式。まるで現実味がないが、現実だ。絵の中の少女が、伴侶という形で僕の前に現れる。


「そうはいっても……なあ」


 素直によろこべる状況ではない。

 胸に生まれてくる気持ちを、僕はむりやり奥に押し返した。


*****


 せっかくなので、アルカに例の絵を見せてみた。


「ねえアルカ、部屋を整理していたらこんなものが出てきたよ」

「――ひっ!?」


 見て三秒で、アルカは絵を丸めた。


「……それ、シグラッドが欲しがっていたんだけど」

「えっ! シグが!? それって手配書用だよね! 絶対だめ。他にもあるなら焼き捨てて!」

「……」


 止める間もなく、絵は本人の手によって永遠に抹消された。


 あいつとアルカの仲は良好のはずなのだけれど、たまに何かがものすごくすれ違っている気がした。


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