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黒き竜は空を舞い  作者: サモト
黒き竜は空を舞い
16/44

15.

 まずは壁ごと窓が破壊され、非常に風通しがよくなった。速度も切れ味も十分な攻撃をシグラッドがよけるたび、部屋の何かが犠牲になった。


 部屋の扉も、十も数えないうちに吹っ飛ばされ、見張りが下敷きになった。銀の竜を見たいと廊下の先でうろうろしていた人々は、扉がなくなると一瞬よろこんだが、黒い炎が廊下を焦がすと、悲鳴を上げて逃げ出した。


 オーレックが柱を蹴ると、建物が揺れた。天井から漆喰がぱらぱらと落ちてくる。このままつづけば、柱が折れ、二階が落ちてくるのは時間の問題だ。イーズは火鼠の外套を頭からかぶり、目で捕まえることも難しいオーレックにむかって叫んだ。


「オーレック、やめてってば! ちがうよ! 本当に誤解だよ! ――わっ!」

「銀竜様、こちらへ!」


 ゼレイアにかばわれながら、イーズは部屋の隅へと避難する。完全に頭に血が上っているようで、オーレックにイーズの制止は聞こえていなかった。シグラッドをにらみつけ、顎で外を指し示す。


「表に出ろ、赤竜。ここでは銀竜様まで巻き添えになるからな」

「……なんなんだ、おまえは。勝手に誤解して勝手に喧嘩を仕掛けてきて。だいたい、全然関係ないだろう。アルカにしても、銀竜にしても。何の権限があって出張ってくるんだ」


「怖いのか?」

「は?」

「まあ、ビビッても仕方ないな。私とレギンとおまえで比べたら、おまえが最弱だからな。生まれ持った身体が違いすぎる」


 シグラッドの額に青筋が浮かんだ。あからさまな挑発だ。ゼレイアが陛下、と肩をつかむ。


「おやめください。竜姫様と戦った場合、損害が大きすぎます」

「……分かってる」


 シグラッドは頬にできた傷にさわった。奥歯をかみ、黒い竜をにらみつける。オーレックはもともと身体能力が桁外れであるのに、身体は刃もはじく硬いうろこにおおわれ、爪は石に深々と爪痕を残すほど鋭く、尾からは毒液がにじみ出ている。まず、人間の戦う相手ではない。


「腰ぬけー。三下ー。臆病者ー」

「……」

「勝てなくて普通です。戦わなくて当たり前です。なんら恥じることはございませんから!」

「銀竜様の所有権を主張したいなら、まずは銀竜様のしもべたる私にくらい勝ってみせろ、最弱。銀竜様を人質にとって私を脅すようでは、虎の威を借る狐。負け犬だ」


 ここまでいわれて、シグラッドが黙っていられるはずがなかった。ゼレイアの説得もむだで、シグラッドの握った拳は解かれない。


 イーズはシグラッドに近づくと、右手に、藍色の香をにぎらせた。ブレーデンに使おうと、服の隠しに一つだけ入れていたものだ。


「とりあえず、夜来香で落ち着けてください。二度とあなたの目に入らない、どこか遠くへ一緒に連れて行きますから」


 イーズは香をしっかりと手に握りこませたが、香はすぐに床を転がった。シグラッドは左手を隠しに突っ込み、赤い三角の香を取り出す。


「売られた喧嘩は買う。このまま黙って引き下がれるか!」

「無茶です、陛下。無謀すぎます。あなた様がいなくなったら、私たちはどうすればよいのですか」

「私が死んだときのことは、死んだときに考えろ!」


 シグラッドの手の中で香が燃える。オーレックがおや、と目を見開いた。


「それを使うのか? おまえだけじゃなく、私にも効果があるのは分かっているよな?」

「表に出ろ。お互い手加減なしだ。本当に強いのがだれか、分からせてやる」

「ソノ大言壮語、後悔スルナヨ、赤竜!」


 シグラッドは半人半竜に、オーレックは完全な竜の姿になった。外に飛び出した二人を、ゼレイアが追う。衛兵を呼び集め、主人を思いとどまらせようと駆け回る。


「――邪魔は居なくなったな」


 部屋に一人残されたイーズのそばに、足音もなくダルダロスがあらわれた。隣に、バルクもいる。


「世話の焼ける娘だ」

「まさかまた赤竜王様につかまっちゃうなんてね。姫サンの運が悪いのか、それとも赤竜王様の運が強すぎるのか。はたまた切っても切れないご縁があるんだか」


 よっ、と掛け声とともに、バルクは鎖を思い切り引っ張った。壁が壊れかけていたおかげで、鎖を壁に固定していた金具はあっさりはずれた。


「行くぞ」

「……嫌です。あなたに命令される筋合いなんてありません」

「このまま捕まっていたいのか? 酔狂だな」

「オーレックが説得に行きましたよね。ニールゲンを、どうするつもりなの? 答えを聞かせて」

「あきらめるつもりはない」


 迷うことなき即答だった。イーズはにらみつけるが、ダルダロスは悠然としたものだ。


「私を告発する気でいるのだな。したいなら、すればいい。できるのなら、だが。おまえがアルカと偽っていたことは消しようのない事実だ」


「あなたこそ。いいたければ、いえばいい。ティルギスのだれもが、私の秘密を守る気でいる。あなたの掲げる真実と、私の貫き通す嘘、矛盾する言い分のどちらが勝つか試してみよう」


 イーズは腰の短剣を抜いた。敵わないことは分かっている。だが、何もしないで、ダルダロスの思うがままにされたくはなかった。


「私はアルカ=アルマンザ=ティルギス! ティルギスの王、アデカ王の血を引く娘。この事実を覆すことは、だれにもできない!」


 オーレックの黒炎が地を奔った。背を焼く熱気に、イーズはふり返る。惨憺たる状況だ。城の一部が破壊され、地上はがれきに埋もれている。黒炎があちこちに広がり、人々がその消火に駆け回っている。


「……オーレックを引かせて。ニールゲンから去って。私があなた方のしたことや、正体をばらせば、あなた方は世界中から追われる身になる。あなたのお母さんが望んでいた日々なんて、到底手に入らなくなる」


 イーズは短剣を構えたまま、じりじり後ずさる。


「私の口をふさいだってむだよ。私が死んだら開けてくれるよう、あなた方のしたことを告発する手紙を、とある人に預けてあるの。今なら、まだ引き返せるから」


 嘘だったが、イーズは精一杯虚勢を張って、ダルダロスたちを脅した。


 果たしてそれが功を奏したのか。ダルダロスが顔を片手でおおって、肩をふるわせた。くつくつと、仮面の奥から笑い声が漏れ聞こえる。


「ふふ……なんとまあ。嘘が真になった」

「どします、ダルダロス様」


 ダルダロスは笑いを納めると、真正面からイーズと向きあった。


「いいだろう。その心意気に免じて、今回は引いてやる。私はな」

「“私は”?」

「……放たれた矢は、止まらないものだからな。ニールゲンの命運を祈ってやろう」


 ダルダロスは意味ありげにつぶやき、外の騒ぎを一瞥した。被害はますます広がっている。空を飛ぶ相手に、ゼレイアはいい次手が思いつかず空を見上げ、シグラッドはケガをしたらしい、花壇の中で、脇のあたりをおさえて膝をついていた。


「立って!」


 イーズは部屋から飛び出し、シグラッドを腕の中にかばった。風にあおられた黒炎が、背に吹きつけるる。いくら耐火性のある外套越しとはいえ、熱い。息が詰まった。


「おまえ、なんで――」


 足枷が意味をなくしているのを見て、シグラッドは怪訝にした。なぜ騒ぎに乗じて逃げないのかと、ふしぎそうにする。イーズは詰めていた息を吐いた。


「私を逃がす気なんてないんでしょう? なら、立って。勝って。こんなところで負けないで」


 両頬を挟み、イーズは真正面からシグラッドを見つめた。すりむけている鼻先を、舌先でなめる。


「私をちゃんと捕まえていてよ、シグ」


 頭上すれすれを、オーレックがかすめて飛んで行った。伏せた二人の周りで、赤い花びらが舞う。


「また来るな」


 大きく旋回し、オーレックが折り返してくる。シグラッドはイーズの足かせに目をつけた。部屋を自由に動き回れるようにと、鎖はかなり長くとられている。それを根元近くで力任せに引きちぎり、イーズが持っていた短剣を腰に挿し、シグラッドは身構えた。


「はなれていろ」


 イーズを拾おうと、オーレックがもう一度急降下してきた。その機会を狙って、シグラッドがその首に鎖をかける。


「たまには睥睨される気分を味あわせてやるよ、黒蜥蜴!」


 オーレックの背に這い上がろうと、シグラッドは鎖をよじ登る。もちろんやすやす登らせてくれるはずもない。振り子のように何度も大きく揺らされ、壁に激突させられそうにもなる。だが、シグラッドは寸でのところで持ちこたえた。オーレックの首にしがみつく。


「ヨリニモヨッテ首ニシガミツクナ! 気色悪イ!」

「こっちだって抱き着くなら別のモンに抱き着きたいわっ!」


 はなれろバカ、はなれたら落ちるだろうがアホ、と口汚い応酬がつづく。オーレックはめちゃくちゃな飛行をして、なんとかふり落そうともがく。そのたびに、地上でゼレイアたちが蒼白になって騒いだ。


「降リロ赤竜!」


 とうとうシグラッドが背中に達した。空中に、花びらのようなものが舞う。黒いうろこだ。シグラッドが力づくで背のうろこをはがしたのだ。背に、短剣が突き立てられる。すさまじい憤怒の咆哮があがった。オーレックが自身の身体を炎で包む。


「落ちろ黒竜!」


 身体に炎がまとわりついてなお、シグラッドは手を休めなかった。羽根の根元をつかみ、飛行を邪魔する。ついにオーレックが焦りだした。


「ハナセ! オマエモ一緒ニ墜落スルゾ!」


 炎に焼かれながら、シグラッドは翼にしがみついている。もはや執念だった。片羽の動きをいちじるしく阻害され、オーレックは建物の一つに激突した。屋根をぶち抜き、シグラッドもろとも、地に落ちる。


「陛下!」

「オーレック!」


 オーレックの巨大な身体から、黒焦げの人影が転がり落ちた。服は真っ黒に焼け、全身が煤にまみれていた。ピクリとも動かない。あまりの姿に最悪の事態を予想し、ゼレイアや兵たちの足が止まった。


「――っとに、しつこい男だ。嫌われるぞ」

「……る…さい」


 オーレックの悪態に、うめき声に似た声が応じる。ゼレイアたちははじかれたように主人に駆け寄った。シグラッドは、さすがに動く気力も体力もなく、ぐったりと目を閉じている。


「ああ、くそっ。骨にひび入った。バカ力め」


 半人半竜にもどったオーレックが、羽根を動かし、顔をしかめる。兵たちが、武器を構えて取り囲む。ゼレイアも剣を抜いた。


「銀竜」


 行こう、というように、オーレックは呼びかけた。背を刺され、羽にひびの入ってるオーレックだが、それでもここにいる全員を蹴散らして去っていくことなど簡単だという様子だった。周りには目もくれず、イーズにむかって手を差し出す。


「ごめんなさい。私、やることがあるの」

「……また、迎えに来るよ」


 イーズが部屋をかえりみたとき、ダルダロスとバルクの姿も煙のように掻き消えていた。

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