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僕らの文芸部活動記  作者: うさぴょん
8/13

追跡

「気になるな……」


「そうですね……」


今日は体力測定、身体測定の日だ。みんな体操服に着替えて、校舎内、グラウンドをぐるぐると回る。


今、俺達のクラスは種目『シャトルラン』の最中だ。男子組が終了し女子組が走る。

そして、女子のおっぱいに夢中になっている。男子全員釘付けになっている。


「いやはや、いいものですね。夏秋さんがダントツですね。巨乳クラス一というところですね。揺れ具合がリビドー直撃します」


「残ってる二人のうち、片方が夏秋だろ? もう片方は?」


夏秋に張り合うように、黒髪の女子生徒が走っている。汗ばんだ髪の毛を額に張り付け、苦しそうな顔で走っている。


村瀬むらせ たまき。夏秋さんの友達らしいです。『いずれが菖蒲杜若』。胸の方は残念なので、軍配は夏秋さんに上がりました。おまけに化粧が濃いマイナスポイント。あれはすっぴんの方が可愛いでしょうに」


「ふーん……ってか、お前の好みを聞いてるんじゃないからな?」


夏秋と村瀬は同時に走るのを諦めた。悔しそうな声を上げ、村瀬が騒いでいる。それを気まずそうに見つめる夏秋。仲いいのか、あれで?


「なずなさんはあまりの体力と胸のなさに驚愕しましたね」


「そんなことより、あれだ。反復横跳び」


「なんと! そんなご褒美競技が残っていたとは!?」


興奮冷めやらぬ水野をよそに、なずなのそばに行く。彼女はまだ、クラスに話せる人がいない。文芸部のみだ。


「よぉ、お疲れ」


「はぁ、水野くんがすごく格好良く見えました」


「水野はエネルギーをまた得たからな。次もはりきってるよ。でも、そのエネルギーは不純だからね? 気持ちよさげに汗流してるけど、腹ん中、欲望が渦巻いてるかんね?」






今日の放課後は、ひたすら待つことに専念することにした。というのは建前で。

ホントは誰もこの部屋から出たくないだけだ。


今日は先生が羊羹を切って、俺達に振舞ってくれた。煎茶とよく合う。まったりとした甘さにみな、夢中になる。


「いやあ、身長が五cmも伸びるとは、成長し続けるその姿勢。我ながら脱帽しますよ」


水野は楊枝を俺に向けて笑った。なんだ? 俺が二cmしか伸びなかったのを馬鹿にしてんのか?


「わ、わたしは一cmしか伸びませんでした……」


夏秋が眉を八の字にして、羊羹をなずなに分け与えた。しかたなく俺も与える。


「面目ないです……」


「でもさ、まだ成長期は終わってないだろ? なんてったって高校一年生だかんな」


夏秋がひたすらフォローする。その言葉に先生が悪魔の笑みを浮かべた。


「ほぅ……Dカップの余裕ですなぁ……。夏秋奈津美殿? そうでござろう?」


夏秋は頬を赤らめ、気を紛らわそうと羊羹をむしゃむしゃ頬張る。免先生は、すかさず後ろに回り込むとそのたわわに実る胸を鷲掴みにした。


「ぎゃあああああっ!!!!」


「なんじゃこのハリ!! ああ、至福のひととき……! おっぱい is justice……!!」


うっとりとする先生。行為ははますますエスカレート。ブレザーを乱れさせた夏秋はソファに飛び込んで毛布にくるまり、魔の手から逃げようとする。とんでもない変態行為でおっさん化する先生。それを眺め、なずなは「ふぐぅ!」と喚き、すすり泣いた。まぁ、そうなるわな。


水野はその一連の様子に鼻の下を伸ばし続けている。俺は恥ずかしくなって、本棚に向かう。


本なんて、たまーに読む程度だしなぁ。この際、何か読むのも悪くない。


もうじきに、肩の懲りそうな退屈な授業が始まる。ついていけるように勉強をしなければならないだろう。今日から弁当が必要だったから、部室にいる時間も大幅に削れた。有意義に過ごさなければ。


えーと、『文芸部部誌「清流」』?


ああ、部誌は「清流」という名になるのか?


先輩方の残したものをパラパラとめくる。ダメだ、しっかりしている。こんなもの書ける気がしない。


すぐさま棚に戻し、ふぅと息をつく。よく見ると棚の上段には、埃のかぶったトロフィーが並んでいる。実力はそこそこあったようだ。自分達が名を汚すかもしれません、歴代の先輩方どうもすいません! 我部は基本的にレベルが低いです!


下段を眺めるとカップ麺が蓄積されている。先生のズボラさが目に染みるぜ。


「なずな。この棚ではどれが読みやすいかな?」


「え?……うーん、『変身』とかどうかな? 読後の憂鬱感がすごいです」


「なるほど、却下」


なずなはまた「ふぐぅ!」と声を漏らし、突っ伏したまま動かなくなった。俺が止めを刺したのか? 


「それにしても、誰も来ませんね……。ポスターの効果、ダメダメですね。せっかく徹夜で描いたのに!」


水野が腕を組み、うーんと唸る。徹夜の割に元気な彼。水野は人間じゃないのかもしれない。時刻は午後五時。見学に来る奴はもういなさそうだ。


「もう五時か……」


「うがあ!!」


諦めムードの漂う中、夏秋が叫ぶ。そして、我に返り、思い出したように帰り支度を始めた。ソファでは先生がしくしくと泣いている。夏秋の咆哮とともに頭にチョップを繰り出されたらしい。


「おや、帰宅なさるのですか?」


「友達と会う約束しててね。ごめん、先に帰らせてもらうよ」


「じゃあなー」


パタンと閉まる戸に、水野は不敵な笑みを浮かべた。


「友達なのかどうか怪しいものです。はたして本当に彼氏なのでしょうか?」


「おや、それは気になるね。水野くん」


「そうでしょう? 先生」


どこの悪党だ。そして、下卑た顔で結託するな!


「……わたしも気になります!」


なずなも立ち上がる。


「でもさ、あの夏秋の様子。……下ネタに疎そうだったし。そんなことないんじゃないか?」


思ったことを言ってみても無駄だった。彼らは帰り支度を済ませて、部室を出ていく。


「いい報告を待ってるから」


「ラジャー!」


「おいおい、待ってくれよ! 部室は先生に任せるのか?」


「大丈夫、来たものには甘い誘惑をして……」


「絶対にしないでくださいよ!!」


鞄を乱暴に掴むとふたりの後を追う。はっきり言おう。俺も気になってる。


部室棟を出るとそばの壁に身を寄せ合う。


夏秋はそんな俺達に気づいていない。呑気に鞄を肩にかけ、あくびをしている。渡り廊下は一直線なのでこのまま行くと振り返られたとき速攻バレてしまう。後者に入るまで待ち、一気に距離を詰める。


後者には柱が多いのでひたすら隠れゆっくりと追う。この時間、校内には人影はまばらなようだ。四日目に入るとやはり、新入生もだいたい入る部活動に目処をつけてるのかもしれない。

窓の外、運動場では、実際に練習に入れてもらっている新入生が見える。体操服で混じってるのがそうなのだろう。


「どこ行くのでしょうか? ナッツさんは……」


「声が大きすぎます。感づかれますよ?」


探偵ごっこに勤しむ文芸部員。文芸部は活動すらしていないぐうたら部である。まあそれはそれで楽しいからいいけども。




今日は靴を履き変えて、校門のそばで電話を始めた。誰と会話しているのかというと、やはりその『友達』なのだろう。


靴を履き替えた俺達は彼女を茂みの中から見つめる。やがて、夏秋は舌打ちをし、歩き出した。いつも俺達が帰るルートだ。


「? どうしたのだろう? 一人で帰るのかな?」


「待ち合わせしてたんじゃないのか?」


こっそりと尾行する俺達を、叱ってほしい。なぜこうもドキドキするのだろうか? ガキの頃のしてた『ケイドロ』を思い出すぜ。


そんなこと考えていると水野の背中に鼻先をぶつけてしまった。


「なんで止まんだよ!」


静かに怒鳴ると、水野は前髪をかきあげた。


「ケーキ屋に入店しました……!」


ケーキ屋でモンブランを眺める夏秋を眺める俺達を不審そうな目つきで見る店員。

ショーウィンドーに張り付いた水野を引き離すと、店内に入ろうとするなずなを引き止める。


「不審すぎる! そして、こんなとこで食い意地張るな!」


「やや、隊長。乗り気になってきましたな!」


「誰が隊長だ。見ろ! 軽く好奇の的だぞ?」


「案外、気持ちイイです」


水野に膝蹴りをかましていると、肩をつつかれる。振り向く。


「なにやってんの?」


夏秋は半笑いで俺達を眺めた。


「誤解です! 決してやましさなど持ち合わせてないです! ここのエクレアをですね! 空きっ腹に押し込もうとですね!」


「違うだろ? 実はその、友達とやらが気になってね。追いかける二人を引き止めに来たんだ、俺は」


「ずるいです! 比与森さんもずいぶん、ノリノリだったじゃないですか! 責任を押し付けないでください!」


頬を膨らまし抗議する、なずな。


「で、追いかけてきたの? 期待を裏切るようかもしれないけど言っておく、友達って、あいつだよ? 村瀬環」


「そうなんですか……てっきりタトゥーを入れたバリバリのヤンキー彼氏だと……」


「勘違いも甚だしいな、おい! でも、付いてくるんなら来てもいい。来てもらったほうがいいかもしれないしな」


「なぜ?」


「勧誘中だからだよ。村瀬のやつ、運動部に見学に行ったけど、どこも退屈なんだと。女子の部活は上下関係が厳しい。ま、男子も変わんないだろうけどね。あいつ、文化部が気になりだしたらしくてさ。勧めてやってんの」


「で? これからどこ行くの?」


「ああ、喫茶店。そこで友達とグータラしてるらしいけど暇になったから来て欲しいってメールが来たんだ」


「そのケーキは?」


「ああこれ? そこの店長の好物なんだ。ここのケーキ屋のモンブラン。いつも世話になってるからもってこうと思ってさ」


ビニール袋を鞄に詰めて、夏秋は、どうする? と言った。


どうすべき、というのは聞くまでもなく決まりきっている。村瀬環の勧誘しかない。文芸部をつなぎとめるための人員確保だ。でも、彼女も夏秋と同じくギャルっぽさが垣間見える。


「あ、あいつはいい奴だから大丈夫だ。緊張しなさんな」


夏秋を先頭に駅まで向かって歩く。誰もその喫茶店の位置を知らないからだ。俺自身ここの地理には詳しくないし、なずなも詳しくなさそうだ。


「喫茶『はるひ』って言うんだけど。そこであたしよく漫画描いてるの。家じゃさ、家族が邪魔で邪魔で……」


駅前まで来ると、妙に細い路地に入っていく。三人横に並んだらもう隙間がないほどの幅。野良猫だろうか、目の前を横切って、暗闇の中で目を光らせている。


「ごめんね。近道なんだー。もうすぐ着くから」



扉を開く前に鼻腔をくすぐる香り、コーヒーの香りが充満しているんだろう。からんからんと入口のチャイムが鳴る。

室内には気にならない程度のまったりとしたジャズが穏やかに流れている。観葉植物が置かれている入口から数歩、カウンター席、テーブル席が三席あるのが見えた。中は吹き抜けで開放感がある。思ったより広いんだ。


カウンター席にはアンティークな古時計やブリキの人形が並んでおり、おしゃれな隠れ家って感じのする喫茶店だ。


客は初老の男性一人と奥のテーブル席に黒髪ミディアムがソファから覗いている。あれは村瀬環だ。


「いらっしゃい。ナッちゃん」


カウンターから店主らしき、黒いエプロンをした髭もじゃの男性が顔を出す。


「これ、感謝の意。いつもありがとね」


「へぇー、気が利くじゃん。そちらは友達かい?」


「そう」


意表をつかれた。彼女はもう俺達のことを友達として認識してくれている。俺はどうだろうか、未だに距離を置いてしまう。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけど。なんせ、水野以外とろくに話さない中学生時代だったんだ。


「よ、タマ!」


「はー遅いわー。遅すぎ、カップケーキおかわりしたよー。ってその子達……」


村瀬はこちらを見て、つけ睫毛の目を丸くした。


「ま、座ろう」


俺達三人は村瀬の前のソファに座り、夏秋は村瀬の隣に腰を下ろした。


「なんで? え、どうしたの?」


「単刀直入に言うよ? 文芸部入らない?」


「はぁ? 確かに文化部入りたいって言ったかもしれないけどさ。文芸部はないね。だってあれでしょ? 小説書く? 本を読む? そりゃ、本は読むけどさー。集団で黙って読むんでしょ? 辛気臭い」


「そんなことないだろ? な、水野くん?」


「そうですとも。今なら先輩いませんよ? 部員はここにいるので全てですし。顧問もけっこー寛容ですよ? こちらも部員募集してるのですが一向に誰も来ないもので、ぜひあなたに入部していただきたいのです」


「でも、うーん。悩むなぁ……」


「タマちゃん。ここでバイトしたいって言うんだよねー」


太い手でココアを配る店主。お盆を抱いてにこにこと笑う。


「えっと、オーダーしてないんですけど」


「サービス。二人の友達でしょ? 仲良くしてやってねー」


「店長ー! それじゃあ、モンブランの意味がなくなるー」


「未成年はそんな気を遣わなくていいんだよ。バイトも好きな時に来たらいいしさー。部活やってみれば?」


「お小遣い貯めたいんです! 服買っちゃうとすぐに尽きちゃうしさー。バイトしたいんだよおー」


「でもさ、客少ないじゃん? もうすぐ潰れるしさ、ね?」


「ナッちゃん、それは僕グサッと来たよ? 潰れないからね、潰さないからね?」


「お菓子食べて、だべってるだけでもいいんだ。実際、今はそんな感じだしね」


「どうして、ナッツは入ったのさ?」


「そりゃ、漫画描いてOKって言われたし……、部活には絶対入らなきゃでしょ? 上下関係のない場所ならすんなり辞められるじゃん?」


おお、そういう考えの奴は他にもやっぱいるんだな。でも、それは死活問題だよ、夏秋さん。


「うーん、まぁ今度。今度見学に行くからー。その時ね! 決まり! 今日は少し早めの予習タイムだよ!!」


「タマ。勉強は手伝わんぞ?」


「じゃあ、僕が知恵を貸しましょう!」


「えー、水野くんだっけ? 頼むよー! 予習しないと私、授業ついていけない!! えーと……他の子は、他クラス?」


「同じクラスだ」


夏秋さんが口を開けて呆れた顔をする。そりゃわかるよ? 俺となずなは暗い。クラスの中でも取り分け暗い! むしろ、一度も口をきかないまま、卒業する可能性すらあった!


「ごめんね?」


気を遣わないでくれ、なずなも俺も慣れてるはずだ。なずなは俯いたまま、何も言わない。机の下に何かあるか、なずさん? なにもないよ、なずさん。


「気にしてないから。ほら、水野。早く教えてやって」


水野は認めたくないけど、俺より賢い。教え上手だ。そのおかげで勉強が少し好きになれた。長ネギの次くらいに。









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