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僕らの文芸部活動記  作者: うさぴょん
6/13

午睡

なぜ、こうも人はヒエラルキーの上位であろうとするのだろうか?

俺が思うに学校のクラスとは、それは社会の縮図だ。そしてその底辺に俺はいた。多勢に無勢。虐げられ、嘲笑われ、蔑まれる。

人権などない。まさしく奴隷だ。媚びへつらい、機嫌を伺う。


変に凝り固まった俺の思想。そんなつまらぬ人間に俺を変えたのは、あいつらだ。


醜い憎悪は、家族へ向き暴力も振るったし、行き場のないストレスは物に当たり解消した。その時の俺は、そこらのガキ大将より相当な悪童だった。


いや、本当に悪なのはやはりあいつらなのだ。



そんな中、あいつは俺を助けてくれた。ドブに捨てられた筆記用具も笑顔で拾ってくれた。殴り蹴られの暴力には笑顔で制した。

あいつには笑顔がよく似合う。人を咎めることはあっても、怒ることを決してしない。あいつの怖さはそこにあると思う。


集団の圧力の中、それを打ち負かした笑顔。もういじめに曝されることはなかった。彼らは烏合の衆でしかなかった。よってたかって俺をおもちゃにしていた奴らは興味をなくし普通の日常生活が訪れた、ただそれだけが嬉しかった。


奴のその手の優しさは今でも忘れない。


あの時の俺はひどく弱かった。たぶん、今もだろう。これからもだろう。




「――なあ、……おい。……こら!」


不意に頭を小突かれ、目を覚ます。木漏れ日が開いた目をちらちらと照らす。


「ポスター貼り終わったからってさ。寝ることはないだろう? 聞きたいことは山程あるんだ、教えてくれよ? てか、聞いてた?」


そこには綺麗な横顔があった。目肌顔立ちが整った美人顔。だけど、少しむくれた顔。男っぽい金髪のベリーショート? 誰だ? ああ、夏秋だ。


浅く腰掛けたベンチで姿勢を正す。……そうだ、俺達は二手に分かれてポスターを貼りまわってたんだ。で、うたた寝のつもりが、中庭ベンチでぐっすり寝てしまったんだ。


「お前、泣いてる、の……?」


夏秋は目を丸くした。頬をなでると涙に触れた。嫌な夢見たなぁ。ごしっとブレザーの裾で拭う。


「……なんでもない。あくびしたら出ただけ」


「そう? ならいいけど。殴ったからてっきり泣いたかと思ったじゃんか……。あ、そうそう、なずなだっけか? あの子、彼女……ではないかぁ……」


「そのがっかりした顔はなんだよ? 確かにそういうのとは無縁の俺だけど。なずなは、文芸部の友達だ」


友達の言葉がすらっと出た自分に驚く。俺の中での彼女の立ち位置はもう友達なのだろう。


「そうだ、文芸部は水野くんが部長?」


「いや、俺」


それより、俺は『お前』呼ばわりで、水野の野郎は『君』付け、なぜだ。異議申し立てしたい。


「じゃー、もっとしっかりしろよー。ぶちょーさーん」


夏秋は語尾をほどほどにうざく感じる程度に伸ばしながら半笑いで話を続ける。穏やかな昼下がり、さらさらと擦れ合う木の葉の音色。ほかほかの木漏れ日。あとは夏秋がいなければ完璧なのに。


「あたしの事、不良だとか思ったでしょ?」


「うん」


「即答? まあいいけどさ。目つきの悪さは親譲りだからね。髪の毛に至っては原因わからないけど、元からこんなの。すごいっしょ、あだ名が『スーパーサイヤ人』だったんだ」


切れ目を細めて、悲しそうな顔をする夏秋。ペシミストみたいな顔しながら、ツンツンとウニのように尖った毛先を撫でてため息まで吐きやがった。女なのに男っぽいなぁ、と思えば、男っぽいのに女だなぁと思ったりしてしまう。こいつは『男女』とかあだ名付けられてたのに違いない。


「生まれつき?」そう訊ねてみる。重々しい方へ転がるかもしれんことを口走ってしまった!


「そう。だから、不良の『れってる』っての貼られるし、頭髪検査でも怒られる。友達作りにも困った困った」


他人事みたいに言うけど、そりゃあ困るだろう。黄色人種は千人いたらほぼ千人が黒髪だ。木漏れ日の中でベンチにもたれこみ、彼女はしみじみとそれでいて饒舌にこんなつまらん俺に話をする。ほとんど聞きに回ってるけど彼女はなんだか楽しそうだった。訊ねてみると、「上級生のいない部活だから、仲良くしたい」とにやにやと笑った。俺も喧嘩とか勝てそうにないし仲良くしたいね、うん。


遠くに水野となずなの影が見えた。手に持つポスターはない。均等に分けたつもりだったのに、こっちのほうが早く終わった。校舎内が主だったからだろう。


ゆっくりと立ち上がり背伸びして気づく。

170cmはある俺なのに、彼女とあまり身長変わんない。


そんなこと考えてると、軽やかなハミングが隣から聞こえた。


夏秋のものだった。彼女は二人のもとに駆け寄ると俺を指す。どうやら愚痴を言ってるようだ。


そのまま合流した俺達は雑談しつつ、部室に戻った。





「今日はこの辺で終わりにしよう」


そう切り出したのは水野だった。机の引き出しにあったオセロを片しながら、満足げに微笑んでいる。


「そう? けっこー有意義な時間だったなぁ。名残惜しい」


そう呟く夏秋をよそに時計を見る。午後3時、少し駄弁りすぎたようだ。

ソファでは免先生となずなが並んで、読書している。


穏やかだ、こんな有意義な時間を過ごすのが夢だった。


おしゃべりな先生に本を与えると口をむすんで黙って読み始めたし、夏秋と水野はオセロしながら静かに会話してたし俺は窓辺でパイプ椅子を並べゆっくりと昼寝できた。


悪くないな、と思う自分がいた。


煎茶を飲み干すと、なずなの前で手を叩く。音に反応したなずなが顔を上げる。相変わらず、小動物みたいだし顔がちいさいからか目が大きく見える。


「あ、帰るんですか? わたしも支度します。先生はどうしますか?」


「あー話しかけないで。今いいとこ」


足を組んでロダンの考える像のようなポーズで本に御執心な先生を残し、俺達は部室を出た。こういう時の先生は、出来る人に見える。西陽の差す廊下は不気味なほどの赤色に染まっている。後者への渡り廊下では水泳部が筋トレに励んでいる。中庭ではイチャコラするカップル。公開キスに石を投げつけたくなる。


「いやー、それにしても華やかですな。女子が混ざると」


生徒用玄関前で水野は感慨深げに呟いた。確かになぁ、しかもちゃっかり仲良くなりやがって……。


「変なこと考えるんじゃないぞ……」


夏秋さんは何しでかすかわからん。しばらく、様子見の必要性があるんだ! 下手に手を出してみろ、血みどろの文芸部室ができるぜ?


「はっ!? 比与森くん! 眉が、その……連結してます!」


眉辺りをさすると指に黒色。なずなの進言に感謝しつつ、すかさず水野にチョップする。紙一重で交わされ、ストレスがさらに溜まっただけに終わった。寝てるとすぐ落書きする!


「はは、だっさ!」


夏秋が腹を抱えて笑う。笑われた! 恥ずかしさにもどかしさを感じる。ああ、もう。


「……トイレ行ってくる」


しょげながら、そう言うと夏秋は俺の背中を叩いた。


「楽しいものも見れたし満足。あたし友達のとこ行くから! さよなら! また、明日!」


「残念です。また明日」


手を振りつつ夏秋はそのまま走り去っていった。


昨日と同じ三人で下校する。

ブラスバンド部の演奏が遠くから聞こえる。


そういえば夏秋の友達とは、一体どんな奴なのだろうか?

彼女はそんな悪ではない、というか勉学を怠けるような奴はここに来るとは考えにくい。


この時間まで校舎内にいるということは仮入部中なのかもしれない。悪そうな奴じゃないことを祈りつつ、校門を出る。


昨日と同じルートでまっすぐ帰る。


「あ、そうだ。新入部員歓迎会しませんか?」


なんだそれ、誰が歓迎してくれんだよ……。


「……いいですね。面白そう」


なずなは何度も頷いた。そんなにしたいのだろうか?


「そうなると場所とかも決めないといけないですね。家は小遣い制なので痛い出費は避けたいのですが、心当たりありますか?」


「……駅前のお好み焼き屋でどうでしょう?」


「あー、あそこ安いもんなぁ……じゃなくて、気が早い! だってさ、あと一人いないと潰れるぜ? 上級生の入部はないだろうし、一年生も仮入部でこっちに来てもくれない」


水野は前髪をかきあげて高らかに笑った。


「ようやく部長としての意識が芽生え始めましたか?」


「うるさい。で、明日はどうする?」


「ひたすら待ってみる……っていうのはどうでしょう」


どこまであのポスターに自信あるんだよ……。確かにたくさん貼りまわったけど実際見てくれる人なんてほんの少しだろう。部内容も夏秋みたいによく知らない奴もいる。


「期限は二週間だ。早めに手を打ったけど、まだ何か足りないのかもしれない。ほかの部活動がどのようにして人を呼び込んでいるか、それを見て真似でもするのはどうだ?」


我ながらナイスアイディアのつもりだ。


「部室に二人残して、後の二人は偵察ってとこですか? なるほど」


「いいんじゃないでしょうか? ……それで、場所はお好み焼き屋でOKですか?」


なずなは食い物の話しかしない。そっちの方が最優先事項なのか? 待て、冷静になれ、どー考えても違うだろう? その手はなんだ? 妄想でお好み焼きをひっくり返してんのか? ホント、真面目にしてくれぃ!!


「なずなさんは、お好み焼き好きなんですか? ちなみに僕は大好物です」


「あんまり食べてことないから……また食べたいなって思ってるんです」


「食いもんの話に戻さないの!」


ホント、しっかりしないと潰れちゃうぜ。文芸部……。






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