甘すぎないのがいい
「どう……かな? ショートストーリーなんだけど、いつか形にしたいと思ってるの」
俺は動揺した。水野に至っては白目剥いたままフリーズしてカタカタと不気味に痙攣している。それはたぶん、身体が拒否反応を起こしているのだろう。例えるならコーヒと思って飲んだら、猛毒の砂糖水だったって感じかな。
だけど、この作品鳥肌ものだぜ、こいつはァ……!!
ベンチで震える俺を、ぴくぴくと不自然な動きの水野を、不思議そうに見つめる彼女。無垢な表情がそのつぶらな瞳が問いかける。『感想は如何?』と。
「なんというか、独特な感性の持ち主だ。な、なあ水野」
「シュー、コォォォォォォォ!!」
わかるよ、水野。水野。水野。
だから、顔を上げて、いつもみたいにさ。前髪かきあげて「ははっ」って笑えよ。それじゃあ、ダース○ーダーだ。
「よかったぁ! 実はね、心配だったんだ……。読者の気持ちがわからないから」
胸に白く細い手を置いて、息をつくなずな。頬を紅潮させ、目を閉じて「良かった……」と繰り返す。純真、彼女を色で表すなら、白だろう。
「読んで感じたけど、語彙が思ったより豊富なんだね」
「そ、そう? ありがと……」
「はっ!! 僕は……何を見てしまったんだ……」
額にぐっしょりと汗をかいた水野が目を見開き動揺した。ようやく正気に戻ったか。
「いいんだ、いいんだもう。終わったことだ」
俺達は文芸部室に戻って、帰り支度をすることにした。
「では、二人ともさよなら」
丘野なずなはリュックを背負って、文芸部室を後にした。
慌てて後を追う。
「待てよ。俺達も帰るから」
「え?」
「そうですよ。一緒に帰りましょう」
水野はショックから立ち直ったようだけど、まだ顔が青白い。うん、顔面蒼白だ。
「わたし、初めてかも……こうして、誰かとのんびり下校するの」
「そうなの?」
「いじめられていた、とかですか?」
「まあそんな感じです。のろまだって、ドジだって、よく言われて、自分に自信が持てなくって……。友達の作り方さえもイマイチわからなくなって。小学校の時とかって、一度遊んだらなんとなく友達になってたのに、中学の時に引っ越してからど忘れしたみたいに分かんなくなってたんです」
「ドジなのは個性だ。仕方ない」
「そうですね。それはある意味ポイントです」
「……そうですかね」
この時間はちらほらと生徒がいるくらいだ。みんな上級生だろう。
時計を見る。三時。午後まで普通いないもんな、新入生は。
「なずなは徒歩通学なのか?」
「一応徒歩です。お二人は電車ですか?」
水野が頷く。
「それでは、駅まで行きましょう」
ふと思う。
友達を作ったのはめんどくさいけど構わない。こうして、なずなと歩くと自分は変わってしまったのかと思う。昔の自分は水野にだけ付いていた。金魚のフンのように。二人の間には今、女の子がいる。違和感がかなりあるし、会ってまだ時間が経ってない。
なのに、なぜ徐々に溶け込んでいくのだろう?
彼女の友達いない宣言を聞いたから?
いじめを告白したから?
俺と似たほぼボッチの臭いがするから?
彼女を可哀想だと思ったから?
モヤモヤが溜まる一方で、水野と彼女は談笑していた。横断歩道を渡り、ケーキ屋のショーウインドウで立ち止まり、歩道橋を登っていく。
その一つ一つに慣れない。
自覚する高校生になったんだ。俺をいじめた奴らもいない。殴られる中、冷ややかな視線を送る傍観者もいない。かわいそうと言いつつ何も助けてくれない奴もいない。
過去の自分を知ってる奴は、水野。たぶん、高校ではお前だけだ。
いつの間にか俺のポジションは二人の背中を追う形になっていた。
『一緒にイイとこ、行けばそんな苦労しないで済むかも知れない』
水野のその言葉は今でも覚えている。水野は誰より優しい。なずなを受け入れている。彼は同級生にしては少し大人びている。素直に尊敬する。俺の恩人でもあるし。
線路沿いを歩く俺達を、小学生が楽しそうに追い抜いていく。もっと昔に水野に会いたかった。
「では、比与森くんと水野くん。バイバイ」
無邪気に微笑むなずなは、さっきの小学生の無垢な笑みに似ていた。そのまま、駅のロータリーで立ち止まり見送る。小さな背中だ。
高校生活初日にできた友達。友達かぁ。
「高校生活で俺、変われるかなぁ」
「変われるって、どういう風に?」
「どういう風……。あいつとなぜか仲良くなれる気がするんだ。恋愛感情とかじゃないからな。実際に話して、思ったんだ。どこか、似てる」
「引っ込み思案ですか?」
「まぁ、そこも似てるけどさ。俺も客観的に見たらあんな感じなのか?」
「少なくとも中学生時代はあれの五倍はひどかったですよ。今はだいぶ打ち解けてくれたものですよ。最初なんて、僕に見向きもしなかった。まるで無関心。でも、警戒心だけ強い野良猫のようでしたが」
「じゃあ、俺は変われたか?」
ふと呟いてみる。
「変われましたとも、これからも変われるんじゃないかなと思いますね」
そう言った水野は、今日の中で一番頼もしかった。