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僕らの文芸部活動記  作者: うさぴょん
3/13

『砂浜のメモリー』 丘野なずな プロトタイプ

あの人はもう、来ないだろう。


手を繋いで笑いあったこの海辺が懐かしい。


今のわたしは夕闇迫る砂浜でただ力なく項垂れている。


あの人は言った。「君の作るご飯は世界一」と。もう食べてくれないのね。大好きだったオムライスも作ってあげられない。


貝殻を拾い、耳に当てる。こうするとさざ波の音がが聞こえるんだって、教えてくれたのはあなたでしたね。今でも、鮮明に覚えているわ。


あら?


波の間にぷかぷか浮かぶのは何? 時折、光を反射して、チカチカ光って少し眩しいから正体がわからない。

好奇心だった。足を突き動かしたのは。


ざぶざぶと海に浸かるわたしは少しチャレンジャー。だって、今は10月なのよ?


風邪ひいちゃう。


でも正体は、ただの瓶でした。残念。遠い国から来たのかな、なんて想いを馳せていると気づいたの。


あら、中に何かが入ってる。


少し固いコルクに苦戦。仕方ないから、木の枝で叩いてみた。


破片が辺りに散らばる。今、サンダルだから危ないかも。


中身は、手紙。


魔法の手紙でした。



『あなたが欲しいものを一つ思いながら願ってください。○○が欲しい、と』


白い長方形の紙切れに短い文、わたし目が丸くなったかも。


昔の自分なら、馬鹿にして、ぽーいってゴミ箱に捨てたかもしれないけど。


釘付けになった。



信じたくなった。ほんと、バカみたい。


「どうか、愛しいあの彼が欲しい。お願いだから、神様」


無理難題に頭抱え込んじゃったのかもね、神様。


ふと気づく。


静かになった。波の音がしない。




「どうなってるの?」


ざっざっ。


背後から砂を踏む音がした。


振り返ると同時に、目を隠された。


ヒンヤリ冷たいのに、なぜか温かい。



涙が頬を伝った。



ああ、覚えてる。この感触。この長くて少しゴツゴツした指。


その優しい指が、わたしの涙をぐっと拭う。


「ああ、ああ。もう会えないと。会えないだろうと思っていたのに」


「君が泣いているから、僕も心配でね」


優しく包み込んでくれるような声にわたしはまた泣いた。


時の止まった、波の来ない海岸を二人足跡を刻む。この足跡も波がかき消してしまうのね。勿体無いね、と笑ってみる。


顔を上げると彼の笑顔。


「不思議。だってあなた……」


優しい人、わたしのために来てくれたの?


海岸を歩いたあとは、ベンチで海を眺めましょう。


沈まない夕日はそう、素敵ね。


彼の横顔が赤く染まる。本当にそこにいるの?


確かめたくて、優しく口付ける。


いるのね。神様、ありがとう。


彼は少し照れながら、おでこに軽いキスをしてくれた。


『さて、もう行かなくちゃ』


腰を上げて、砂浜に戻る彼。慌てて、腕にしがみつくけど触れられない。嘘でしょ。


神様、どうか、あと少し時間をください。


止まることをしない彼を懸命に呼ぶ。でも、歩き続けるの。どうして?


「待って! わたし、まだ、言えてない!」


声を振り絞ろう。彼が忘れないように。



「大好きだよ!!」


自分が忘れないように。


『……!』







彼は消えてしまった。夕焼けに溶け込むように馴染んでいくように。波の音は再び無限に続く。うみねこの鳴き声に、はっとする。


慌てて、彼のシルエットを探す。でも、もういない。潮風にあおられた前髪が額にへばりつく。


行ってしまったんだ。




いつか、忘れちゃうのだろう。


あの人の声も、あの人がくれた思い出も。





ごしっと涙を拭って、砂浜に書いた文字みたいに消えてしまわないようにしようと思った。


ギュッと、ギューッと抱きしめる。あなたとの思い出。


記憶が薄れないように、大切に大切に、胸の奥にしまいこんだ。


彼のくれた、



『ありがとう』を。




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