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僕らの文芸部活動記  作者: うさぴょん
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甘い誘惑で陥落

瞬間、明かりが灯る文芸部室。


がさごそと蠢く毛布。息を漏らすような笑い声が部室内を埋め尽くす。突如、毛布が跳ね上がると同時に人影が飛び出す。


「よく来た諸君。わたしが顧問のゆるし かおるです。趣味は、昼寝と食事と読書! バストはD! 歳は25! まだまだうら若き乙女教師でーす!!」


メガネを中指を押し上げてからの、一回転からの、裏ピースを決める女教師。なんだか、不穏な影が立ちこみ始めたのに気づく。こいつはぁ、やばいぜ……。


「突然ですが! 君たちにはここの部員になってもらいますぅ!!」


「なんですって!? 理不尽じゃないですか!」


水野のリアクションが大げさで腹立つがそれどころじゃない。


「やばいな、逃げんぞ水野!」


しかし、扉の前に丘野なずなが立ちふさがる。


「こうするしかないの……。ごめんなさい」


罠にハメラレタ……? このチビめ!


忍び寄る女教師。まるで貞子のように髪を振り乱し、間合いをじりじりと詰めてくる。わなわなと指を動かし、目には獣の眼光をちらつかせて。


「教師の面目が保てないんだよぉー……。私こう見えて、新米教師で、県内でそこそこ有名だったこの文芸部の顧問。でも、上級生の卒業、下級生の退部で、メンバーがいなくなちゃったのよぉ……。廃部になると他の部の顧問にされちゃう……そんなのまっぴらだわぁ……。ここはmyroomなのにぃ……」


その呪詛のような泣き落しに唖然とする俺達。こいつ、ホントに教師なのか……。


「そんな不純な理由で誰が入るか!」


「固いこと言わないでよー。どうか、か弱い先生を助けると思って、お力添えください! 毎日、オヤツ持ってくる! 漫画の持ち込みも許容するし、昼休みに自由に使ってもいい! ゲームの持ち込みもOKするからぁー!」


隣で鼻で笑う水野。前髪をかきあげて目を見開いた。


「とんでもないゲス教師です。しかし、好条件といえば好条件。この水野、悩みます」


「悩むな! ってまさか、丘野さん……? このあまーい誘惑に負けたの?」


「そう……とてつもなく甘美な誘惑だったものでつい……もうすでに届けも出しちゃいました。でも、私しかいないと知って焦って、オヤツが消えるなんて信じられなくて、そのついうっかりこんな事してしまいました……。ごめんなさい! 今では反省してます……」


「免先生、卑劣!」


水野が怒鳴り、また糸のような目を見開いた。


「ふ、何とでも言いなさい。文芸部は守ってみせるから」


彼女はキメ顔でそう言った。俺は、クズだなと素直に思った。


「己の保身を優先するなんて、教師失格ですね」


「水野。手に持った、チョコパイを離せ。そして、その食べかすを飛ばしながら話すな」


水野は愕然とした表情で、五本の指をおでこに押し当てた。


「はっ!? 僕としたことがハニートラップにかかるなんて! ……にしても、オヤツがついてくるのは魅力的……そうは思いガッ!!?」


水野の頬に右こぶしをめり込ませ黙らせると、俺はそばのパイプ椅子に腰掛けた。

そうだ、こんな部活、入ったところで後悔するに決まってるんだ。下級生が退部した? それがロクな部活じゃない立派な証拠じゃないか。


「水野、帰ろう」


「待って!」


丘野なずな、俺のブレザーを引っ張らないでくれ……。


「部長の座は……譲るから……」


涙ぐみながらの上目遣い。その大きな黒瞳に表面張力限界!!って感じの涙が溜まっていた。


しかも、甚だしいことに、この少し地味でチビな女は部長の座も狙っていたらしい。というか、それも餌にしたのだろう、あのメガネの悪女は。


部長。思わず心が揺れた。もしそうなれば、一年生にして部長。これから入ってくるかもしれない下級生にも『部長』と呼ばれる。


なんてこった。今まで水面下で学校生活を送ってきた分、なんか輝かしく見える。


「比与森部長! 顧問のわたしも、推薦するわ! 甘い誘惑にも耐える強い信念がある! 部長にふさわしいのはあなた!」


『部長』の響きが揺るがない自信にヒビをいれ少しずつ瓦解させるのを感じた。ソファの上で俺を指差す免先生。すいません。その指、へし折りたいです。


「じゃあ、僕が副部長でいいですか? あ、このアイス食べていいですか?」


冷蔵庫を物色する水野。お前の頭にそのアイスを叩きつけてやろうか? とは到底言えなかった。


「部長でいいなら……しゃあない……」


俺もいいカモだった。


晴れて、俺、文芸部部長です。


「……というわけで、後少なくとも二人は欲しいわね」


パイプ椅子に腰掛け、机を囲む。先生は部活動維持には五人必要、と頭を悩ませた。水野が煎茶を配った。万歳、電気ケトル。俺は一口茶を啜り思った。ってか、持ち込みOKなんですか、電気ケトルって?


「そうですか」


丘野は両手を膝に置いたまま押し黙った。しきりに小さな肩を震わせている。


「まぁそういうことだから。では、わたしは職員会議があります故、ドロンします!」


重い空気を切り払った先生は、忍者のポーズしながら文芸部室から颯爽と出て行った。先生は楽観視しすぎだろう。


「古い人ですね」


手近な文庫本を読みつつ、煎茶を片手に水野はツッこんだ。


「ああ、マヤ文明あたりに行ってほしい人だな」


俺はなんとなーく、事の発端。丘野なずなに目を向けた。その視線に怯えてか、どんどん縮こまる丘野。


「二人ともごめんなさい。……本当に悪気は無いんだよ……」


彼女は、しゅんとしている。肩ががっくりと落ち、すでに目の淵のダムは決壊していた。


「知ってる。ただ食い意地が張ってただけだろ? 丘野さんは」


だーだーと絶えず涙を流す彼女はなぜか『お菓子』の言葉に微笑んだ。泣き笑い。そのフェイスは少し不細工で器用だと思った。きっと顔筋でも鍛えているのだろう。


「……『なずな』でいいです」


ぱたんと本を閉じた水野。


「顧問が諸悪の根源です。どれ、恭平くん、ステテコダンスしてあげてください。彼女が泣き止むまで」


「俺はヤンガスじゃねえ」


「じゃあ、首もいで、左腕切断して、右腕を上げてください」


「ガンダムでもねえから」


「それよか、さっさとあと二人を見つけましょう」


いつの間にか乾いた彼女の目には、熱意が浮かんでいた。本棚のほうに駆けていくとなにやらごそごそと何か作業し始めた。面倒なことになりそうだ。


「反省してるんですかね、彼女」


「完全に盲目だ、これ」


軽快なステップで部室を後にする丘野なずな。ふわりふわりとショートボブが揺れる。その姿、完全に子供に見える。はたして卒業までに彼女は大きくなるのだろうか? いろんな意味で。

両腕で胸になにやら抱え込んでいる彼女は少し浮かれ気味だ。喜怒哀楽の怒が抜けた感情の多彩さに驚く。


「勧誘するなら、さっきみたいなのはナシな! しっかりと文芸部のことを知ってもらってから段階を踏んでもらうんだ」


「そうですね。とは言いつつ、僕らは活動内容をよく知らない。困ったものです、はは」


「基本的に、読書、らしいです。部誌も出すらしいので、小説などを書かねばいけないかもです!」


「俺は書きたくねー。穏やかなシエスタをしたいものだ」


「同感です」


「お菓子も食べなきゃねー!」


「お菓子のことになると元気になるな、なずなさん」


「思考回路はガキんちょみたいです。なのに、この学校にこれ如何に?」


なかなかの高偏差値の桐ヶ原。彼女はここに合格したからここにいるのだ。


「悪口を隣で言い合うのはおかしくないですか?」


凹むなずな。


「男子は陰口が得意じゃねーの」


部室の鍵を閉め、三人揃って校門前に来る。下校する新入生たちにビラを配る上級生たちたくさんがいた。


あれに混ざるのか。一年生が一年生にビラ配るのか? もう、わかんねえな。あべこべ。


「えっと、ビラはあるの?」


「……私が書いたのがあります!!」


堂々と突き出されたビラを手に取る。部紹介の冊子よりは百倍ましだけど。


全体的に字が丸い。


「フォントを女体で書かないでほしい。読めない」


「……えっ!? 読めませんか? 我ながら達筆だと思っていたんですが……困る……」


「フォント女体って、上手いこと言いますね。それにしても女体って声に出すと、なんかエロいですね。ほら、ニョタイ。ニョタイ」


「じゃあ、お前のあだ名『ニョタイ』な」


「少し……キモいです……」


軽蔑の眼差しを向けられる水野。すまない、彼はこういう奴なんだ許してやってくれ。俺はため息を吐いた。


浮かび上がるワード。『メンドクセー』。


「では、配りましょう。改善の猶予はありません」


「いいけどさー文芸部って地味だし。的を絞ろーな? 地味な子に」


そうじゃないと俺が困る。不良なんぞ入部した暁には俺はパシリになっちまう。


「そうですね。わたしもキャピキャピした人はどうも苦手で……」


「そうです。違う人種同士は分かり合えないんです」


そう言うと水野は小声で「『パシリ部長』回避、ナイスです」と呟いた。


「だからって、美人にばかり配るなよ。美人はいらん。部内破滅を起こす」


「わかってますよ。了解しました『部長』殿」


ビラを三分割し、受け取ると、前髪をかきあげて水野はビラを配り始めた。三人で配るも、一向に減らない。ビラの重みが変わらない。


「ホントは誰も来なくていーんだよなぁ……」


澄んだ空を眺めて物思いに耽っているとなずなの視線を感じ、慌てて手を動かした。


誰も来ないが、ベスト。でも、そうなると文芸部は消滅。解散。そして、『部長の座』がなくなる。


でも、退部の理由にもなるし、これから先どこにも入部しなくても釘を刺されないかもしれない。






一通り配り終えた俺達は中庭のベンチに腰掛けた。


「やー、いい運動になりました」


「入ってくれ奴いないだろうな……」


「! ……なんで言い切れるんですか?」


「そりゃあ、やる気もなにも感じられないしなー。創作? なんて学生には早いんだよねー。しょせん、ガキのごっこ遊びになるだろうし」


「実際、ガキですしね」


なずなは首を捻る。


「でも、誰か来るはずです。……気長に待ちましょうよ」


春の風は涼やかだ。花壇に咲いた花を眺めながら、中庭で一休み。悪くないな。


「中庭でくつろぐ部、でいいよなー」


「そうですねー」


「わたし、本書きたいんです……」


なずなが呟く。ベンチで足をプラプラするさまがまさに子供だ。


「本なら、個人でも書けるさー。そのほうが集中できるかもね」


「……まさか、もう書いてます?」


その言葉になずなの体は前後に揺れる。その後、こくりと頷いた。


俺は水野と見つめ合った。以心伝心。


『なんとしても読みたい!!』


笑いを堪えつつ、彼女に擦り寄る。


「え、その、書いてるの?」


ゲスな顔をしているだろうな、俺。


水野に至っては悪魔のような笑みを浮かべている。なんか、白目剥いてる。怖い。


「そんな……大したものではないです。ただ、暇つぶしに昨日書いたのが……」


「あるのですか?」


目を見開いて、ずいと距離を詰め寄る水野。今のこの状況、客観的に見るとひどい構図だな。


「……ありますけど」


「読みたい! な、水野! 参考になるかも知れない! まだ、書いたことないし!」


「そうですね。なずなさんのような聡明なお方が綴るストーリー。ああ、堪能したい」


なずなは人差し指を立てた。


「ふたつ条件があります……」


「何!? 早く見せろ!」


餌にありついたピラニアのごとく食いつき、興奮する水野を制止し『条件』の続きを顎で促す。


「まず、文芸部やめないでください!」


適当に頷く。ふん、どうせまもなく潰れるだろう。


部長の名がなくなるのは惜しいが仕方ない……な。まぁ自分の中で、五分五分だったしどっち転んでもいいけどな。


「もう一つ、早く、プリーズ!!」


あまりの興奮で、ひょうきんな水野のキャラが変化しかかってるので、俺も慌てて促す。




息を呑む音が聞こえ、意を決したらしくなずなの小さなピンク色の唇が動く。


「その、と、と、友達が欲しい……」






時が止まった気がした。

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