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『文芸部』が部活動として正式に認定され、入学式からすでに二週間が経っていた。部長の座を射止め正式に部長になった俺は、意気揚々と部室へと足を運ぶ。野球部の掛け声が校舎まで響いてくる。放課後の学校はやけに騒がしい。
渡り廊下では陸上部が準備運動で体をほぐしている。その横を早足ですり抜け部室棟に入る。階段を二段飛ばしで駆け上がる。そこにはユートピアが待ち受けているはずだ。
「遅くなってごめん!」
謝罪しながら戸を開く。そこには、取っ組み合いのケンカをする夏秋と村瀬の姿があった。ユートピアなどなかったようだ。
「何してるんだよ……」
「いや、ちょっと、ノートを写させてもらおうと思ったら。ナッツが血相変えて怒鳴ってきたから、ここらで力の差を見せつけてやろうと……」
見せつけんでもいいだろうに……。
「お前は人に頼りすぎだ! 見ろ! 水野くんは悲しんでるぞ!」
「そんなことはありませんよ。ただ、僕をめぐって争うのはどうかと……」
お前は何様だ!
「とりあえず落ち着こう、な?」
組み合った手をほどきながら、二人をいさめる。これも部長の役目か……?
「今日のところはここまでにしといてあげる」
そんなこと言いながら、帰りは仲良くバスに揺られてるんだろう? 俺は読書に夢中になってるなずなの隣の椅子を引き腰掛けた。
「今日は『物語を書いてみよう』と先生からの言伝がありました」
俺に気づいたなずなが本を閉じ呟く。
「物語? 実力を計りたいんだろうな、先生も」
「物語ですか。原稿用紙にですかね?」
「いえ、コピー用紙に書いて、それをそこのノートパソコンに写が期して欲しいらしいです」
なるほど、そのためにこのノートパソコンはあったんだな。完全に先生の私物だと思っていたぜ。
「でもさ、書いたことないしー。テキトーでいいよね!」
村瀬は早速ペンを取り、コピー用紙に書き始めた。誰よりも早く書き始めるその姿勢に感動してしまう。
なずなもみんなにコピー用紙を配ると、こほんと咳払いをして書き始めた。前みたいなストーリーになるんだろうな……きっと。
「さて、僕は『比与森恭平の日常』という題で書きますかね……」
水野の眉間にシャーペンを刺したくなる題名だな、おい。夏秋は速筆らしく、スラスラと文を綴っている。字も読みやすく綺麗だ。
「比与森! あんまりまじまじと見んなよな!」
「ごめん! 字が綺麗だなって……」
「はぁ? ……そんなことより早く書けよ」
鋭い眼光に俺は慌てて目を逸らす。そんな怒ることないじゃないか……。なんやかんやでみんな真面目に取り組んでいるようだ。
俺も書こう。題名は『少年水野のメガネ爆散怪事件』にしよう。ミステリー物だ。決して、水野に腹が立ったのではない。
時刻は午後五時。
「どーーーん!! みんな、できたかい!!?」
その時間になって、扉を勢いよく開けた免先生。満面に気色の悪い笑みを浮かべて、部員一人一人の肩を揉んで回る。
「二時間ちょっとだと時間が少し足りませんね。オチまでたどり着けませんでした」
「じゃ、もうちょい粘ってー。書けた人は?」
「はい!」
勢いよく立ち上がるのは村瀬。
「環さんね……どれどれ」
俺は自分で煎茶を汲んで一口飲んだ。
「没」
一通り目を通した先生はつまらなそうにその紙を机に放り投げた。村瀬に向ける視線は厳しいものだった。
「これ、何?」
「何って……SFじゃないですか! 頑張ったんですよー。主人公の少年が近未来でタイムトラベルの大冒険! 異星人や超能力者を筆頭に仲間が徐々にできて、主人公をここに連れてきた悪の組織を打倒し、涙涙の仲間との別れ、無事元の世界に戻るって話ですよ!!」
「それの内容が一枚に入り切るわけがないじゃないの!!」
そのスペクタクルなストーリーに耐え切れず、ナッツが吹き出す。
「ないわー。そりゃないわー」
「う、うるさいわねー。そういうあんたはその二枚の紙切れにどれほど緻密なストーリーが描かれているのかしら?」
「それより、語彙の少なさ! 小学生の感想文並みの文章力! 特に同音異字の間違いが酷いわね!」
睨めっこする二人の間に、免先生はずかずか割込むとおもむろに訂正箇所を指摘し始めた。その剣幕に圧倒された村瀬が目でSOSを送ってくる。知らん、俺は知らん。
「……まぁ、その発想力は期待できるけど、内容がチープなのをもっとこう努力しないと」
肩を落として、凹む村瀬。意気消沈。気の抜けた炭酸飲料のように彼女の溌剌さが消え去る。
「次は、夏秋さん! はい、よこすよこす!」
強引にコピー用紙を奪う様はまるでバーゲンセールのおばちゃんそのものだった。
「なになに……げっ、擬音が凄まじいわね。インパクトを与えたいのかもしれないけど、これじゃあかえって読者は敬遠するわね。思わずわたしも焼却炉に突っ込みたくなったわ! 特に主人公のセリフが痛恥ずかしい! 決めゼリフが多すぎて山も谷もないわ! わがままボディは体だけにしなさい、まったく!」
俺は手元の紙切れを丸めると、後ろ手でゴミ箱へシュートした。こんな陳腐な内容が褒められるわけがない。
少年水野が、雪山のコテージで殺人事件に巻き込まれ、犯人を暴こうとするも犯人の手によって時限爆弾付き視力矯正メガネを付けられる。事件解決寸前に黒幕を追い詰めるも間に合わず、爆弾が起爆。コテージごと消失してしまうという内容だ。
作中の『おでんはもう、懲り懲りだぁ!!』という水野のセリフが一番の盛り上がりである。
「ああ、もう! 比与森部長! あなたはわたしを満足させれるかしら?」
「すいません。今から書き直そうと思ってるんですー……」
「じゃあ、なずなさん!!」
「ふぐぅ……! もうちょっと待ってください……その、自信があまりなくて」
そういうと彼女は口をつぐんだ。かりかりと頭皮を掻く女教師。このヒステリーを見たから、上級生達はやめたのではないかとしみじみ思う。
「あなた達には、漢字検定を受けてもらいます!!」
突然の宣告に動揺する部員一同。あんぐりと口を開けたまま、フリーズする村瀬。そろそろこの女教師がうざくなってきたのだろう。
「それがいいわ。手始めに、二級から! お代は部費から出しますから!」
ぷりぷりと怒る免先生。はっきり言って、漢字検定をよく知らん。
おおよその検討はつくが、まあ、その通りなのだろう。
「暗記でしょ? 簡単じゃないの?」
「二級は確か大学在学レベルですね……。心なしかワクワクしてきましたね」
同意しかねるぞ、水野。
「簡単なの? じゃあ、ただ同然だし、資格はステータスよね!? 決まり! 副部長が命ずる! 漢検受けに行こう!!」
「待て、たぶん今受け付けしても七月に試験だろう? その間にテストとかあるのに……大丈夫か?」
「ええい、やかましい!! 副部長命令が聞けぬか!?」
いや、俺、部長。
「楽しそうですし、わたしもしたいです」
なずなさん、無垢な顔で見つめないで。自分の心底で醜いものが霧散していくから。
「まさか、恭平くん。勉強するのが怠いだけなのでは?」
「お前だってそのはず!!」
「安心してください。僕はすでに取得してますので」
憎たらしいことこの上ない笑顔をしやがって……。




