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僕らの文芸部活動記  作者: うさぴょん
1/13

桜並木はとても綺麗で

春。


舞い散る花弁の桜並木、咲き乱れるチューリップ。まるで新しい門出を祝ってくれているようだった。

そんな身近な春を感じつつ、俺は桐ヶ原高等学校へと、足を向ける。

桐ヶ原高等学校は男女共学だ。恋をし、実らせ、はたまた散らせ。

夢、希望を胸に秘め、勉学に勤しみ尽力し続ける。

部活動に汗し、仲間と共に青春謳歌……。聞く耳に耐えん! まったく、あー、寒。


俺は違うのだ。そんな頭がお花畑じゃない。チョウチョが飛んでるような甘い幻想に惑わされない。


そう、俺はのんびりと有意義に日々を過ごしたいんだ。青春も恋愛もしない。それに対しても後悔はしない。俺はそういう人間だ。


誰とも関わらないの? なんてことはない。


ただ、友達なんか、いつか縁が切れるもので気の置けない親友なら既にいるから平気、安心。そいつ一人で十分なのだ。


彼も俺と同じ『平凡』を望む者、だから波長が合う。こんだけで十分なんだ。


とか言ってるうちに、上級生の立ち並ぶ錆びた鉄柵の校門が見えてきた。その向こうには眩いほどに白い校舎。

まるで、輝かしい高校生活を具現化しているような、というかやけに神々しいな、おい。

着慣れないブレザーを整え、ネクタイをきゅっと締める。

今日から、ここに通うんだ。

そう思うと、この学校までの桜並木は悪くないなと思えた。春夏秋冬、楽しめそうだから。


「やあ、恭平くん」


後ろから、俺の右肩を叩く常時笑顔の好青年。こいつが俺の唯一無二の親友。


「水野! 知り合いが見当たらないし、慣れない道だからって、少し心細かったのは嘘です」


「嘘ですか。僕は君に会えなくて若干心寂しかったんですよ。嘘ですけど」


何気ない会話。こいつが入るというから、俺は嫌いな勉強を頑張ってこの偏差値のやけに高い学校に入ったわけだけど。言っておくがホモではない、断じてホモではない。切っても切れない縁というか、こいつには世話になりっぱなしだから。『その恩返し』と言いたいところだが、ただ単に俺は彼と離れるのが心細かっただけなのである。


「そういえば、恭平くん。あなた、春休みの間に背が伸びたんじゃないですか? もしや、夜間、鉄棒にぶら下がり続けたのですか? それとも、牛乳しか飲まなかったとか?」


「お前も口が悪くなったな? なんか腹立つんだけど」


「君といると心が荒んでしまうみたいです、はは!」


高らかに笑う水野をよそに上級生の立ち並ぶ校門を抜ける。部活動勧誘の手をするすると抜け、人だかりを目指す。

クラス割りが貼り出されている。そこに蔓延る新入生達。なぜ、その場に踏みとどまる?

磁場か? 磁場でも出てんのか? そして、お前らは砂鉄か?


「言ってなかったんですけど、実はマサイ族の血を引いてるんです、僕」


「やけに白いマサイ族だな」


「マサイ族アルビノ種です、はい」


そう言うとおもむろに眉に手を置いて、水野はクラス割りを眺め始めた。細い目がキラリと光る。


「……なんやかんやで、二人とも二組です」


「その『なんやかんやで』が無性に気になるが、まあ行こう――」


お気に入りのスニーカーを下駄箱に突っ込み、上履きに履き替える。校内は清掃が行き届いており、外装に負けないほどの白壁が続いていた。


「おはよう」


受付の先生に声をかけられ会釈し、そのまま受付を済ます。三階が一年生の教室らしい。長ったらしい廊下を進み、階段を登る。踊り場の掲示板には部活勧誘ポスターが所狭しと並んでいた。


三階廊下はは新入生達で溢れかえっていた。クラスの違う知り合いと談笑しているんだろう。


「お、二組っと」


少し緊張しながら戸を開ける。たくさんの視線が突き刺さる。好奇の視線。新生活に、みんな目が輝いている中、隣の水野は目が死んでいた。おそらく、俺もだ。そんな目で俺たちを見ないでくれ、穴が空きそうだ。


「恭平くん?」


「うん?」


「本当は一組ですよ?」


蹴りたい衝動を堪えて、二組の教室を後にする。実に不快。不愉快だ。


「今度は本当だろうな? 嘘つきはな、相手に不信感しか与えないんだ。そのうち誰もお前を信じちゃくれないようになるんぞ?」


「なるんぞ?」


「人の揚げ足を取らないで、まじめに聞いてくれぃ……」


一組の教室の戸を開くと、小柄な女の子と鉢合わせた。うなじが見えるほど背の低い子だ。伏し目がちでおろおろとしている。


右に退くと、彼女も右に退いた。


左に退くと、彼女も左に退いた。


いわゆる、お見合い状態だ。


こういう状況は、たぶん他人の目を見ないから起こるものだと俺は思っている。すなわち、両者ともに対人恐怖症気味なのかもしれないということだ。彼女の態度からして彼女も若干の対人恐怖症じゃないのか? あくまで推測だけど。


「わ、わざとじゃないんです! ごめんなさい!」


彼女は頬を赤らめて、頭をぺこりと下げまくった。挙動不審、それは誰の目から見てもそうだろう。手をパタパタと振り持っていた本をバサバサと落す。


「いや、こちらこそごめん」


手を挙げて謝るも、少女は本をかき集め終わると俺の脇をすり抜けてどこかへ走り去ってしまった。


「嵐のような一時でした。美少女とのファーストコンタクト……。なかなか手馴れたものですね。そのスキル底上げしたいものです」


「やかましい。ところで俺の苗字は『比与森』だから水野とは少し席が離れちまうなあ、たぶん」


黒板に描かれた席順を眺めながら言うと、水野は前髪をかきあげて口を開く。


「ご心配なく、真横です」


「あ、そう」


そう言いつつも内心ホッとした自分がいる。平凡な毎日を送るには、欠かせないのは友人だ。

やけにパワフルなスポーツ少年じゃなく、だんまりねぐらでもない、かと言って博識おしゃべりでもなく、水野みたいなヤツとつるまないとならない。


あ、博識おしゃべりは水野か。


まあ、彼じゃなくちゃ、しっくりこないんだよなぁ。価値観とか、物の見方が合うというか。


なんか、冷めてて目の死んだ奴。


新しく友達を作るのは段階を踏まなければならないから、めんどくさいのもある。

一番前の席に、二人して座る。


「一番前とか、正直悲しいですね。青春ものだと大概窓側の最後尾で前か後ろにヒロインなんですよね。時折、髪の香りを嗅いでうっとりしたいものです」


「そうだな」


「恭平くんは供託に近い分、教師に唾かけられるリスクが高そうですね」


「……そんなアルパカみたいな教師いねーだろ?」


やがて、始業のチャイムが鳴り、生徒は全員着席。


戸を開けて、入ってきた大柄な体育教師。


「俺が担任の塩田だ。これからの一年よろしくな!」


その担任の男に小雨のような唾を浴びせかけられ、俺は早速高校生活が嫌になった。



午前に済んだ入学式。長ったらしくも、グダグダな部活動紹介。水泳部が水着で出てきたときは思わず肩を落とした。男子水泳部しか我が校にはないのだ。


その後の教室での自己紹介ほどめんどくさいものはない。しかしそのおかげで、どんな風な奴がここに入学してきたかわかるんだけどな。拗ねたガキのように眉根を寄せてるんだろうな、今の俺は。

学生生活はクラスメイトの良さで天地の差があるのを俺はしっかり理解しているつもりだ。中学生の頃は痛い目みたからな。


「比与森恭平です。趣味は音楽鑑賞。特技はないです。出身校は……」


なんて、ベタでなんの面白みも真新しさもない自己紹介を済ます。


自己紹介の結果、金髪ベリーショートの不良女、チャラチャラしたメイクばっちしの女子、内面の醜さを顔面に吐き出したのかというくらい強面の男子生徒がいることが分かり、俺の肝っ玉は冷えに冷えた。

となりで水野の口角が引きつっていたのを俺は忘れない。大荒れの予感がするな……兄弟よ。


担任の話を聞き流し、多くのプリントを手渡される中、俺は窓から入る涼やかな春風についついうたた寝してしまった。


そして、気づいたときにはいつの間にか放課後になっていた。

憎き担任の唾吐き塩田はすでに消え、教室もちらほらと生徒がいる程度ですっきりしていた。


そして傍らにはそんな俺を眺める水野。彼はニコニコと不気味なほど爽やかな笑顔を俺に向けていた。


「さて、昼寝は済んだようですし、部活見学でも行きますか?」


「やだよ、俺、帰宅部になるんだ」


部活見学だって? 俺は中学時代何にも属してなかったのを知ってるはずだろう?


「校則ではどこかの部活動には所属しなければならないようです。誠に遺憾ですがね」


「また嘘だろ……?」


カバンを漁り、今朝配られた生徒手帳を眺める。なるほど、ホントのことらしい。全く厄介なこったい! 手渡されたその手帳を引き裂きたくなるような衝動を堪え、項垂れる。


「そこで、この僕に名案があります。この新入生歓迎会の際に配られた冊子。この29ぺージを見てください」


言われるがまま開けたそのページ。

色鮮やかなイラストや新入生を呼び込もうという意志が伝わる文字が所狭しと描かれている中、そのページは異彩を放っていた。

ミミズののたうち回ったような字で書かれた『文芸部にぜひ来てください。歓迎します』。

モノクロのそのページには、ただそれだけが書かれていた。


「……文芸部? にしても陰鬱な広告だな」


「特にここ読んでください」


文芸部ページの隅に書かれた部員数0の文字。思わず吹き出しそうになる。こんなとこに誰が入るのだろうか?


「部員なしなの? まじで?」


「そうです! ここならば、仮に入部して行きたくなくなっても、先輩の目に悩まされることなくすんなりと逃げることが出来るでしょう。おまけに部活動の名の元に自堕落に過ごせる可能性も大いにあります」


なるほど、そういやこいつも俺と同類だったな。自堕落な部活か……悪くないかも。こいつは楽しくなってきやがった……。


「ん? でもさ。他に入りたい奴がいて向上心旺盛、やる気満々だったらどうすんだ? それに顧問がクソ真面目な奴だった場合もどうすんだよ。おまけに廃部寸前なんじゃねーの、これ」


「その場合はすっぱりやめましょう。その熱意に曝されるのはゴメンですから。顧問はリサーチの結果、ズボラな女教師でした」


「ま、この拍子抜けの勧誘からおおかた想像つくよ。やる気が微塵も感じられん」


それになんだこの、申し訳程度に描かれた小さいパンダは。


「で、廃部にはならないのか?」


「そこまではわかりません。だから、見学の余地があるんです」


カバンを肩にかけた水野は、茶色っぽい前髪をかきあげて微笑んだ。糸のような目がさらに細くなる。


「んじゃ、行ってみるかー」


「場所は図書室横です。別棟ですね、おまけに距離がある」


水野の話では、別棟は本校舎から渡り廊下で繋がる古い校舎らしい。そこはまあ、音楽室や図書室、部室などが詰め込まれているらしい。


その渡り廊下を歩いていると中庭が見えた。木陰のベンチ、校舎からの人目を阻むように生えた樹木。


「中庭ってさ、なんかいいな」


「と言いますと?」


「中庭の割に、たくさん木が生えている。芝生が生えてる。日当たり良好。昼寝にピッタシじゃん?」


「なるほど。確かにここのベンチで食べるご飯は教室の埃っぽい空気よりか、美味いでしょうね」


並んで歩く俺達の真横をバレー部の集団が通り過ぎていく。体育館へと向かうのだろう。やだな、汗臭い。


「運動部って、何が楽しいんでしょうか……」


深刻な顔して呟く水野。こいつ、運動できるのに運動しないんだもんな。


「そうだな。俺達には無縁だ」


彼がしたくないのならそれでいいのだ。強要するのはいけないことだ。何事も。


「あのぅ……」


か細い声に振り返るとそこにはどこかで見た顔があった。小柄な体型、メリハリなんぞ、糞喰らえな大人しボディー。まさしくあの子。


「あ、すいません。水野くんと、えー……ひ、ひよ」


「比与森恭平。君は、えー……」


興味のないことは、頭に入らない。無関心は罪です、ほんと。


「比与森さん、でしたね! わたしは同じクラスの丘野なずなって言います。実はわたし、迷子になりまして、あの、文芸部に行きたいんですけど」


なずな。ぺんぺん草かよ。まあ、いい名前だな。個性があってさ。


「おや、奇遇。僕らもそこへ行こうとしてたんですよ、はは。一緒に行きませんか?」


はにかむ水野は、正直かっこいい部類に入る。上の下くらいの甘いマスク。告白された、と相談を持ちかけられたときは少し殺意沸いたっけ。


「いいんですか? え、入部されるおつもりで?」


「まだ入りはしない。検討中なだけ。今から、様子見がてらの見学。さ、行こうぜ」


野球部の男子集団が横を通り過ぎていく。どうやら、野球部の部室も別棟にあるらしい。あー汗臭い。


「そう、別棟は部室棟とも呼ばれてます。冊子に書いてありました」


水野は思い出したように呟いた。


別棟に足を踏み入れる。

廊下には日差しに照らされたホコリが浮かび上がっている。

古風というか西洋を真似たような装飾の手すり、階段。踏むたびに軋む階段はなぜか、俺をノスタルチックな気分にさせた。


「文芸部室は2階ですね」


「はい!」


「おや? 知ってるんですねー。別棟の位置がわからなかったのですか?」


「え、まあ、はいそうです」


なぜ、そんな顔をするのか? 困ったような顔に笑みを浮かべて複雑な、器用な表情だ。


考えていると部室前に着いたらしい。


「ここですね。……すいません失礼します」


ノックしろよ……。と思いつつ中を覗く。


部室内はやけに静かで薄暗い。


どうやら、誰もいない。まあ、そうか。部員0の部活動だもんな。


「なんだか、生活感が溢れてますね」


見渡してみると本当にそう。


乱雑に置かれたパイプ椅子。電気ケトル、急須、湯呑、お盆が乗った机。近くにノートパソコン。


毛布のかかったソファに、小型の冷蔵庫。壁際には本棚が所狭しと並び、教室サイズの文芸部室は狭く感じた。


背後で扉の閉まる音がした。


「すいません。その、文芸部にようこそ」


丘野なずなは、そう言ってはにかんだ。

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