我が家の猫又ちゃん
会社帰りの電車の中。
仕事を完璧に終わらせて定時に有無を言わさずに帰路につき、いつもと同じ電車に乗ろうとしたはずなのになぜか一本遅い電車に乗る羽目になってしまった私ははやる気持ちを抑えきれないでいる。
ソワソワとしながら携帯の時計と外の風景を交互に見ている姿は傍から見たらよほど急いでいると思われるだろう。
同居人が出来てから一週間、元々あまり愛想の良くない私は現在退社後飲みや食事に誘ってくる人も居らずそそくさと毎日帰っても特に怪しまれることは無い。
良かったのか悪かったのか微妙に判断が付かないが、人付き合いの苦手な私としてはそこまで仲良くはない多数の同僚よりは今家で私の帰りを待っているはずのあの子との付き合いの方が楽しいことは間違いない。
電車のアナウンスによって自宅の最寄り駅が近いことを知って私は混んだ社内の中扉の近くへと移動を始めた。
「ただいま、みーちゃん!」
「遅い、お腹すいたんだけど!」
鍵を開け部屋に入りながらそう声をかける。
奥から不満気な声色で文句が聞こえてくるが、ちゃんと出かける前に三食分作っているのに夕飯はわざわざ私が帰ってくるのを待つあたり可愛いものだ。
「ごめんごめん、いつもより一本遅い電車になっちゃって」
そう言いながら台所に向かおうとしたところでリビングの机の上に夕飯がきちんと二人分セットされているのが目に入る。
笑いをかみ殺しながら私が片方の席に着くと待ってましたとばかりにもう片方の席についていたみーちゃんはお箸を手にする。
「いただきます!」
「はい、いただきます」
きちんと食前食後の挨拶もするあたり律儀な性格が出ている。
ちなみに今までいってらっしゃいやお帰りなさいを言われたことは無い。
「わざわざ準備してくれたんだ、ありがとう」
ニコニコと笑いながらそう言うと口の中にご飯を詰め込んだみーちゃんはそっぽを向いて何かを言おうとしてするも、ご飯を中々呑み込めずにまごついている。
頭上についた耳と腰の付け根辺りから伸びていると思われる尻尾がパタパタと動いているあたりかなり焦って飲み込もうとしているらしい。
「べ、別に。僕が先に食べちゃおうと思って用意したら丁度郁美が帰ってきただけだし!」
ようやく呑み込めたらしく、顔を若干赤らめながら早口でそういうみーちゃんは世界で一番かわいい。
みーちゃん、本名はミケと言うらしい彼は猫又という妖怪らしい。
始めて会ったのは私が恋人に手ひどくふられて落ち込んでいていつもとは違い遠回りで帰った日のことだ。
いつもは人が誰も通らないらしいその道でのんびりと戦利品を食べていた彼と出会い、どうやらねじが吹っ飛んでいたらしい私は家に来ないかと声をかけて現在に至る。
薄い茶色の着物を纏い、茶色がかったサラサラで肩より長い程度の髪の毛の彼をてっきり女の子だと思っていたのを訂正されたのは彼が来てから二日目。
その時に猫又と言う種族の説明をされたのだが私の趣味で現状着物以外はスカートばかり着せているためにどちらかと言うと猫娘のように見える。
ノリノリで女の子の服を着る割には何か譲れないものがあるらしく、猫娘みたいと言ったら烈火のごとく怒るので次言うときはきちんと機嫌を取れるものを用意してからにしようと考えているのはここだけの話だ。
「もー、本当に最悪! 大体今日終電に遅れたのってあの糞野郎に駅で声かけられて振り切れなかったんだよ、私とみーちゃんの至福の時間を邪魔するとか本当にありえない!」
「至福の時間とか過ごした覚えないんだけど」
冷蔵庫の中から取り出した缶チューハイはすでに日本とも空、買い置きしていた焼酎を水割りで呑み始めてからすでに3杯は空けただろうか。
「自分からやっぱお前のこと好きじゃなかったみたい別れようとか言っときながら今更、しかも急いでる時に呼び止めてグダグダ訳のわかんないこと言ってさ、意味わかんない。しかも妙に上から目線で、お前がより戻したいんじゃないかなって、とか言ってさ! どんだけこっちを見下してたんだよ!」
ガン、と音を立ててグラスを机の上に叩きつけるようにおく。
「ねぇ、みーちゃんもそう思うよね! あの男、一体何様のつもりよ、ね!」
「お、おう」
どうやらこぼれたお酒を吹いてくれるらしく布巾に手を伸ばしながら答えてくれるみーちゃんはとても優しい。
「あの、ほら郁美。そろそろ飲み過ぎじゃ……」
「もうさー、私どんだけ見る目無かったんだって話よね。あんな男のこと一瞬でも好きだったとかもう本当にまじありえないっていうかさー、もうさー!」
グラスに残った分を煽って次の一杯を作り始める。
「まだ飲むのかよ……」
呆れたようなみーちゃんの声が聞こえた気がするが無視して4杯目に突入する。
「もー、本当に私って見る目ないなー……。でも今日はみーちゃんが居て良かった。お酒を飲むときに一人じゃないのって良いねー」
「え……っておい!」
言いたいことを言いたいだけ言った私はそのまま机の上で睡眠モードに入る。
その後のみーちゃんの言葉は聞こえてた気もするが、うまく聞き取れなかった。
「んー……頭が痛い、二日酔いだな」
目覚まし時計に起こされた瞬間からズキズキと自己主張してくる頭痛に私はいつも通り深酒をしたことに気づかされる。
いい加減、嫌なことがあった時にお酒に頼ってしまう癖をどうにかした方が良いとは思うのだが中々人間というのはそんな簡単に弱い部分を治せないようにできているらしい。
「いやー、珍しく深酒したのにベッドまでたどり着いたのかー。というか目覚まし時計よくセットしたな」
いつもなら朝の肌寒さで強制的に目が覚めて時計をセットしてもう一眠りという工程が入るのだが今日はその記憶が無い。
「あー、そういえば私って絡み酒だったと思うんだけどみーちゃん大丈夫だったかなー……」
みーちゃんが自分用のスペースとして確保しているロフトの方を見上げながら考えるも、いつもの通りお酒を飲んでいる間の記憶は一切合切消えているため確認しようがない。
みーちゃんのことだからなんだかんだ文句言いながらも律儀に私の話に最後まで付き合ってしまったかもしれない、今日はちょっとお高めのお刺身でも買って次から酔った私のことは無視して良いよと伝えなければ。
「あ、もしかしてベッドに運んだのってみーちゃん……?」
ここにきてようやくその可能性にたどり着くも、真相を知る者は現在夢の中。例え起きてて実際にそうだったとしても素直に言うような性格ではないためこのまま闇の中に葬られることになるだろう。
お刺身にプラスして何を買って帰ればいいだろうか、と痛い頭を悩ませつつ私は今日の分の食事を作りにかかる。
とりあえず今日一日の食事は豪勢なものにしておこう。