座敷童、ついてます。
千歳ちゃんが思った以上に暴走しててどうしようかと……。
両親が海外赴任になって3か月、高校生という身分で一人暮らしを謳歌している私にも夏休みがやってきた。
いつも以上に自由にできるこの時間を喜びながらいつもよりも遅い朝ごはんを食べ、コンビニで今日発売の週刊誌を買ってさて何をしようかとワクワクしながら家に帰るとそこには見たことのない赤い着物を着た幼女が硬直して立っていた。
「あ、あの。私座敷童で、その……。あ! これ言っちゃ駄目だったんだ、えっと、えっと……」
私と子どもが出会ってから早くも5分が経とうとしている。彼女はオロオロしながら色々と言っていてパニックに陥っているのは目に見えてわかる。
無意識なのか、両腕をパタパタと上下させ視線をあちこちに彷徨わせうろうろと動き回る彼女はとても可愛かったので、私は何も考えず思わず抱きしめてしまったのは当然と言えるだろう。
「え、えっとごめんね? 怖がらせるつもりはなかったんだけど」
ハッと気づいたときには遅かった。座敷童を自称する幼女は部屋のソファーの裏に逃げ込んでこちらの様子をビクビクしながら伺ってくる。
完全に警戒されてしまった。しかも座敷童という妖怪らしいとても可愛らしい子どもに。
「あの、その私妹がずっと欲しくって。家に私よりも年下の女の子がいるってシチュにすごく憧れてたんだよね。それで思わず……」
苦しいにもほどがあるその言い訳を聞いた彼女はどう思ったのか。
さっきよりは少しソファーの影から覗く部分が増えた、気がする。
「い、妹に対して人間ってあんなにスキンシップするの?」
「ちょっと過剰だった気もするけど、おおむねこんな感じだよ!」
取り付く島を若干であろうと見つけた私はここぞとばかりに畳みかける。
幼女に怯えられる、というのは心にくるものだ。
「ちょっと過剰……」
しぶる彼女に私は猫を何重にも被った笑顔を向ける。
「本当にごめんね、お詫びに何か甘いものでも食べる? 昨日買ったケーキがあるから一緒に、ね?」
私の猫に騙されたのか、それともケーキという言葉につられたのか。
ゆっくりと彼女はソファーの裏から這い出して来る。
「よし、じゃあケーキ持ってくるね。チーズケーキとチョコレートケーキのどっち食べたい?」
「えっと、チョコレート……」
まだ完全に警戒はといてない様子だがケーキは食べてくれるらしい。
これからは溢れ出る欲望を抑え込んで彼女を怯えさせない程度のスキンシップに済ませなければならないな、と心に強く刻む。
怯えた姿や涙目も可愛くてそれはもう魅力的だが、折角我が家に居てくれているのだ。出ていく可能性を自分から上げたくはない。
「座敷童だか妖怪だか知らないけど私の元に来たからには絶対にてなづかせて見せる!」
冷蔵庫からケーキの箱とジュースを取り出しながら私は決して彼女には聞かれないようにそう呟いた。
「へー、しーちゃんは座敷童見習いなんだ。妖怪にも見習い制度ってあるんだね」
「え? えっと、その……」
「あ、私の名前? 私は和田千歳。ちーちゃんって呼んで」
ニコニコと笑いながらそういう私に押されてなのか小さく「ち、ちーちゃん?」と呼んでくるしーちゃんはとても可愛い。
ちなみにしーちゃん、というのはざしきわらしの「し」から取って私が今勝手につけた名前でたぶんさっき彼女が戸惑ったのは私の名前が分からない、ということではなくしーちゃんと呼び名が突然出てきたからだろうと思う。
さりげなくお揃いの呼び方を有耶無耶のまま了承させて私は満足しながらチーズケーキを食べる。
「うん、やっぱりここのケーキは美味しいなー。しーちゃんの口には合った?」
駅からは少し離れた交通の便が良いとは言えない場所に店舗を構えたこの洋菓子店は、しかしその味一つを武器に人気の種類のケーキは店頭に並んでから1時間で姿を消すと言われているほどだ。
質問をしながらしーちゃんの方を見ると好みに合っていたのか一心不乱にその小さな口でせっせとチョコレートケーキを食べている。
口の横にケーキがついているのも中々ポイントが高く、思わずまた抱きしめてしまいそうになるがなんとかこらえて観察を始める。
どこからどう見ても和服を着ていること以外は公園などでよく見かける子どもと同じで、私の視線に気づいたらしくチラチラとこちらを盗み見しながらもケーキを食べる手を止められないこの子が座敷童とは信じられない思いだ。
「座敷童ってあれだよね、住み着いた家に幸運をもたらして出ていったらその分不幸を与える、的な存在だよね。しーちゃんもそうなの?」
はがれ掛けていたというか半ば脱ぎ捨てそうになっていた猫をもう一度被りなおしてそう尋ねるとしーちゃんは視線を彷徨わせてから自分の膝元に固定する。
「えっと、あの。私まだ名づけが終わってなくて一人前じゃないから……幸運って言ってもその、宝くじを買ったら数百円当たったとか店に行ったらたまたま欲しい物が安く売られてたとかその程度で……」
言いにくそうに告げられた内容だったが、別に今の生活にそんなに不満のない私としては十分に幸運なものじゃないかと思えるものだった。
「あ、でもその不幸になるっていうのはそれまで幸運だった分が無くなるったのに気づかないでそのまま生活したからそのせいで不幸になるらしくってね、だから私みたいな力の弱い見習いが憑いた家だったら別に不幸も何もなくってなるらしいから大丈夫だよ!」
私がなんとも言えない表情をしてたからか、ハッとして畳みかけるようにそう説明してくるしーちゃんはやはりかわいい。
「え、あ、別にそういうことを心配してたんじゃないんだけど。そっかー、数百円当たるなら宝くじ試しに買ってみて……あれ、じゃあこの間遅刻した時に先生が休みだったのってもしかしてしーちゃんのおかげだったりするの?」
ちょっと試してみるのも面白そうだなー、と思いながらふとこの間寝坊した日のことを思い出す。
1分でも遅刻したら容赦なく遅刻チェックをつける先生が1限の日、電車に飛び乗った段階で10分の遅刻が確定していた。しかし授業が始まった時間に来たメールに先生が休みで1限休講になったからゆっくりきても大丈夫だよ!と書かれているのを見てホッとしたのを覚えている。
あの先生が休むなんて珍しいこともあるもんだ、と強く記憶に残ったものだ。
「あ、あの私が出来るのは目の前にいる人の幸運値っていうのかな、そういうのを少しだけ上げることだから実際に何が起きるのかまではちょっと分からないんだけ……!」
「しーちゃん本当にありがとう、大好き! もう超可愛い!」
首を傾げながらそう言うしーちゃんがあまりにも可愛すぎたために、話の内容は実際あんまり聞いてなかったがとりあえずあれは彼女のおかげだろうと勝手に結論付けて一緒にお礼も言う。
私の勢いにまた怯えたか、腕の中でバタバタするその姿が余計に可愛くて私のテンションがさらに上がったのは言うまでもないことだろう。
――拝啓、海外に住む親愛なるお父様、お母様へ
貴方たちが私のためにそのまま残してくれたマンションの一室に、座敷童の同居人が増えました。
彼女はとても怖がりで私のテンションが上がるたびに家具の影などに隠れていてとても可愛いです。
そして彼女のおかげで遅刻のカウントや提出物の忘れも減っているようでとてもありがたいです。
一人暮らしが少し寂しいと思っていたのでその点でも彼女がいて助かっています。
家で誰かと会話をすることがこんなに楽しいものだなんて今まで気づきませんでした。
あなた達の娘は逞しく毎日を生きてるので、夏休みに帰ってこれなくなったことはそんなに気にしないで下さい、しーちゃんと二人きりの夏休みが続くと思うととても楽しみです。――
「あ、そういえば座敷童ってことは言っちゃダメなんだった。じゃあどうやってしーちゃんを紹介しようか、拾ってきた……? 通報されそうだな」
両親への手紙を書いて読み直している途中で気づいてどうしようかと考える。
とりあえずしーちゃんの紹介の手紙まで後回しだ、うまい言い訳も思いつかない。
追伸まで書いたその手紙を机の上に放置して私は立ち上がる。
「しーちゃん、今日の夕飯何が食べたい?」
そう声をあげながら部屋を出る。
――追伸
この同居人は、隠れているときもケーキを買ってくるとソロソロと出てきてくれてとても可愛らしくとてもチョロイです――