ざけんな
俺は看板である。今日立てられた。昨日までなかった俺の出現に少し注目が集まる。安い居酒屋に少しだけ客が入るようになった。嬉しい。深夜になって人がいなくなった。すりよってきた犬がいた。毛の感触が柔らかくて心地いい。けど小便をかけられた。
ざけんな。
酔っ払いが抱き着いてくる。酒臭い。俺に向かって愚痴を飛ばすやつもいる。唾も飛ぶ。けど店に客が入ってる証だから我慢する。それに店長が夜になると俺をきちんと拭いてくれるから平気だ。店長が言った。
「もっと客、呼んでくれよ」
ざけんな。
近くの会社が潰れたらしい。客が増えた。けど直ぐに減った。むしろ居なくなった。居酒屋は寂れ始めた。悲しい。そのうち店は閉まった。なのに店長は俺を仕舞わなかった。
ざけんな。
もう誰も俺に話し掛けない。見向きもしない。風に晒される。埃まみれだ。誰も俺を吹いてくれない。昔が懐かしい。俺に唾を飛ばしたあのおっさん達ですら懐かしい。水滴が側面を打つ。見上げたらただの雨だった。
ざけんな。
冬の晩にどこからかやってきた酔っぱらいの女が散々俺に喚き立てた。電気がきていない俺は明かりをつけてやることもできない。女は俺を蹴り倒した。痛い。それから女はうずくまってずっと泣いていた。朝には冷たくなっていた。
ざけんな。
男がやってきた。俺に花束を添えて手を合わせた。一緒にきた女と手を繋いで帰っていった。花が臭かった。
ざけんな。