婚約破棄も追放も歓迎です!濡れ衣令嬢、辺境の飛び地で経営無双、元婚約者は今頃後悔中!?~取り巻き令嬢の浅知恵で追放されたら、国が泣いて縋ってきた件~
「エルフィーゼ・ランドール! お前の悪行、すべて明らかになったぞ!」
大講堂に響き渡るのは、婚約者――ギルバート王太子の声だった。壇上でびしっと指を突きつけられ、わたしは思わず後ろを振り返る。誰かいるのかと思ったが、いない.......指されているのは、どうやらわたし自身らしい。
「悪行、ですか.......わたしは初耳ですわ、殿下」
「しらばっくれるな! お前は奨学生のジュリア嬢の教科書を破り捨て、寮の食事に虫を混入させ、さらには彼女の父親の商会に圧力をかけて倒産寸前に追い込んだそうだな!?」
「……それ、一人でやるにはスケジュールがだいぶ過密ですわね。わたくし、そんなに時間に余裕がございませんの」
会場がざわつく。だが誰もわたしの言葉に耳を貸す気配はない。壇の下では、被害者役のジュリア嬢が、取り巻きの令嬢三人にがっちり両脇を固められながら、絶妙なタイミングで涙をこぼしていた。
「わ、私、怖くて……エルフィーゼ様に睨まれるだけで、震えが止まらなくて……」
「あら、それは大変。医務室にご案内した方がよろしいのでは? わたくし、睨んだ覚えはございませんけれど」
「証拠ならありますわ!」
取り巻きの一人、マーガレット嬢が勝ち誇った顔で紙束を掲げた。
「これが、エルフィーゼ様がジュリア様を脅した手紙よ......!」
わたしはその“証拠”とやらに目を通す。なるほど.......筆跡が明らかに違う。おまけに、日付が来週になっている。未来から届いた脅迫状とは、随分と先進的な魔法をお使いのようだ。
「マーガレット様。この手紙、日付が来週の火曜日になっておりますけれど、わたくし予知能力でも身についたのかしら」
「そ、それは……写し間違えただけよ!」
「では原本を拝見しても?」
「げ、原本は……燃えたわ.......! 火事でね、!」
「まあ、それは災難でしたこと。ここの付近で火事があったなんて、初耳ですけれど」
会場が完全に静まり返った。誰もが薄々「これはおかしい」と気づき始めている空気だったが、それでも壇上のギルバート王太子だけは止まらなかった。
「い、いずれにせよ.......! 証言も証拠も揃っている! エルフィーゼ・ランドール、貴様との婚約はここに破棄する! そして王国から――追放とする!」
拍手が起きる。台本通りの拍手だ。誰の目にも“予定調和”だと分かる、乾いた音だった。
わたしは小さくため息をつく。反論しても無駄なことは、もう十分わかっていた。
「かしこまりました。追放......謹んでお受けいたしますわ」
「ふっ、覚悟がいいな、やはり悪女はこうでないとな!」
「ええ。むしろ清々しいくらいですもの」
正直な気持ちだった。この婚約、そろそろ潮時だと思っていたところである。何せ相手は、婚約者の商才を“はしたない”の一言で三年間握りつぶし続けてきた男だ。
その時、静かな声が講堂の隅から響いた。
「......殿下」
聞き覚えのある声。振り向くまでもなく分かる。
「ルミナス卿……!? な、なぜお前が......!?」
「僕はエルフィーゼの護衛騎士です。婚約者を庇うのは職務の範囲内かと」
騎士服姿のルミナスが、静かにこちらへ歩み寄ってくる。幼い頃からずっと隣にいた“幼馴染”だ。
「ちなみに殿下。この『証拠の手紙』、僕の目にはどう見ても筆跡鑑定士が三秒で嘘だと見抜くレベルの偽造品なんですが、殿下の目にはどう映っているんですか?」
「そ、それは……!」
「あと、火事があったなら騎士団に報告が上がるはずですが、そんな記録、僕は見たことがありません。殿下は見たことが?」
会場がざわめきを取り戻す。ジュリア嬢の顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。
「る、ルミナス卿、あなた何を根拠に――」
「根拠なら、ここに」
ルミナスが取り出したのは、分厚い書類の束だった。
「マーガレット嬢たちが、ジュリア嬢の父親の商会を意図的に潰そうと動いていた記録です。エルフィーゼではなく、あなたたちがジュリア嬢の父の取引先に嘘の情報を流していた」
「なっ……!?」
「理由は簡単。ジュリア嬢に取り入って、エルフィーゼを蹴落とすための駒として使うためでしょう? 事前に僕が調べておいてよかったですよ」
「事前に……!?」
わたしは思わずルミナスを見た。
「ルミナス、あなた、いつからそんなこと調べて……」
「君が濡れ衣着せられそうだって気づいた瞬間から、ずっとだよ。まあ、間に合ってよかった」
さらりと言ってのける彼に、正直言葉が出なかった。
「し、しかしだな......! 手紙の件はともかく、追放の決定は既に――」
「......殿下」
わたしは扇を広げ、にっこりと微笑んだ。
「わたくし、追放していただいて構いませんわ。むしろお願いしたいくらいです」
「な……なぜだ.....!?」
「だって、辺境の飛び地商会、誰も手をつけていないのでしょう? わたくし、あそこの立地と流通経路、以前からずっと気になっておりましたの」
会場が、しん、と静まり返った。誰も理解できていない顔をしている。
「あの、寂れた不採算の飛び地を……気になっていた、と?」
「ええ。あそこ、隣国との交易路にちょうど接しておりますでしょう。誰も本気で経営していないだけで、正しく手を入れれば十年で国庫を潤すくらいの利益が出ますわ」
「じゅ、十年で……」
宰相が青ざめた声で呟く。ギルバート王太子は完全に言葉を失っていた。
「殿下、婚約破棄も追放も、謹んでお受けいたします。ただ一つだけ!」
「な、なんだ.....!?」
「後になって『あの令嬢を手放すんじゃなかった』と泣きついても、もう遅うございますわよ」
「ルミナス.......行きましょうか。飛び地の視察、楽しみですわ」
「うむ......ついていくよ、どこまでも」
背後で王太子が「ま、待て......! 話し合おう!」と叫んでいたが、正直知ったことではない。
――こうしてわたしは、無実の罪を着せられた舞台から、笑顔で退場したのだった。
数ヶ月後、その飛び地が国内屈指の商業都市へと変貌を遂げることになるのだが、それはまた別のお話である。
――それから、半年後。
「エルフィーゼ様! 今年の税収、昨年の三倍を超えました!」
「まあ。それは嬉しい報告ですわね」
執務室に響く報告に、わたしは帳簿から顔を上げた。かつては「不採算の土地」と笑われ、誰も見向きもしなかった飛び地。
そこに新たな交易所を設け、街道を整備し、隣国との商路を繋いだ結果、今では国内外の商人が集まる一大商業都市へと変貌している。
「王都からも、ぜひ交易協定を結びたいとの申し出が来ております」
「王都から?」
「はい。ギルバート殿下……いえ、現在は元王太子殿下ですが、どうやら陛下から『なぜあの土地をエルフィーゼに渡したのだ』と毎日のように叱責されているとか」
「まあ.....」
思わず扇で口元を隠す。
「随分とお気の毒ですことね」
「全然そう思ってない顔だけど?」
隣で書類を整理していたルミナスが、くすりと笑った。
「当然でしょう? あの方が『寂れた土地』と呼んだ場所ですもの。わたくしが手を入れたら栄えた、それだけの話ですわ」
「うむ......僕もそう思うぞ」
ルミナスは満足そうに頷くと、わたしの前に温かい紅茶を置いた。
「それにしても、最近ちょっと働きすぎじゃない?」
「そうかしら?」
「そうだよ。朝から夜まで帳簿と睨めっこして、食事まで忘れるんだから」
「……それは、その……」
「.......エルフィーゼ」
柔らかな声で名前を呼ばれ、わたしは顔を上げる。すると彼は、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、わたしの机から帳簿を取り上げた。
「今日はここまでだ。続きは僕がやる」
「でも――」
「君はもう十分頑張ったよ」
そう言って、彼は当然のようにわたしの椅子を引いた。
「外、散歩しよう。街のみんなが君に感謝してるところを、僕も一緒に見たい」
「……あなた、昔からそういうところは変わりませんわね」
「......昔から?」
「わたくしが困っていると、いつも先回りして助けてくださるでしょう?」
「当たり前じゃないか」
ルミナスは何でもないことのように答えた。
「僕は君の味方だよ。これから先も、ずっとね」
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
王太子に婚約を破棄された日、すべてを失ったと思っていた。けれど実際には――わたくしが失ったのは、わたくしを必要としてくれなかった人だけだった。
「……ルミナス」
「なに?」
「これからも、わたくしの隣にいてくださる?」
「もちろん」
彼は一瞬たりとも迷わなかった。
「むしろ、君が僕を追い出しても居座るつもりだけど?」
「ふふっ、随分と図々しいことね」
「それくらいじゃないと、君の隣は務まらないからね」
そう言って笑う彼の瞳には、冗談では済まされないほどの深い愛情が宿っていた。
――一方その頃、王都では。
「なぜだ……なぜエルフィーゼを追放したのだ、私は……!」
元王太子となったギルバートが、今日も頭を抱えているらしい。
けれど、もうわたくしには関係ない。
わたくしは、わたくしを信じてくれる人と、わたくしの価値を誰よりも理解してくれる人と......これからも、この場所で幸せに生きていくのだから。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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今後のルミナスとの関係や、ギルバルドの行方など、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




