第7話:デザインの証明
第7話:デザインの証明
「……ふぅ。」
一条湊は、マウンドで一つ深い息を吐いた。
紅白戦、5回表。ワンアウト。打席には「黄」のオーラを纏った次期主将、蔵敷。
先程のサークルチェンジで空振りをもぎ取ったが、蔵敷の目は死んでいない。むしろ、獲物を定めた猛獣のように、湊のリリースポイントを凝視している。
(「豪快型」……。低め中心。緩急で崩す。ミス待ちはしない)
湊は、泥のついた「レッドスター」でプレートを蹴った。
二球目。全力の腕振りから放たれたのは、2400rpmの直球。
高めに浮き上がる軌道。蔵敷のバットが唸りを上げる。
ガキンッ!
凄まじい衝撃音。打球はバックネットを直撃した。ファール。
球速はわずか121キロ。だが、蔵敷の表情には驚愕が混じっていた。
「……重ぇ。前も思ったけど、なんだこのスピン…」
三球目、外角へ外れるボール球。サークルチェンジ。
蔵敷は見送る。カウント2ストライク、1ボール。
(追い込んだ。でも、ここからが本当の戦いだ。)
湊は、美術部時代に学んだ「色の補色」を思い浮かべていた。
鮮やかな「黄」を打ち消すには、反対色の「紫」が必要だ。野球における紫——それは、打者の予測を裏切る「静寂」の球。
四球目。湊の体がダイナミックに躍動する。
リンスカムを模した、爆発的なエネルギーの放出。
だが、放たれたのは、空中で静止したかのように錯覚させる「パラシュートチェンジ」だった。
「……あ?」
蔵敷の体が、泳ぐ。
150キロを待っていた脳が、80キロ台の緩い軌道に追いつかない。
強引に振り抜こうとしたバットは、ボールがベースを通過した後に、虚しく空を切った。
「ストライーク! バッターアウト!!」
ベンチが静まり返る。あの蔵敷が、120キロそこそこの「美術部員」に三振を喫した。
湊は吠えることなく、ただ静かに指先の感触を確かめていた。
ツーアウト。三番打者の山倉が打席に立つ。
湊の目に映る彼の色彩は「赤」——直感型。
(「赤」……。読みより反応。タイミングを徹底的に外す!)
シュッ! パァン!
初球、内角へのストレート。山倉は反応だけでファールにする。
二球目、外角のツーシーム。これもファール。
三球目、サークルチェンジ。食らいついてファール。
「しつけえ……!」
山倉の「反応」が湊の術中をわずかに超えてくる。
だが、湊のスタミナは異常だ。何年も何年も、日が暮れるまで壁に向かって投げ続けてきた下半身は、1ミリも揺るがない。
九球目。
湊は、リリースの瞬間に中指へ全神経を集中させた。
回転軸を垂直に立てる。122キロ。今日一番の「火の玉」が、山倉の胸元を抉る。
「……ひっ!」
バットが出ない。直感型ゆえに、ボールが「向かってくる」恐怖に身体が硬直した。
「ストライク! バッターアウト!」
三者凡退。5回終了。
6回表。湊の「デザイン」はさらに加速する。
四番、パワーヒッターの片山。色彩は
「黄」。
初球、豪快なスイングでファール。
二球目、内角高めのストレート。空振りでストライク。
三球目。湊はあえて、大きく外れる高めのパラシュートチェンジを放った。
「……そんな球!」
片山が強振する。だが、山なりの軌道はベースの手前で失速。
バットの上を、ボールが嘲笑うように通過した。三振。
五番、猿渡勇。猿渡駆の兄だ。
「青」——技巧派。
湊は初球、あえて真ん中へのツーシームを投じる。
狙い済ました勇が完璧に捉えた……はずだった。
カッ!
打球は高く上がり、サードの杉浦のグラブに収まった。
芯をわずか数ミリ外す。2400rpmの「伸び」が、打球を内野フライに変えたのだ。
120キロで、三振の山を築いた。
自分の「デザイン」が、強者たちに通用することを証明している。
そして約束の2イニングの最終局面…
その時だった。
グラウンドの入り口に、大型の遠征バスが停まった。
開いた扉から降りてきたのは、圧倒的な「武」のオーラを纏った集団。
合宿から帰還した、聖隷高校野球部——本物の「一軍」メンバーたちだった。
その中心で、150キロ右腕のエース・豊田零司が、マウンドで吠える湊を冷ややかな目で見つめていた。
「……おい。誰だ、あの『遅い球』で騒いでる素人は」
湊の「リミッター・ハイ」な夏が、本当の壁にぶつかろうとしていた。




