表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミッター・ハイ  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/30

第24話:下克上の軌道

第24話:下克上の軌道


 グラウンドに、「シュッ!」という鋭い破裂音が戻ってきた。

 無死満塁。打席には、聖隷の「光」を象徴する三番・桐生政長。

 先ほどの初球、桐生のバットを通過した白球は、ベース直前で重力を拒絶し、上へと突き抜けた。その軌道の残像を、ベンチの誰もが凝視している。


(……この音だ。僕が10年間、独りきりの壁当てで聞き続けてきた、僕だけの心音)


 湊は、レッドスターのスパイクでマウンドを強く蹴る。

 視界には、桐生の纏う「青(技巧派)」のオーラが鮮明に浮かんでいた。桐生は驚きを微塵も見せず、ただ楽しそうに目を細めている。


「……一条、いい球だ。だが、その『火の玉』、俺のスイングで断ち切ってやるよ」


 桐生がバットを最短距離で出す構えを見せる。湊は、相棒・佐伯と視線を交わした。

 先程と同じ腕の振り。

だが、放たれた球は100キロにも満たない。

 桐生は完璧に「火の玉」を待っていた。

 しかし佐伯のミットが要求したのは、外角低め、地を這うようなサークルチェンジだった。

身体の軸が、わずかに浮き上がった球の幻影を追って浮き上がる。


「――っ!?」


 空を斬る音。桐生の腰が砕ける。ボールはベース直前でふわりと失速し、佐伯のミットに吸い込まれた。


「ストライイク!!」


 追い込んだ。美術部で培った観察眼が、桐生の足元に走る僅かな動揺を捉える。

 三球目。

 指先の岩のようなマメが、白球の縫い目に強烈な摩擦を与える。2400回転の衝撃が、桐生の静止した世界を破壊した。

 ベース付近でホップするストレート。桐生のバットは、その「下」を空しく通過した。


「三振ッ!!」


 無死満塁から一つ目のアウト。しかし、聖隷高校の本当の「壁」は、ここからだった。


「バッター、四番、豊田」


 マウンドへ向かってくるオーラは、煮え立つような「赤(直感型)」と、重苦しい「黒」が混ざり合った異様な威圧感。

 エース、豊田零司。

 「俺の後にマウンドに立つな、汚れる」と湊を突き放した張本人だ。

 豊田は無言で打席に入ると、湊を射抜くような鋭い視線を向けた。


(……怖い。でも、それ以上に……胸が熱い)


 湊の指先が、悦びに震えていた。

 初球。湊は「逃げ」を完全に捨てた。150キロの腕の振りから繰り出される、今日最高の122キロ。

 ガツッ!

 豊田が初球からフルスイングで応じる。凄まじい衝撃音が響き、ボールがバックネットを直撃した。


(最高のストレートだったのに…)


 豊田は無表情だが、その瞳には戦慄の色が走っていた。

 

(何だ、この球は……。120キロそこらのはずなのに、手元で重力が消えたかのように跳ね上がる。…こんな軌道あってたまるか)


 二球目。

 直球と同じ軌道。

 

 カッ!


 三塁側へのファウル。

 豊田が強引にバットの芯を合わせたが、佐伯が要求したのはツーシーム。手元でカミソリのように鋭く外角へ逃げていた。

 追い込んだ。湊の額から流れる脂汗が、マウンドの土に落ちて黒い点を作る。

 高揚感が湊の背中を叩く。

 三球目。佐伯は一切の小細工を捨てた。ミットをど真ん中に据える。

 だが、そのサインには「パラシュートチェンジ」の意図が含まれていた。

 

(豊田さんは、僕の『火の玉』を叩き潰すことしか考えていない。だから全てをぶつける!)


 湊は、全力を超えた加速で腕を振った。豊田の動体視力が、湊の腕の振りに反応し、身体が自動的に「150キロ」のインパクトに合わせて起動する。


 フワリ。


 放たれた球は、山なりの軌道を描いた。

 豊田のバットが、まだ球が空中にある間に、空しく一周した。

 遅れて、球が佐伯のミットに収まる。


「……三振ッ!!」


 「未熟なはずの男」が、聖隷のエースを、狂気と度胸で手玉に取った。

 豊田は、バットを強く握りしめたまま、泥まみれの湊をじっと見つめ、静かにベンチへ引き上げた。


「……五番、熊田」


 二死満塁。打席には、紅組の主砲・熊田剛志。

 そのオーラは「黄(パワー型)」。一振りで戦局をひっくり返す破壊力。

 湊の身体が重くなる。10年間の狂気的な積み重ねで培った持久力をもってしても、この緊張感の中での投球は、身体を削り取る。


(あと、一人……。)


 初球、内角への「火の玉」。

 熊田が吼えながら振るが、球のホップが勝り、空振り。


(……次は、サークルチェンジで目線を外して……最後は、もう一度『火の玉』だ!)


 二球目、外角へ沈むサークルチェンジ。熊田は強引に合わせにいくが、タイミングが合わず、ボテボテのファウル。

 三球目。湊の全神経が、右手の指先に集約される。

 美術部の色彩世界が、モノクロから、目も眩むような黄金色へと塗り変わった。


 シュッッ!!


 本日、もっとも高く、もっとも鋭い破裂音。

 

 カキィンッ!

 熊田が意地で捉えた打球は、高く、高くレフトの空へと舞い上がった。

 

「……レフト! 鳴海さん!!」


 湊はマウンドで天を仰いだ。


 「っしゃーーー!来ーーい!!」


 鳴海が落下点に入り、眼をギラつかせグラブを掲げる。


 バシッ。


 捕球音と共に、七回裏の猛攻は終了した。

 無死満塁からの、無失点。

 湊は膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、泥だらけのレッドスターでマウンドを降りる。

 バックネット裏で、氷室が金網から手を離し、小さく舌打ちをした。


 ベンチに戻る湊の前に、一人の男が立ちはだかった。

 黒田一。

 「ピッチャーと認めない」と公言していた要塞が、湊の目を真正面から見据えた。


「……一条。今のイニングは合格だ。……だが、次の打席で俺が、お前の正体を完全に暴いてやる」


 それは、最大の拒絶であり、初めての「対等な宣戦布告」だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ