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リミッター・ハイ  作者: あめたす


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第22話:重力と火の玉

第22話:重力と火の玉


 七回裏。聖隷高校グラウンドを包む空気の密度が、一変した。

 3対3。振り出しに戻った紅白戦。攻撃に移る紅組ベンチで、捕手の黒田一が、手首に巻かれた黒いバンドを静かに引きちぎるように外した。


「――お前ら、外せ。もう必要ない」


 その言葉に従い、レギュラー陣が次々と両手首から「リストウエイト」を外していく。重さはわずか100グラム。野球のパフォーマンスにおいて致命的な差を生む重量ではない。だが、それは「若手相手にはこのくらいのハンデがあっても十分」という、紅組が自らに課していた傲慢なまでの余裕の象徴だった。

 ウエイトがベンチの床に落ちる乾いた音が、宣戦布告の返答としてグラウンドに響く。


「……湊、顔の土は落ちたか?」


 マウンドへ向かう湊の横に、相棒の佐伯が歩み寄る。その眼鏡の奥の瞳は、これまでにないほど冷徹な光を宿していた。


「……ああ。問題ない。黒田さんに言われたんだ。『ハンデを無くす』って」


「……あまり重そうには見えないが、あれは重りだったみたいだ。負荷がかかってたようには見えなかったが、精神的なリミッターを外した彼らは、もうお前を『練習台』とは見ていないぞ」


 湊は、マウンドのプレートをレッドスターで踏み締める。

 視界が、ゆっくりと色彩を取り戻していく。


「九番、飛鳥」


 打席に立つのは飛鳥斗真。そのオーラは、不気味なほど静謐な「青(技巧派)」だ。

 湊は深呼吸をし、岩のように硬いマメが並ぶ指先に白球を添える。150キロの腕の振り。脳のリミッターが筋肉を制御し、出力は122キロへと収束される。だが、指先だけは別だ。

 

 シュッ――!


 ムチがしなるような破裂音。湊の「火の玉」が放たれた。

 回転数2400回転。打者の手元で「浮き上がる」直球……のはずだった。


(……捉えた)


 飛鳥の思考は、驚くほど冷静だった。湊の122キロは、本来なら140キロ中盤の体感速度で脳をバグらせる。しかし、ハンデを捨て「獲物」として湊を捉えた飛鳥の動体視力は、そのスピンの唸りを真っ向から見切っていた。


 ガッ――!


 三遊間を襲う鋭いライナー。猿渡勇の飛びつく先を抜け、レフト前へ。


(……え?)


 湊の心臓が跳ねる。飛鳥は迷いなく、ホップするはずの軌道の「上」を正確に叩き潰した。まるで、球が浮き上がらないことを知っていたかのように。


「一番、山倉」


 続く山倉大智。予測守備の達人であり、聖隷随一の「線」で捉える打者。

 山倉の纏う色は、極めて純度の高い「青」。彼は湊の腕の振りと球速のギャップに戸惑う段階を、既に終えていた。


(……違う。球が、重力に従っている)


 山倉は確信する。ただの遅い球だと。

 湊は動揺を押し殺し、二球目、三球目と投じる。だが、おかしい。

 打者が空振りをしない。バットの芯は外しているはずなのに、どの打球も死なずに外野へ運ばれる。

 追い込まれた山倉への四球目。外角のストレート。


 カッ!


 打球は一、二塁間を破る。無死一、二塁。

 

(何かが違う。僕の球が、浮き上がって見えていない……?)


 湊の額から脂汗が流れる。美術部仕込みの観察眼で打者の重心を追うが、紅組のバッターたちの動きに迷いがない。まるで、湊の球が「どこを通るか」を完全に予見しているかのように。


「二番、清田」


 湊は内角を突き、スクイズや送りバントを警戒するが、清田の「緑(神経質)」のオーラは驚くほど安定していた。彼は湊の動揺を見透かすように、一球目を完璧な殺し方でサード側、湊の正面へ転がす。


(……しまった、フィールディング……!)


 湊の脳が「動け」と命じる。だが、10年間の壁当てで培ったのは「投げる」ための回路だ。入部してから特訓はした。しかし、まだまだ練習不足だ。予測しきれない打球への反応、ステップ、そのすべてが、今の湊には重い鎖のようにのしかかる。

 おぼつかない足取りで打球を追うが、送球は間に合わない。無死満塁。


(重りを外して、みんなの反応が上がってるから……? それとも、僕の球がただの『遅い球』に成り下がったのか……?)


 マウンドが再び、底なし沼のように自分を飲み込もうとする感覚。視界から「色」が消え、再びモノクロの絶望が這い寄ってくる。


「タイム!」


 佐伯が駆け寄る。同時に、内野陣が湊を囲んだ。


「湊、落ち着け。指にかかってないわけじゃない。回転はいいはずだ。でも……」


「……ああ。浮き上がってこないんだ。どうして……。全力で腕を振ってる。指先の感覚だって、いつも通りしっかりかかってるのに……」


 絶望的な沈黙が流れる中、バックネット裏の金網に、一人の男が指を引っ掛けて張り付いていた。

 氷室零。

 先発して炎上し、湊の異能に激しい嫉妬を燃やしていたサウスポー。彼は降板後、鬼塚監督に願い出て、バックネット裏の「特等席」から、これまでの全投球を凝視し続けていた。

 

「……おい! 一条、佐伯!!」


 氷室が金網越しに、喉が裂けんばかりの声で叫ぶ。


「お前たち、なぜ気付かないんだ!? 先輩たちのプレッシャーに押し潰されて、目が節穴になってるのかよ!単純なことだろ?」


「氷室……?」


 湊の心臓が、ドクンと大きく波打った。

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