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リミッター・ハイ  作者: あめたす


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第19話:不器用な猛獣の咆哮

第19話:不器用な猛獣の咆哮


 五回裏。

 マウンドには、なおも鳴海聖が立っていた。

 一塁ベースから戻ってきた際、膝を突き、天を仰いで「無音の絶叫」をかましていた男は、ベンチに戻るなり鬼塚監督の死角を突いて、再び猛獣の牙を剥いていた。


「どらぁぁぁ! まだ終わってねぇぞ! 俺が……俺がこの回も捻り潰してやる!」


 もはや監督も、その騒々しさを叱る気力すら失ったのか、耳をほじることさえ止めてパイプ椅子に深く沈み込んでいる。ただ一言、「近所から苦情が来たら、菓子折りは買ってやるから持ってけよ…いや一緒に行かないとダメか…」と肩を落とし溜め息を付く。それは聖隷高校野球部における、鳴海の「野生」に対する事実上の白旗であった。


「鳴海、本当にうるさい……。でも、心拍数は安定してる。興奮がデフォルトなんだ…」


 陽葵が呆れ半分、感心半分で端末の波形を見つめる。

 仁衣菜は「はい、もうこれ飲んで静かにしてくださいー。」と、半ば強引にスポーツドリンクのボトルを鳴海の口にねじ込んだ。


 ――プレー。


 紅組の攻撃は、一番・遊撃手の山倉大智から始まる。

 山倉は極めて冷静な「青(技巧派)」だ。鳴海の咆哮という雑音を、脳内のフィルターで綺麗に除去し、白球の回転だけを注視する。


「っしゃあああ! 一球入魂オラァァ!!」


 ――シュパァァン!!


 鳴海の右腕から放たれたのは、140キロ前盤の球威に、鋭い横滑りを加えたスラッターだ。

 山倉はこれを予測していた。バットの芯を僅かにずらされながらも、最短距離でミートする。

 打球は三遊間を鋭く抜けた。左前安打。

 無死一塁。


「あぁぁぁ! なんで今のが抜けるんだよコラァ!」


 マウンドで地団太を踏む鳴海。続く二番・清田謙介は「バントの神」だ。鳴海の激昂を誘うように、初球から一分の隙もない構えを見せる。

 鳴海の二球目。力みからボールが浮いた。

 清田はそれを見逃さない。完璧なドラッグバント。

 打球は一塁線の絶妙な位置に転がる。鳴海が猛然とチャージをかけるが、清田の足が僅かに勝った。

 無死一、二塁。

 白組ベンチに嫌な空気が流れる。次打者は三番・桐生、四番・豊田。紅組の核弾頭たちが、獲物を狙う鷹のような目で鳴海を見据えている。


(……鳴海さん。怒りで「色」が濁ってる)


 湊の視界には、鳴海の背負うオーラが、どす黒い紫から、制御不能な真っ赤な炎へと変貌していくのが見えた。


『「開き直り」とは、その瞬間に自己を出しきり、燃焼すること。』


 ピンチでこそ、その人間の本性が現れる。

 鳴海は、マウンドのプレートをこれでもかと踏みつけ、大きく吠えた。それはもはや言葉ですらない。魂の咆哮だ。


「う、おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 三番・桐生に対する初球。

 148キロ。今日最速のスラッターが、内角を抉る。

 桐生が、思わず腰を引いた。ストライク。


「……あいつ、ピンチになると出力が上がるタイプか」


 鬼塚監督が、わずかに目を見開く。

 二球目。桐生は狙いを外角に絞ったが、鳴海は首を振り、再び内角へ「殺意」を込めた一球を投じた。

 詰まった。

 名手・桐生のバットが、鳴海の剛腕の前に力なく空を切る。三振。

 続く四番・豊田零司。

 現エースと、スラッター一本で這い上がってきた男。

 豊田の「赤(直感型)」と鳴海の「野生」が正面衝突する。


「どらぁぁ! エースだろうが何だろうが関係ねぇ! 俺が最強だぁ!!」


 放たれた三球は、すべてスラッター。

 だが、その一球一球に込められた回転軸が微妙に異なる。鳴海は無意識に、指先の感覚だけで「打たれないための変化」を指に宿していた。


『不器用な人間は、器用な人間が気づかない細部に命を宿す。』


 湊の耳に、野村の言葉がリフレインする。

 鳴海の「うるさすぎる叫び」は、細部に命を宿すための、彼なりの儀式なのだ。


 ――バシィッ!!


 最後はアウトロー、ベースの角を掠めるようなスラッター。

 豊田のバットが、空気を切り裂くだけで終わる。三振。

 二死一、二塁。

 五番・熊田は力んだ鳴海の初球を叩くが、打球は正面の三塁ゴロ。

 三者残塁。無失点。 


「見たかぁぁー! 俺の勝ちだぁ!!」


 マウンド上でボクシングの勝利宣言のようなポーズを決める鳴海に、紅組ベンチからは「うるせえよ!」「さっさと戻れ!」と一斉に野次が飛ぶ。

 それでも鳴海は、滝のような汗を撒き散らしながら、意気揚々と引き揚げてきた。


「……一条」


 湊の前に立ち、鳴海が親指を立てた。喉は枯れ、顔は上気している。


「まだマウンドは譲らねぇが、お前の番が来たとき。……俺の作ったこの『熱』、冷ますんじゃねぇぞ」


「……はい」


 湊は、鳴海の差し出した熱い掌を、しっかりと握り返した。

 そこには、長年の壁当てで鍛え上げた自分と同じ、岩のように硬いマメの感触があった。

 六回表。

 白組の攻撃は、四番・蔵敷からだ。

 相手投手は、依然として「深淵」を纏う筧翼。

 

「……湊くん」


 陽葵が、そっと湊の背中に手を添えた。


「データの準備はできてる。あとは、あなたの『色』を見せて」


「湊、あんた……指、大丈夫なの?」


 仁衣菜が心配そうに湊の右手を覗き込む。


「大丈夫だよ。……ずっと、この瞬間のために準備してきたから」


 湊は帽子を深く被り直し近づく、その時に備える。 

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