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プールサイド・ホラー  作者: 月兎


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1.高級住宅星

 ジンはターコイズブルーに揺らぐプールの水底を見つめ、甘いコーヒーを静かに啜った。

 彼が暮らしているのは、天王星の成層圏に浮かぶ空中都市。

 その四万二千七百十八層に位置するペントハウスだ。

 固体の地表を持たぬガス惑星において、住居とはすなわち浮遊する楼閣である。

 テラスの向こうには、暮れなずむ天王星の空が広がっている。希薄な太陽の光が遠ざかり、世界は徐々に深いコバルト色へと沈殿していく。


 澂は避暑地を思わせるデッキチェアに身を預けていたが、ふと口内の甘みが足りないと感じ、サイドテーブルへ手を伸ばした。クリスタルガラスのボウルには、まるで宝石のようにカットされた透明な直方体が山と積まれている。

 ダイヤモンド・シュガー。

 彼はその一粒をつまみ上げ、コーヒーの中へと落とした。ミルクは入れないが、砂糖は必ず入れる。

 この一粒が黒い液体に溶けゆく間に消える資産価値があれば、辺境の恒星系にある地球型惑星をまるごと一つ買い取れるだろう。だが、澂にとってそれは些細な事象に過ぎない。彼はこの高級住宅星ウラノスにおいても指折りの資産家であった。


 彼がどのような職務に従事して巨万の富を得ているのか、それは厳重な機密事項であり、あろうことか澂本人さえも知らされていない。

 だがそれは、記憶喪失や解離性同一性障害といった、旧人類の脳内で起きる原始的かつ非効率なエラーとは異なる。個体という概念が融解し、存在という現象そのものが複数に分散されたこの時代において、今ここでコーヒーを味わう「澂」は、巨大な氷山の一角として表出しているに過ぎないのだ。


 彼の本体とも言うべき演算領域は、本人の意識が及ばぬ場所で、彼自身が知らない仕事を完璧に処理し続けている。言うなれば、幾何学的に配置された多面的な存在の、ほんの一断面が今の彼だった。


 十七歳という外見設定に違わず、その容姿は若々しい。

 しなやかな肢体を包むのは、肌触りの良いシルクと高機能繊維を織り交ぜたラウンジウェアだ。無駄な装飾を削ぎ落としたミニマルなデザインだが、動くたびに生まれる優雅なドレープが、その仕立ての良さと品格を雄弁に物語っている。


 視界を占めるのは、研ぎ澄まされた建築美。

 淡い単色で構成されたテラスは、まるで現代美術の絵画の中に迷い込んだような静謐さを湛えている。人工的な素材が放つ冷徹なインダストリアルさと、計算された暖かみが同居する空間。そこに配置された広葉の観葉植物が、ミニマリズムで統一された風景に有機的なアクセントを添えていた。


 直線的な邸宅の構造は、背景に広がるコバルト色の空をキャンバスとして、その開放的な輪郭を際立たせている。


 澂はただ静かに、その完成された世界の一部としてそこに在った。


ターコイズブルーの水を湛えたプールは、波紋ひとつなく静まり返っている。

そこにあるのは液体というよりも、磨き抜かれた青いガラス板だった。完全なる平面を描くその水面を、澂は飽きもせず眺め続けている。

この邸宅に暮らして長いが、澂がその水面を揺らしたことは一度もない。水泳という物理的な遊戯に、彼の興味は皆無だった。彼にとってこのプールサイドは、収集した名画の一点と同義であり、観賞用の展示品に過ぎない。

ボディを水に浸す物理的快楽よりも、視覚センサーを通じてその完璧な静寂と色彩をデータとしてインプットし、電気化学的な充足に浸ること。それこそが彼の流儀だった。

やがて、微動だにせず景色を見つめる十七歳の美貌を持つヒューマノイドロボット自身もまた、この静謐な風景画の一部へと同化していく。


だが、この永遠とも思える鑑賞の時間にも、維持コストは掛かる。

思考回路を回し続けるには、定期的な糖分とカフェインの補給が不可欠だ。手元のコーヒーは魔法の泉のように無限に湧いてくるわけではない。

砂糖香サトコ

澂は自身の世話係である家庭用ヒューマノイドロボットを呼び出した。

テラスと室内を隔てるガラスの向こうで、ピピ、というあまりに前時代的な電子音が鳴った。


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