【第8話:ラディールの交渉人と交易拡大】
ザルクの工房で作られた油果油や乾果、簡易パンは、ラディール村に着くとすぐに注目を集めた。
村の人々は驚きと喜びの入り混じった表情で、アヤネの説明を聞く。
「これはザルクで作ったものです。料理や明かりに使えますし、保存もできます」
住民たちは手に取り、香りや味を確認する。
そんな中、一人の女性が近づいてきた。
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細身でしなやかな姿、黒髪を長く束ね、眼鏡越しに知的な光を放つ女性――名はソフィア。
彼女は交易に精通し、村でも有名な交渉人だった。
「なるほど……あなたたちの作ったものは品質が高いわね」
柔らかな声で評価しつつ、鋭く市場の価値を見抜く。
「もしよければ、この油や乾果をより効率的に他の村や商人と交換する方法を一緒に考えてあげられるわ」
アヤネは目を輝かせる。
「本当ですか! ぜひ教えてください」
ソフィアは微笑み、アヤネたちの荷車を囲むように立った。
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ソフィアの助言で、交易は小規模な試みから徐々に拡大していった。
村の市場での交換率や需要の見極め、輸送ルートの改良と休憩ポイントの調整、ザルクでの生産量に合わせた交換量の最適化が行われた。
孤児たちは初めての外取引に緊張するが、アヤネの指示とソフィアの知識でスムーズに動く。
ガランは砂漠での荷車運搬を担当し、効率よく荷物を運ぶ。
アヤネはメモを取りながら、取引結果を分析する。
(こうして需要と供給を見極めれば、ザルクの工房は着実に成長できる)
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夕暮れ、取引を終えた広場でソフィアが声をかけた。
「あなた、頭脳もあるけれど、人を動かす力も持ってるわね。工房の子たちも生き生きしてる」
アヤネは微笑む。
「ええ、皆が力を合わせれば、小さな工房でも町を変えられると思うんです」
ソフィアはうなずき、少し含み笑いを浮かべる。
「……面白そうな子ね。今後も一緒にやりましょう」
アヤネはその言葉を胸に刻む。
ラディール村との関係は単なる交易以上のものになりつつあった。
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ザルクへ戻る道中、荷車を押す孤児たちの顔には自信が宿っていた。
ガランも横で満足げに荷車を支える。
「今日も無事に終わったな」
「ええ、でもこれからが本当の勝負です」
アヤネは砂漠の向こうに広がる町や村の地図を思い描き、次の計画を練る。
ソフィアとの出会いが、ザルクの経済的挑戦をより本格的にしてくれることを確信しながら。
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朝日がザルクの工房を照らす頃、アヤネは小さく深呼吸をした。
今日は特別な日。ラディール村で出会った交渉人、ソフィアが工房に同行し、交易ネットワークを本格的に拡大するのだ。
「おはようございます、アヤネさん」
ソフィアは細身の体を軽やかに動かし、棚に並ぶ油や乾果をひとつひとつ目で確かめる。
「おはようございます、ソフィアさん。今日はよろしくお願いします」
アヤネは少し緊張しながらも、希望に胸を膨らませる。
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工房での作業を見守りつつ、ソフィアは戦略を練る。
交換先の優先順位:ラディール村以外の近隣村や商人との接点を検討
量の最適化:一度に運べる油・乾果・パンの量を調整
利益率の計算:交換する物資との比率を分析
安全管理:砂漠のルートや休憩ポイントを再確認
孤児たちは作業を続けながらも、ソフィアの指示を受けて作業の効率化を学ぶ。
ガランは荷車を押しつつ、ソフィアの戦略に沿った作業のサポートを行う。
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数日間の共同作業で、孤児たちは成長を見せ始めた。
荷物の積み方や順序を自分たちで考えられるようになった。
作業班ごとに役割を分担し、効率よく油や乾果を生産することができた。
砂漠での輸送時、互いに声を掛け合い危険を回避することができた。
アヤネは微笑む。
(少しずつ、ザルクの工房が小さな町の中心になりつつある……)
ガランも隣で荷車を支えながら、安心した顔で頷く。
「お前の頭脳と、このチームの力があれば、どこまででも行けそうだな」
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ソフィアは、単なる交易だけでなく、村人との関係構築にも長けていた。
村人と直接話し、信頼を築く方法をアヤネに教えた。
また、商品の価値を分かりやすく伝えるためのプレゼン方法を示した。
そして、交換比率の交渉や、長期的な取引の契約方法を分析した。
アヤネはそれをメモに取り、次回の交易で実践することを胸に決める。
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数日後、ザルクの工房から荷車を押して砂漠に出発する。
ソフィアが指揮を取り、村々への効率的なルートを指示する。
孤児たちは荷車を押し、ガランは後ろから支える。
砂漠の風に吹かれながら、アヤネは思う。
(このチームなら、ザルクを本当に町として再生できる……)
そして、砂漠の向こうに広がる村々との交易の道が、今まさに開かれようとしていた。
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