【第3話:小さな工房と小さな食事】
朝日が砂漠をオレンジ色に染める頃、アヤネは工房に立っていた。
廃屋の壁はひび割れ、屋根は半ば崩れているが、そこに漂う油の匂いは町に新しい命が宿ったことを告げていた。
「よし、今日も頑張りましょう」
孤児たちは小さな手で実を集め、殻を割り、布で搾油する。失敗しても、アヤネは怒らずに指導するだけだ。
「失敗してもいいのよ。どうやったらうまくいくかを考えましょう」
子どもたちは顔を見合わせ、笑った。
以前なら、挫折すればすぐに諦めていたはずだ。
しかし今は、工房での作業が少しずつ生活のリズムになり、希望になりつつあった。
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ガランは最初、力仕事の手伝いだけだった。
だが昨日、アヤネが孤児たちに丁寧に指示を出す姿を見て、考えた。
「……この子は、ただ優しいだけじゃない。みんなを動かす力もある」
力だけでは変えられない現実を、アヤネの頭脳と優しさが少しずつ変えていることに気づいたのだ。
それからは、荷運びや危険な作業だけでなく、孤児たちの世話や作業の段取りまで自然と手伝うようになった。
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午前中の作業が終わると、工房は小さな成果でいっぱいになった。
透明な油が瓶に詰められ、簡易棚に並ぶ。
孤児たちは誇らしげに笑い、アヤネも微笑む。
「みんな、少しずつ形になってきましたね」
「うん、やっと工房らしくなってきたな」
ガランが力強く頷く。
彼の表情には、初めて「自分も役に立っている」という満足感が宿っていた。
アヤネは小さく頷き、心の中で思う。
(この子たちとなら、この町は変えられる――きっと)
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夕暮れ、砂漠の風が少し冷たく感じられる中、工房のランプに灯がともる。
小さな明かりは、まだ弱くとも確かに町に希望の光を投げかけていた。
アヤネは胸の中で決意を新たにする。
「さあ、明日も頑張りましょう。ザルクに、新しい日々を取り戻すために」
ガランと孤児たちの笑顔が、彼女を後押しする。
廃墟の町に、希望は確実に芽生え始めていた。
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朝日がザルクの廃屋の隙間を染める頃、工房は昨日よりも少し賑やかだった。
小さな油の瓶が棚に整然と並び、孤児たちは手慣れた様子で作業に取り組んでいる。
「今日も頑張りましょう」
アヤネが呼びかけると、子どもたちの顔に生気が戻った。
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アヤネは考えた。砂漠の町に住む人々にとって、油だけではなく、手軽に食べられるものも必要だ。
油果の果肉を乾燥させ、砂漠でも保存できる「乾果」として加工すること、油果油を使った簡易パンや煮込み料理の試作、砂漠で手に入る塩や草の根を加えた栄養補助食品。
孤児たちは最初、失敗を繰り返す。焦げたり、固くなったり。
しかしアヤネは根気よく指導する。
「焦らなくていいのよ。失敗から学べば、次は必ずうまくいく」
ついに、アヤネが考案した簡易パンに油を塗って焼き上げると、香ばしい匂いが工房に広がった。
子どもたちは目を輝かせ、ほおばる。
「おいしい!」
「これなら、砂漠でも生きられるね!」
ガランもにこりと笑った。
「……こういうのを作るために、俺の力も役に立つんだな」
力だけではなく、作業の段取りや子どもたちの安全確保まで、彼は自然と手伝うようになっていた。
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数日後、工房は少しずつ規模が大きくなった。
油果油の生産量が増え、簡易食べ物が少量だが作れるようになる。
孤児たちは作業のコツを覚え、互いに協力し合うようになった。
アヤネは窓から夕陽に照らされた工房を見つめた。
(まだ小さい。でも……これが、希望の第一歩)
ガランが横に立ち、声をかける。
「お前の考え、少しずつだけど形になってるな」
アヤネは微笑む。
「ええ、これからもっと大きくできるはず。ザルクを、また生きられる町にするために」
夕暮れ、工房の中には小さな食卓とランプの光。
廃墟の町に、初めての“日常”の香りが戻ってきた。
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