【第11話:希望の種火】
ザルクの村人たちは、かつての繁栄を遠い昔の夢のように思っていた。
畑は砂に埋もれ、採掘場は放棄され、子どもたちは飢えをしのぐ日々。
それでも、油やパンの取引で少しずつ活気が戻ってきてはいた。
そんなある日、工房の前に集まった村人たちに向けて、アヤネは声を上げた。
「皆さん、聞いてください! 私は最近、工房近くの地面から鉱物を見つけました。
つまり、ザルクの地下にはまだ資源が眠っているのです!」
一瞬、沈黙が落ちた。
次の瞬間――
「ほんとうか? まだ鉱石が……?」
「俺たちの村に……まだ可能性が?」
農夫や老人たちの目に、わずかながらも光が宿った。
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その日の夕方、酒場に人が集まり、話題は鉱物の発見で持ちきりだった。
「また昔みたいに掘れるんじゃないか」
「いや、道具も人手も足りないさ」
「だが……諦めてた日々よりはマシだ」
荒れ果てた顔の農夫たちが、久しぶりに前向きな声を交わす。
かつて鍬を振るった手が、自然と握りこぶしを作っていた。
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アヤネは工房の片隅でその光景を眺めていた。
(私の言葉ひとつで、人々の心が変わる……。それなら、この頭脳をもっと人のために使えるはず)
彼女の胸に、再び強い使命感が芽生えていった。
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翌朝、何人かの農夫が工房に訪ねてきた。
「アヤネさん、俺たちにも協力させてくれ。
畑はもう枯れてしまったが、体力はまだ残ってる。スコップを握れば、まだ掘れる」
ガランがその言葉を聞いて、にやりと笑った。
「いいじゃねぇか。町がもう一度立ち上がるチャンスだな」
孤児たちも大人たちの姿に目を輝かせる。
こうして、ザルクの人々に再び火が灯った。
かつては絶望の砂に埋もれていた村に、今、小さな希望の種が芽生えようとしていた。
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しかし、資源が見つかれば見つかるほど、問題も浮かび上がる。
誰が掘るのか。誰が管理するのか。取り分はどうするのか。
それを解決できるのは――公平で知恵を持つ者。
村人たちの目は、自然とアヤネに向かいつつあった。
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数日後。
ザルクの村人たちは、再び広場に集まっていた。
アヤネが告げた「鉱物の発見」が広まり、皆の胸に期待と不安が入り混じっていたからだ。
男たちは古い鍬やつるはしを持ち寄り、女たちは食糧の準備を始めていた。
村の空気は久しぶりにざわめき、活気にあふれている。
しかし、同時に誰もが気づいていた。
――このままでは争いが起こる。
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「掘った鉱石は誰のものだ?」
「俺の畑の近くだ、俺が先に掘る権利がある!」
「いや、鉱脈は村全体のものだ!」
広場では、早くも口論が始まっていた。
長く貧困に苦しんできた分、鉱物はそれだけ貴重な希望。
だからこそ、誰もが独占しようと必死だった。
孤児たちも怯えたように大人たちを見上げる。
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そこで、年老いた農夫が杖を突きながら声を張り上げた。
「皆の者! このままでは村がまた壊れる!
鉱石を巡って喧嘩していては、昔と同じ失敗を繰り返すだけだ!」
ざわめきが一瞬止む。
「だからこそ、公平にまとめてくれる者が必要だ。
わしは……アヤネ嬢に、それを任せたい!」
驚きの視線が一斉にアヤネに集まった。
「アヤネさんなら、今まで孤児たちをまとめ、工房を動かしてきた。
村に油をもたらしたのも、パンを配ったのも彼女だ!」
「頭の回る人間に任せねば、俺たちはまた食い物の取り合いになる!」
声が次々と上がり、やがて大合唱となった。
「アヤネだ! アヤネがリーダーだ!」
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アヤネは思わず後ずさった。
(リーダー……? 私が、皆を……?)
彼女は記憶を失ってこの世界に来た少女。
大人の農夫たちを導く経験などない。
だが――視線を向けると、孤児たちが不安げに自分を見つめていた。
ガランは腕を組み、にやりと笑っている。
アヤネは息を整え、静かに言葉を紡いだ。
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「……分かりました。
私が、採掘のリーダーを務めます」
どよめきと拍手が広がる。
「でも条件があります!」
アヤネは強い声で続けた。
「採掘で得た鉱石は、すべて村のものとします。
取り分は作業に応じて公平に分ける。
そして、誰か一人が勝手に決めるのではなく、必ず皆で話し合って決めます!」
村人たちの顔に驚きが走り、やがて一人、二人と頷き始めた。
「……それなら安心だ」
「アヤネさんなら任せられる」
こうして、アヤネは正式にザルク採掘団のリーダーとなった。
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その日の夜、工房でガランが笑いながら言った。
「よく言ったな、アヤネ。あんた、まるで商人の親玉だ」
アヤネは少し顔を赤らめながら答える。
「ただ……みんながまた争うのが怖かっただけ。でも、鉱物は村の未来を変える。
だからこそ、きちんと仕組みを作らないと」
彼女の瞳には、子どもらしからぬ冷静な光が宿っていた。
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だが、アヤネにはまだ知らぬことが多かった。
鉱脈の本当の深さも、掘るための道具も、外の商人たちの目も。
そして、鉱物をめぐる欲望が村を再び試すことになるのも――。
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