【第1話:商家の娘、異世界へ転生】
商家の娘アヤネは、幼い頃から帳簿をつけ、両親を助けてきた。
どんな計算も、どんな取引も、彼女にとっては呼吸のように自然なことだった。
しかし、彼女には一つの弱点があった。
それは――人の痛みを切り捨てられない優しさ。
利益のために従業員を切ることも、無理な取り立てをすることも、彼女にはできない。
それでも頭脳は冴えわたり、商会の経営は安定していた。
そんな彼女の心の奥底には、抑えきれない衝動があった。
「……もし、何もない場所で、自分の知識と力だけでやり直せたら。
果たして、私は本当に人の役に立てるのだろうか」
ある夜。
喉が渇いて起きたアヤネは、廊下を歩く途中でふと、売り場の一角から光が漏れているのに気づいた。
近づくと、古びた一冊の本が強烈な光を放っていた。
ページを開いた瞬間――
世界は歪み、砂漠の熱風が頬を打った。
目を開ければ、彼女は果てしない砂漠に立っていた。
遠くに見えるのは、城壁を持つ小さな町。
「……ここは……?」
「これが異世界……ここから始めればいいのね……」
アヤネは、光る本を胸に抱えながら、一歩を踏み出す。
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アヤネは手元を見た。腕には現実の服、だが足元には細かな砂粒が入り込んでいる。
廊下の光も、売り場の光も、本も、すべては幻だったのか。
胸の奥で、心臓が高鳴る。未知の世界――それは怖さと同時に、期待でもあった。
歩き出すと、遠くにかすかな影が見える。
それは町の輪郭だった――城壁も、石造りの建物も、かつて栄えた名残を残している。
しかし、窓は割れ、扉は傾き、屋根の瓦はところどころ崩れ落ちている。
かつての繁栄を知る者なら、胸を締めつけられる光景だろう。
アヤネは歩を止め、深呼吸をする。
「……誰もいないの?」
砂漠の熱気の中、風に舞う砂埃の音しか聞こえない。
しかし、彼女の心は躊躇しなかった。
これまで商家で培った知識、両親を助けてきた経験――
それらは、無力ではない。
「私……ここで、どこまでできるか試してみたい」
かすかに、心の奥で芽生えた衝動を確かめるように、アヤネは一歩を踏み出す。
砂を踏みしめ、廃墟の町へと歩みを進める。
町に近づくと、建物の間を風が抜け、かつての活気を思わせる旗や看板が揺れる。
壁のひび割れや屋根の崩落が、栄華の跡と今の絶望を映し出している。
それでもアヤネは思った。
「……ここから始めればいいのね」
胸に光る本を抱き、砂漠に立つ少女――アヤネの、新しい物語が始まった瞬間だった。
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異世界経済戦記の2ということで書き始めたいと思います。
適度に連載していきますのでよろしくお願いします。