Kether:黄昏、日常と非日常
黄昏の赤い光が空中に広がっている。
辺りを見回しても、そのすべてが赤く染まった空一色で…それでも不思議な事に、歩く事が出た。
「どこだろう、ここ」
少女…晶水・マルコは出口を求めて彷徨っていた。
そこへ、一人の少女の声がマルコを呼び留める。
「あー…とうとう来ちゃったんだ?」「誰っ…?」
マルコは嬉々として声のした方向へと振り向いた。
この空間は、それほどまでに孤独だったから…しかし
「誰?とは失礼なことをきくね?私の顔…忘れちゃった?」
黒い影が、マルコの瞳を眼前で覗いていた。
「ブ…ブランク!?」
マルコは咄嗟に右手を構えるが…そこに、自分の相棒が一つである神器『円環のドラウプニル』はない。
「言い得て妙っていうのかな?でも、違うともいえる…色とか?」
「色なんだ…」
疑問形しか使わない影に、顔なんてものはついていない。
しかしそのシルエットはマルコにとって記憶の奥底にある『何か』を髣髴とさせていた。
「そう、私は非日常の存在によって神の定めた意味から外されたもの
言いようによっては、神の定めた意味からいち早く抜けたイレギュラー…
ただ、そんな私が存在してもまだ世界は狂わないね?」
「何の・・・こと?」
マルコは頭を抱える。
目の前にいる影が何者かを思い出せない…『脳』は覚えているのに『魂』はそれを覚えていないのだ。
それに加えてヒントのように加えられる陰の言葉…それはより一層、マルコに正体不明の違和感を感じさせる。
「まぁこれ以上はなしても今は混乱するだけか…それじゃ、帰っていいよ?」
影がそう言うと、マルコは黄金色の光に足元から包まれていく…
「わっ…!!まって、キミは一体誰なの!?おしえてよ!!」
マルコの叫びに、影は応えるようにゆっくりと唇を開いた…
「マールコ!!」「エヒャぃ!!?」
美香の咆哮にびっくりしたマルコは、机から顔を上げた。
そこは放課後の教室、机を集めての『実行委員』会議の途中だったことに気付き、マルコは慌ててよだれを拭いた。
「マルコってば、最近寝起き本当に悪いよ?」
「あはは、ごめん…」
美香は、しょんぼりするマルコの隣に座る銀色の髪の少女のほうを見やり、話を続ける。
「それで、何か良い案はないかなぁ文化祭」
「んん、私この国の学園祭にはあんまり詳しくないから…」
うぅむと考え込む少女の名はジュリア=F=ヘンデル、以前の戦いでマルコやその仲間たちと激しい戦いを繰り広げながらも
魔術師の呪縛を自らの手で断ち切り、救い出された少女である。
彼女が何故実行委員に居るかと言えば、以前の件で起こした問題の責任をできるだけ軽くしようとした彼女の婚約者による計らいであった。
ジュリアの身は同じく実行委員にして薔薇十字騎士団の潜行魔術師、神賀戸・蓮に預けられ
また、魔術や魔法に関する事情は一般世界に秘匿とされなければならないという事情から妖しまれないようにこの学校に転校してきたところを
実行委員の委員長、金奈・美香にスカウトされたという次第である。
実行委員の中でブランクとそれに関する事件に関わるものはこれでマルコ、ジュリア、蓮の三人であり
美香ともう一人、蓮のライバルにして実行委員の体力担当である葛葉・太一の二人にはその事情を隠しているという状態である。
事実、マルコが寝不足である事には美香達に言えないちゃんとした理由があった。
「王国の魔法よ、顕現せし王の奇跡よ、私はここに新たな則を唱える者、新たな理を添える者
故に私は望む…この手に奇跡を、闇を払う魔法を!!
フェオ・ウル・ウィン・アンスール!!」
パァ…と黄金の光と共に、街の夜空に躍り出る少女の姿はなんと神秘的なものだろうか
否、彼女こそが神秘そのもの…この世に新たな理を結ぶ者、第10魔法王国の魔法使い。
それこそが、非日常の中で変身するマルコの姿だった。
マルコは夜の闇の中でさえはっきりと見える敵の姿を見据え、そこに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
闇を切り抜いたように白い、純白の影…意味を奪われたモノのなれの果て、ブランクである。
そしてもう一人…
「威光の魔法よ、降り注げ威光の光よ、私はここに我が神秘を取り出す者、世界の欠片を紡ぐ者
故に私は望む…この手に魔法を、魔を払う奇跡を!!
イング・ラーグ・エオー・ティール!!」
純白の威光とともに夜闇に飛び立つもう一人の魔法少女、ジュリアも第一魔法威光の魔法使いである。
そして、二人の魔法少女の変身を満足そうに見つめているもう一人の魔法使いが居た。
夜闇に溶けてしまいそうな黒いコートを羽織り、同色の長い黒髪をストレートに降ろした女性…明=綾乃である。
「いやーぁ…相変わらず二人とも解る事は解ってるというか…やっぱり全裸変身はセオリーよねぇ♪」
「ゼンラヘンシン…?」
首をかしげるジュリアは理解しきれていないようだが、明の言ってる事は変態的なそれである。
明は魔法少女とブランクの位置を見計らって、ジュリアに号令をかける。
「それじゃあ魔法少女、攻撃開始ねぇ♪」
「いっくよぉ…サーベル、レイン!!!」
カァ!!!!と、腕を振り下ろしたジュリアの後ろから後光が射し、その光が実体をもって剣を形作っていく。
やがてジュリアの眼前に無数の剣の群れが形を成すと、それはマルコに向かって飛んでいく。
「わ、ひゃあ!!」
マルコが思わず剣の群れを回避すると、マルコの眼前を飛んでいるブランクに躊躇なく突き刺さって行く。
『あららぁ…人間に戻ったら記憶ごと傷も無くなるだろうけど、あの人絶対先端恐怖症になりそうよアレ』
「の、のんきに言ってる場合じゃないよエリヤっ早く元に戻してあげないと…」
半ば呆れたように呟くマルコの黄金の剣―天使メタトロン―の言葉を遮ってマルコは黄金の腕輪を着けた右手を
針のむしろ…剣のむしろとも言える状態のブランクに向けた。
「円環の門よ開け、奇跡の世界!!」
マルコの唱えた名に応えるように、マルコの腕輪―円環のドラウプニル―から分身たる輪が放たれてブランクに向けられる。
そして輪の中心を門として、異相の世界から膨大な魔力が光線のようにブランクへと突き刺さった。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
ブランクは咆哮を上げて徐々に元の人間としての姿を取り戻していく。
「やった…っ!!!」
突き刺さっていた剣は全て抜け落ちて、ブランクだった人間は重力に従って落ちて行った。
「修正…」
マルコは落ちて行くその手を取って、地上まで優しく降ろしていった。
そして地上でその手を離したときに、告げる。
「完了!」