表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/17

第13話:久秀の謀略、裏切りの炎上

久秀は、顕如と手を結ぶことに成功した。本願寺からの帰り道、久秀は、かつて信長が久秀に差し出した、粉々に砕け散った茶器「九十九髪茄子」の幻影を思い浮かべた。あの時、久秀は信長の言葉を「裏切り」と認識し、茶器を叩き割った。だが、今、久秀は、信長を「裏切る」という行為そのものを、自ら選択した。


(信長……。貴様は、俺が裏切ることを、すでに知っていた。そして、俺が裏切ることを、嘲笑っていた。だが、俺は、貴様の掌の上で踊ることを拒絶する。俺は、貴様を裏切ることで、貴様が仕掛けた「裏切り」を、打ち破る)


久秀の思考は、狂ったように暴走する。


多聞山城に戻った久秀は、城全体に、信長への反旗を翻すことを命じた。家臣たちは、恐怖に震え上がった。彼らは、久秀の狂気と、信長という絶対的な権力の間で、板挟みになっていた。


「久秀様、いかがなされました? 信長様との和睦を破るとは……」


松永内記が、震える声で久秀に問いかけた。久秀は、内記の顔をまっすぐに見つめ、にやりと口角を上げた。その顔は、間違いなく芹沢鴨の、豪放で、獰猛な笑みだった。内記は、その笑みに、これまで見たこともないほどの狂気を感じ、思わず息をのんだ。


「……和睦? 和睦とは、裏切りの死装束だ。信長は、俺を裏切るために、和睦という名の罠を仕掛けたのだ。ならば、俺は、裏切られる前に、奴を裏切る。それこそが、俺の正義だ」


久秀は、そう告げると、城全体に、信長への反旗を翻す狼煙を上げさせた。狼煙の煙が、空高く舞い上がる。その煙が、久秀の目には、裏切りを祝う、黒い炎のように見えた。その煙の匂いは、ただの煤の焦げ臭さではなかった。久秀の嗅覚は、その匂いを、裏切りの臭気に重ね、鼻腔の奥まで染み込ませる。狼煙が、パチパチと音を立てて燃え上がるたびに、それは、久秀の耳には、裏切り者が勝利に酔いしれ、嘲笑を浴びせる音のように聞こえた。


その日の夜、久秀は、再び筒井順慶と共闘することを決意した。久秀は、順慶の居城を訪れ、彼に手を差し出した。順慶は、驚きと戸惑いの表情を浮かべた。


「久秀殿、いかがなされました? 貴殿は、我らを裏切り者と断じ、我らの城を攻め滅ぼしたはず……」


順慶の声は、震えていた。久秀は、にやりと笑い、ゆっくりと懐から小刀を取り出した。


「……裏切り者は、死すべし」


久秀は、そう呟くと、順慶の喉元に、ゆっくりと小刀を突きつけた。順慶は、一瞬、恐怖で声を失い、喉をゴクリと鳴らした。だが、その恐怖を乗り越え、言葉を紡いだ。


「久秀殿、貴殿は、狂っておられる。だが、その狂気が、儂には、美しく見える」


順慶の言葉に、久秀は言葉を失った。順慶は、久秀を裏切り者と認識することができなかった。だが、そのことが、久秀の狂気をさらに研ぎ澄ませた。


(この男は、俺と違う。俺は、裏切られることを恐れて裏切る。だが、この男は、裏切りを恐れない。この男は、信長と同じだ。裏切りを、ただの遊び道具としか思っていない……)


久秀は、そう確信すると、静かに小刀を下ろした。


「……順慶殿。俺は、貴殿を裏切らない。そして、貴殿も、俺を裏切らない。我らは、信長を裏切るために、手を結びましょう」


久秀は、そう告げると、順慶に手を差し出した。順慶は、その手を取り、久秀の狂気に満ちた瞳を、静かに見つめていた。その瞳には、久秀の狂気と、それに共鳴する、新たな狂気が宿っていた。


信長への反旗を翻した久秀の行動は、瞬く間に畿内全域に伝わった。久秀の反乱を機に、浅井、朝倉、本願寺など、信長と敵対する勢力が一斉に立ち上がる。遠くから、裏切りを告げるかのように、寺の鐘がゴオオ……ンと響き渡った。その鐘の音は、久秀の耳には、本願寺の勝利を祝う、歓喜の音に聞こえた。一方、筒井順慶の耳には、自らが信長を裏切ったことへの、不吉な破滅の響きに聞こえた。そして、久秀の家臣たちの耳には、主の狂気によって、自分たちの運命が決定付けられたことを告げる、絶望の音に聞こえた。


その直後、城の門が勢いよく開かれ、伝令の兵士が、泥にまみれた足音を立てながら、駆け込んだ。彼の足音は、ジャリ、ジャリ、と乾いた音ではなく、ズブ、ズブ、と湿気を帯びた音だった。荒い呼吸音と、汗に混じった血の匂いが、久秀の鼻腔を刺激した。


「久秀様! 浅井、朝倉の両家が、信長様に反旗を翻しました! 信長包囲網、完成にございます!」


久秀は、自身の裏切りが、信長を孤立させることに成功したことを知った。それは、彼にとっての勝利であり、「裏切りへの恐怖」が「裏切り者殺し」という行動によって、一時的に満たされた。


(ああ、そうだ。俺の狂気が、歴史を創ったのだ。俺が、信長という魔王の掌を離れ、俺自身の狂気で、この乱世を動かしたのだ。近藤、土方、山南……。貴様らは、俺を裏切った。だが、その裏切りが、俺を、この乱世の狂気の中心へと追いやったのだ。貴様らの裏切りは、無意味ではなかった……)


久秀の行動は、歴史的な「信長包囲網」という大事件を引き起こすことで、彼の存在が戦国乱世そのものを動かす「狂気の中心」となることを示していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ