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彼女にフラれた俺は、封印された何かと暮らすことになった  作者: 雷覇


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第27話:舞台の幕があがる

「美琴、合わせるわよ!」


蘭が叫ぶ。

美琴は頷き、印を切り直す。


「封鎖陣発動!」


足元に展開された符が再び光を放ち、地脈に沿って刻まれた封陣がうなりを上げて広がっていく。それに合わせて、晶も手を掲げた。


「氷封結界形成!」


冷気が空気を凍らせ、ヴァルスの周囲に氷の霜が立ち込める。温度が一気に下がり、ヴァルスの炎の氣流が鈍化する。


「ちっ……氷で、俺の氣を押さえ込む気か!」


ヴァルスが吼えた。彼の周囲に滾るように渦巻いていた炎がわずかに収縮し、攻撃範囲が制限される。


「今だ!全術式を重ねて!」


美琴の号令に、術師たちが一斉に結界へと呪力を流し込む。蘭は爆符を連続して投擲し、晶は氷霊の力をさらに集中させた。


「《雷火》!」


「《氷華陣》!」


「《霊呪縛》!」


三種の術式が同時に発動した。雷と炎が空を裂き、氷の槍が地を走り、呪符が空間を縛り上げる。


ズゥンッ!


凄まじい衝撃波が大地を揺るがせた。中心にいたヴァルスの姿が、一瞬、光と煙に呑まれる。静馬はその場に立ち尽くし、思わず息を呑んだ。


(やったのか……!?)


凄まじい術式の連携。爆光と氷結、封陣の三重奏がヴァルスを包み込んだ瞬間、

茂みに身を潜めていた静馬は、思わず身を乗り出していた。


「……すげぇ……! やるじゃないか、機構の奴ら……!」


息を荒げ、拳を握る。


「三人であれだけ押し込んだ。もしかしたら、あの化け物にも勝てるんじゃないか!?」


興奮に満ちた声。だが、その隣でラウラは首を横に振った。


「無理よ」


その冷静な声に、静馬は思わず振り返る。


「なっ……今のを見て、そう言えるのか!?」


ラウラは、ヴァルスの立つ空間。その周囲の氣の流れをじっと見つめていた。風の中に、熱に似た脈動。恐るべき密度の氣が、なおも高まり続けている。


「確かに傷はついた。でも、あれはまだ試している段階よ。本気じゃない」


「……!」


「それに、奴の氣は崩れていない。むしろ、今の攻撃で楽しんでいる」


彼女の声には焦りも怒りもない。ただ、冷徹な観察と経験から導き出された判断だけがあった。


「このままじゃ、長くはもたない。結界が崩れた瞬間……美琴たちが一気に呑まれるわ」


静馬の喉が鳴った。勝てる。そう思ったその希望が、ぐらりと揺らぐ。

だが同時に、胸の奥で何かが灯る。


(……じゃあ、俺は何をすれば――)


ラウラは懐から何かを取り出し、静馬の手のひらにぽんと乗せた。


「これを使いなさい」


「……仮面?」


静馬が見下ろすと、それはどう見ても、おもちゃだった。薄い樹脂製、子ども向けの祭りで売られているような雑な作り。表面に描かれているのは、どこか愛嬌のある白狐の顔。


「……いや、どう見ても子ども用だろ、これ」


静馬が戸惑いながら言うと、ラウラはくすりと笑った。


「ただのおもちゃよ。強化も術式もない、何の力もない仮面」


「なんでそんなもん渡してくるんだよ……」


ラウラは真顔になり、彼の手元の仮面をそっと押し戻す。


「素顔じゃ立てない場所ってあるの。機構の術師の前に正体をさらせないなら、顔を隠すしかないでしょ?」


「……」


「それに、こういうのをつけるとね、ちょっとだけ、自分じゃない自分になれるのよ」


その言葉に、静馬は一瞬だけ息を呑む。ふざけたようで、どこか本気でラウラの目が、そう語っていた。


「だから、その仮面をつけて、名乗りもしないで助けに入ればいい。どこの誰とも知らない謎の戦士ってね。……都合いいでしょ?」


静馬は仮面を手に取ってしばらく見つめたあと、ふっと小さく笑った。


「……子どもの頃、こういうのつけて、正義の味方ごっこしたな」


「じゃあ、ちょうどいいじゃない。ごっこ遊びの続きをやってらっしゃいな、静かなるヒーローさん?」


「……ああ、そいつも悪くないかもな」


その時、戦場から再び激しい炸裂音が響いた。美琴たちの結界が、ついに中心を焼かれ始めていた。静馬は立ち上がり、仮面を顔に当てる。


ラウラはその背中を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。


「いい感じにやられそうな時を見計らって出るのよ」


ラウラは微笑すら浮かべて続けた。


「今はまだ、その時じゃない。でも近いわ。結界が砕けて、美琴たちが限界を迎えた瞬間、そこが舞台の幕が開くタイミングよ」


「……そんな言い方、まるで俺が役者みたいだな」


「そうよ。主役は遅れて登場するもの。少なくとも、仮面劇ではね」


静馬は息をのんだまま、仮面を手に取った。

仮面を手にしたまま、ふと立ち止まった。


「……なあ、ラウラ」


「なに?」


「……そもそもさ、俺に……勝てるのか? あんな怪物相手に」


声は小さかったが、正直な問いだった。

ヴァルスの放つ氣。それは明らかに次元が違う。美琴たちですら押されている今、自分の力がどこまで通用するのか、まるで見えなかった。


ラウラはその問いにすぐには答えず、少しだけ目を細めた。


「勝てるかどうか、なんて知らないわよ」


あっさりと言い放つ。


「……だよな」


ラウラは視線を静馬に戻し、言葉を続ける。


「あなたが行かなきゃ、誰も美琴を守れない。それは確かよ」


「……」


「勝てるかどうかなんて、結果でしかない。

 ただ、立たなきゃその先に行けない。今までもそうだったでしょ?」


静馬の胸に、じわりと何かが沁みていく。


「……じゃあ、俺は立つよ」


仮面を顔にあてながら、静馬は言った。


「勝てるかどうかは……そのあとで考える」


「いいわね。その方が静馬らしいじゃない」


ラウラは満足げに笑い、そっと背中を押すように一歩下がった。


「さあ、主役の登場よ。遅れすぎると、ヒロインが死んじゃうわよ?」


「――それだけは、絶対にさせない」


静馬は仮面をしっかりとつけ、風を切るように走り出した。

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