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彼女にフラれた俺は、封印された何かと暮らすことになった  作者: 雷覇


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23/25

第23話:厳しい評価

「この設問、主語が抜けてるわよ。日本語として破綻してるじゃない」


(おい……ラウラ、やめろって……)


「それに解説も杜撰すぎるわ。これじゃ理解じゃなくて丸暗記を強いてるだけ。

教師としての姿勢が甘いのよ。やり直しなさい」


(聞こえてないけど、そういう問題じゃないんだよ!)


静馬はプリントに鉛筆を走らせながら、顔を伏せて目線だけ泳がせる。

机の脇、霊体で浮かぶラウラは柏木先生をじっと見つめて文句を止めない。


「古文は暗記じゃないの。情緒を教えなさい、情緒を」

「せっかく恋や別れが題材なのに、心の機微を語らず点数だけ追ってどうするの」

「まさか、丸写しさせて満足してるんじゃないでしょうね?」


(お前、教師だったことあるの?)


「ないけど、常識よ。こんな退屈な授業で誰がやる気を出すのよ……

というか、なんでこの人こんなにドヤ顔してるの?」


(やめてくれ……せめて俺の脳内で毒吐かないでくれ……!)


「いい?教師ってのは、もうちょっと情熱と威厳を」


「三神くん?」


「へっ!?な、なんですか!?」


プリントから目をそらした瞬間、柏木先生がじっと見つめていた。


「……今、誰かと話してた?」


「い、いえ!?えっと……あの、古文の登場人物と心の対話を……!」


「……詩的ね」


「ど、どうも……」


先生は首を傾げながらも再び黒板に目を戻す。

その背中に向かって、ラウラがまたぶつぶつ言い始めた。


「その服、センス最悪ね。色彩のバランスが壊滅的」


(帰ってくれマジで)


「靴、左右で音が違うわよ。気づいてないの?集中力の欠如よ」


(もう黙ってくれーーーー!)


静馬の精神力は、式神との死闘よりもこの見えない小言に削られていた。


補習が始まってから、すでに二十分が経過していた。

静馬はプリントに向かいながら、脳内で延々と続くラウラの実況批評に耐え続けていた。


「漢字の書き順が間違ってるわよ、それで赤ペン入れないのは指導怠慢よ」

「解答例と模範解答の違いも教えないなんて……基礎ができてない証拠ね」


(もうやめてくれ……教師の権威ってもんが跡形もねぇ……)


さらに悪いことに、柏木先生の様子にも変化が出始めていた。


「……?」


彼女はふと手を止めて、微かに眉をひそめると、室内をぐるりと見渡した。


「……変ね。一瞬、気配が」


静馬がビクリと肩を跳ねさせた。


(おい、ラウラ!?気配出てるのか!?)


「……さっきのは、つい語気が強くなっただけよ。失礼ね」


(失礼なのはお前だろ!?)


柏木は目を細めて、静馬をじっと見つめる。


「三神くん、ひとつ確認してもいいかしら」


「……は、はい」


「あなた、最近妙なことに関わってない?」


「えっ」


その言葉に、静馬の背筋がぴんと伸びた。

言葉を探しているうちに、柏木が小さく息を吐いた。


「……気のせいかしら。何か以前と雰囲気が違うのよね」


(……ウソだろ。まさかバレかけてる!?)


放課後、補習が終わって人気のない廊下を歩く静馬。

教室を出た直後から、ラウラはずっと無言だった。

それがかえって不気味で、静馬はつい口を開いた。


「……おい、どうしたんだよ。さっきまで散々毒吐いてたのに」


ラウラの霊体がふわりと現れ、低い声でつぶやく。


「今の女。柏木とかいう教師。あれ、ただ者じゃないわ」


「は……?」


「気配を感知していたのは偶然じゃない。完全に霊的感覚があるわ。

気配だけでここまで気づくのは、熟練の術者か、過去に契約経験がある者」


静馬の表情が険しくなる。


「……機構の人間だったのかな?」


「たぶん、実戦も経験してる。私の存在に反応するなんてね」


「マジかよ……」


ラウラはしばらく黙ったまま、窓の外を見やった。


「……あの先生、なんで教師なんてやってんだろうな」


ラウラは薄く笑った。


「さあ?――でも、気をつけてね」


静馬の足取りが、無意識に慎重になる。

柏木という存在が、ただの教師ではないことを、否応なく実感させられていた。


補習のあと、静馬が廊下を出ていくのを見届けてから、柏木は誰もいない教室に一人残った。ふと、小さなペンダントを取り出す。焼け焦げた銀細工。


「……ごめんね。結局、私はまだ立ち止まったままだ」


彼女はそっとペンダントを握りしめる。

封印任務で命を落とした少女の形見。

無理に連れていかなければ、今も生きていたはずだった。

その後、彼女を無理な任務に連れ出した機構を憎み距離を置くようになった。


そして今、彼女は当主候補である美琴の担任となった。


最初は正直、気まずさしかなかった。

彼女は機構の中枢に立つ家系でありながら、自分と同じく何かを抱えていた。

表情には出さないが、その目の奥には常に張り詰めたものがあった。


最近、美琴はまったく学園に来れていない。

おそらくは九尾絡みの任務、あるいは内政の火種の処理。

それほど彼女は追い詰められているのだろう。

だが、それでも柏木は信じていた。


彼女は、いつか――この場所に戻ってくる。


制服に袖を通して、何気ない日常の空気に触れながら、

ほんの少しだけ、重荷を下ろすことができる日が来ると。

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