第2話:話し相手
「ねぇ、静馬」
地下の空間に、女の甘ったるい声が響いた。
彼女はまるで世間話をするような軽い調子で言う。
「そもそもさ、どうしてあんたここに来たの? まさか――」
彼女はそこでいったん間を置き、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「……女にフラれて、ヤケになってさまよった結果、とかじゃないよね?」
静馬はわずかに眉をひそめた。
「……お前、見てたのか」
「見てないよ。でも、“そういう顔”してたもん。やるせないっていうか、ちょっと拗ねてるっていうか」
女はくすくすと笑う。
嫌な笑い方じゃない。どこか、子どもがいたずらを仕掛けるような無邪気さがあった。
「でも、意外だったなあ。君みたいなタイプでも、ちゃんと恋してたんだね」
「……してたよ。……たぶん、本気で」
静馬は地面を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「幼なじみだったんだ。ずっと一緒にいたし……。いつの間にか、当たり前になってて。
向こうが隣にいてくれるのも、自分が隣にいるのも……それが“恋”だと思ってた」
「へぇ。それ、切ないやつだ」
「そうだな」
「で、あっさり別の男の隣に移った?」
「……ああ」
女はそれを聞いても、にやりと口角を上げたまま言った。
「……それは、それは。ご愁傷さま。
で? 復讐するとか、強くなって見返すとか、そういうやつやる? “力”ってそういう時に便利だよ?私の封印を解いたら手に入るよ?」
「……しないよ。そんなの、興味ない」
「ふーん。……じゃあ何がしたいの?」
少し間を置いてから、彼は静かに言った。
「……たぶん、誰かに“話を聞いてほしかった”だけだと思う」
「まさか、それが私だったなんてね。運がいいのか悪いのか……」
「悪い方だと思う」
「同感」
2人は静かに笑いあった。
「そういや、お前……名前、なんなんだ?」
「名前……か」
彼女はぽつりと呟く。
「もう忘れちゃったのよね。封印されてる間、呼ばれることもなかったし。あなたが名前を付けてよ。」
「……それって名前を付けた瞬間に契約完了とかっていう漫画にありがちなパターンなんじゃないだろうな?」
「大正解!って言いたいところだけど、それだけじゃ契約は完了できないよ。何より強い肉体がないと契約しても死ぬだけだよ」
「ふーん。じゃあ俺が名前くらいはつけてやるよ。ラウラなんてどうだ?」
「ラウラ?」
「何となく頭に浮かんだ名前だ」
彼女小さく笑った。
「いいねそれ。私は今日からラウラにするよ」
「改めてよろしく、三神静馬くん。これで、呼ぶとき“お前”じゃなくて済むね」
静馬は数秒黙って、それから不器用にうなずいた。
「よろしく、ラウラ」
静馬はラウラと楽しい会話を続けていた。ここにいれば失恋の苦しみなど忘れられるかもしれないと考え本格的にここに住むと決めた。
数日後
「……ねえ、それなに?」
呆れ混じりの声が、地下に響いた。
封印の石碑にもたれかかる仮の姿のラウラは、あきらかに面白がっていた。
三神静馬は、持参した折りたたみテントを広げながら答える。
「見てのとおり、テント。泊まる準備」
「泊まるって……ここに?」
「ああ」
「……学校は?」
「行ってない。まあ気が向いたら行くかな」
「家族は?」
「一人暮らしでな」
「友達は?」
「いたけど、今は面倒」
「生きる気ある?」
「特にない。でも死ぬ気もない」
静馬の言葉に、ラウラは吹き出した。
「……あー、もう本当に君、いろいろ終わってるわね。最高にヒマ潰し向きじゃない」
「褒めてんのかそれ」
「もちろん。私が長年退屈してたの、君のせいでちょっとだけ楽しくなってきたし?」
そう言ってラウラは、仮の身体のまま地面に寝転がった。
封印の鎖に縛られながらも、ふわりと髪を広げて、ため息混じりに言う。
「でもさ、どうせ泊まるならさ、何かやること作らない? さすがにずーっと喋ってるだけじゃ飽きるわ」
「……じゃあ、なんか教えろよ。お前、昔すごかったんだろ? 世界を滅ぼしかけたんだっけ?」
「……まあ、いいけど。じゃあ、特別に“初歩の初歩”から教えてあげる」
こうして静馬は何となくでラウラに鍛えてもらうことになった




