第17話:忍び寄る敵意
《封霊機構・監視局》
薄暗い室内。無数の霊波モニターが並んでいた。
その一つに、特異な共鳴波形が浮かび上がる。
「……いた。間違いない監視対象だ」
監視官の声が緊張を帯びる。
スクリーンに表示された名前――三神静馬
「消えた一般監視対象……いえ、いまや霊的契約者と見ていいでしょう」
静馬は突然、消息を絶った。
封霊機構は彼を監視保留対象として極秘に捜索していた。
――そして、ついに今日。
「波形座標、山寺封印地跡……!」
「……このまま放置するには、あまりに不確定すぎる」
かつて、封霊機構が封じた存在。
その封印を破ってなお意思を持ち静馬と共にあるということは、それ自体が規格外なのだ。
すると厚い防霊扉が開くと同時に、空気の流れが変わった。
現れたのは、封衣を崩したカジュアルな姿で
それでも堂々と歩を進める青年――狩野 悠雅。
「おいおい、随分と陰気なところだな。監視室ってのはいつもこんな雰囲気か?」
足音を立てながら入ってきた悠雅に、局員たちは一瞬ぎょっとする。
「……こちらに来ると言う報告を受けていません、狩野様」
任監視官が、表情を崩さぬまま静かに言う。
しかし悠雅はそれに肩をすくめて笑ってみせた。
「いいじゃないか。敵意があるわけでもない。個人的な視察さ。ちょっと気になる名前があったんでな。三神静馬――だったか?」
局員の何人かがざわめく。
モニターを指でなぞりながら、狩野悠雅はにやりと口元を歪めた。
「ふぅん……なるほど。これが今の居場所か。まさか、こんな辺鄙な場所に隠れてるとは」
鼻で笑う。
契約者になったばかりの一般人。
多少霊力が芽生えたところで、鍛錬もなければ制御もできない。
自分のような名家に育った選ばれた者とは格が違う。
「(美琴。お前さ――まだあいつのこと、忘れてないだろ?)」
静馬の存在は、今や美琴の心の綻び。
表向きは冷静を装っていても、彼女の精神を揺さぶるには、あまりに強すぎる過去。
「いいぜ。俺が会いに行ってやるよ」
悠雅の目的は単純ではなかった。
静馬を潰すことでも、利用することでもない。
その反応を見て、美琴の本音を引きずり出す。
それこそが、自分が当主候補の中で優位に立つための材料になる。
「契約者になったばかりの奴なんて、俺一人で十分だ」
狩野悠雅は、薄く笑いながら立ち上がった。
「……お待ちください!」
制止の声が、鋭く室内に響いた。監視官が焦りをにじませて立ち上がる。
「今は九尾の異変対応が最優先です。戦力の分散は禁じられているはず。当主候補の独断出動は、正式な許可が――」
だが、悠雅は足を止めず、扉に手をかけたまま、肩越しに言った。
「そんなもの、必要ないと判断しただけだ」
その声音は軽いが、内側に圧のある静けさが滲む。
「俺が本気で動くときは、許可なんか出す前に事態が終わってる。それが当主候補って立場の特権ってやつだろ?」
「……!」
扉が閉まりきる直前、狩野悠雅は一瞬だけ立ち止まり誰にともなく呟いた。
「……結局、美琴は、ああいう選ばない女だから嫌いなんだよ」
その声は低く、張り詰めた糸のように鋭い。
「全部正しくあろうとする。何も切れないくせに、守るだの背負うだの、理想ばっかり振りかざす。そういう綺麗な顔をしてる奴が、一番厄介だ」
言葉を吐き捨てるように口元を歪める。
悠雅の拳が、ポケットの中でわずかに震えていた。
(ああいう曖昧な正しさこそが、組織を腐らせる)
だからこそ――
美琴が何より触れてほしくない過去。三神静馬。
彼に接触し未練をえぐり、崩れる瞬間を見せつけてやる。
(――契約者)
悠雅の口元が、ゆっくりと吊り上がる。
(いい響きだ。実に……都合がいい)
かつての三神静馬は、ただの一般人。
手を出せば組織内外から批判される。
だが――今は違う。
(契約者になった瞬間から、奴は《危険指定対象》だ)
封霊機構の秩序のためという建前で、静馬を排除する正当な理由が生まれたのだ。
(組織を揺るがせる可能性のある女に、当主の資格はない――)
「あとは力でねじ伏せるだけだ」
悠雅の中には、一切の迷いも、情もない。
ただ静かに、正しい順序で潰す快楽が、心を支配していた。




