第14話:スパルタ修行
空は澄み、鳥が鳴く穏やかな朝――だが、静馬の顔は青ざめていた。
「……おいラウラ、冗談だよな。これ、冗談だって言ってくれ」
「言わないわ。今日から本気って言ったでしょ?」
ラウラはニッコリ笑いながら、指を鳴らした。
巨大な影のような式霊が三体、ヌルリと動き出す。
「うわっマジ!?これと戦うの!?」
「この子たちはね、私の氣から生成した訓練用の式霊。攻撃はそこそこだけど、受けたらちゃんと痛いわよ♪」
「痛いのかよ!」
「もちろん。じゃなきゃ実戦にならないでしょ?」
静馬は腰の木刀を握り、身構えた。
「ちょっ……初手から三体って! もうちょい段階踏まないの!?」
「踏むわよ。明日からは四体。」
「増えるんかい!!」
ラウラは楽しげに空中でくるくると舞いながら、式霊たちに指示を出す。
「さ、行きなさい。適度に追い込んで、でも潰しちゃダメよ?
静馬、ちゃんと私の氣を使って防いでね。制御ができないと死ぬわよ。多分ね♪」
「おい、雑に実験台にすんなぁあああ!!」
――式霊たちが襲いかかる。
静馬は咄嗟に木剣で一体を受け止めるが、残りの二体が横から襲いかかる。
「ぐはっ!? なにこの連携? タチ悪い!」
「視界だけに頼らず、氣の流れを感じて!
私の力を通せば、反応はもっと速くなる!」
「無茶言うなぁああ!」
だが、何度も転がされ、吹き飛ばされながらも、静馬は少しずつ反応できるようになっていた。
やがて、式霊の一撃をギリギリで受け流す動作ができた瞬間――
「……やっと、少し通ったわね。
私の氣が、あなたの中にちゃんと入ってきた」
ラウラが微笑んだその時、静馬の体の周囲に淡い霧のような氣が現れる。
「これが……お前の力?」
「ええ。これが、私の霊力。
上手く扱えば、攻防の両方に使えるわ」
静馬は荒い息を吐きながらも、にやりと笑う。
「なんか……ちょっとイケてきた気がする……!」
「ふふっ、よろしい。じゃあ今日のラストメニューは――二倍速!」
「嘘だろおおおお!?」
山の中に、悲鳴と笑い声がこだました。
だがその裏で、静馬の体は確かに――戦える力を帯び始めていた。
――封霊機構・本部最深部《封議の間》
封議の間に入ってきたのは、前線指揮班の副官だった。
彼は深々と頭を下げ、すぐに口を開く。
「報告いたします――再封印作戦は……失敗しました」
円卓の上で、御門錬司は目を伏せていた。
数秒の沈黙の後、彼はようやく、口を開く。
「……詳細を」
副官は喉を鳴らし、言葉を搾り出すように続ける。
「当主候補らによる再封印儀式を実施。しかし封印結界はすでに崩壊寸前の状態であり、対象存在――“九尾”は、意識を取り戻した状態で顕現。
さらに、八体の眷属も解放され……すでに各地へ散開を開始した模様です」
御門の瞳が、わずかに細められる。
「……まさか、ここまで早いとはな」
その声音に、怒りはなかった。
ただ深い、“読み違えた”という無念の色が混じっていた。
「封印が揺らぎ始めた報告から、わずか二日。
あの封式が……あっさりと破られるとはな」
彼は一度、深く咳き込み、口元を手で押さえる。
白い手袋に、淡く滲む紅。
だが、顔を上げた時には、その眼差しに再び当主としての光が宿っていた。
「……“あれ”は、完全に目を覚ましたのか?」
副官は首を横に振る。
「いいえ。九尾は未だ力の一部を欠いている様子。
現在は霊脈の掌握と回復を優先していると推察されます」
「……ふむ、それが唯一の救いか」
御門はゆっくりと立ち上がる。
「ならば、こちらにも手がある。全戦力を再編成しろ。
“封印”ではなく、“殲滅”の視野を含めて、作戦計画を刷新する」
副官が目を見開く。
「殲滅……ですか……?」
御門は、厳然と告げる。
「もはや過去と同じ手は通じぬ。
奴が動き出した以上、こちらも常識を捨てねばならん。当主候補を全員ここに集めめよ」
「……はっ!」
副官が退室し、重い扉が閉じる。
「まさか私の代で封印を解かれるとはな。これが私の最後の仕事になるかもしれん」




