第13話:潰し合っていただこう
ラウラは少し離れた場所で木剣の素振りをしていた静馬に、声をかける。
「ねえ、静馬。ちょっとだけおしゃべり付き合ってくれる?」
静馬は振り向き、軽く汗をぬぐった。
「おしゃべりって顔じゃないな。……なんかあった?」
ラウラは、湯呑に湯を注ぎながら小さく息をついた。
「朝からずっと空気の流れが妙にザラついてるのよ。霊脈がちょっと……乱れてる感じ」
「……乱れてるって、どういうこと?」
「うん、普通の人じゃまず気づかないレベルだけどね。
“封印がきしむ音”ってやつ。あれに似てるのよ。おそらくは災厄の胎動」
静馬の動きが止まる。
「災厄……って、まさか……」
ラウラは、わざとらしく肩をすくめた。
「そう、バッチリその可能性があるわ。“九尾の狐”って聞いたことある?」
焚き火が強く揺れ、火の粉が弾けた。
静馬は半ば呆れたように目を見開いた。
「それ俺でも知ってるよ。めちゃくちゃヤバいやつじゃなかったっけ……?」
「そうねー。“封霊機構総出でようやく封じた大妖怪”って触れ込みだったかしら。
それが目覚めたっぽい、って話」
「いや、のんきに言ってる場合かよ……」
「のんきじゃないわよ? 真剣に“いま私たちは出る幕じゃない”って判断してるの」
静馬が思わず息をのむ。
「……もしかして、機構の連中が対処してるんじゃ……?」
ラウラはにっこり笑い、湯呑を差し出した。
「してるでしょうね。全力で、ね。
でも、それだけじゃ足りない。“あれ”はね、封印を破った時点で、もう“ただの妖”じゃないの」
ラウラは静かに静馬に歩み寄り、彼の胸元に手を置いた。
「で、そのためにも――あなた、修行続けてもらうわよ。
“私の力”をちゃんと扱えるようになれば、どんな霊障でも文字通りどっかーんとね!」
「……やっぱ本気だったのか。あの材木運びも」
「もちろんよ。あれでも軽めのウォーミングアップだったんだから」
ラウラの笑みは悪戯っぽくも優しい。
「とはいえ――今すぐ九尾に手を出すつもりはないわ」
「えっ……でもさっき、封印が破れたって……」
「そうよ。封印は破れた。眷属も解き放たれて、霊脈も荒れ始めてる。
――でもだからって、今、突っ込むのはただの自殺行為」
静馬は言葉を失った。
だがラウラはあっさりと続けた。
「正直な話、あんなのは機構が何とかしてくれればいいのよ。
こっちはこっちで、静かに準備しておく方が賢いってもんでしょ?」
「……見殺しにするってこと?」
「“潰し合ってもらう”ってこと。
機構はどうせ、あれを再封印しようと無茶するでしょ?
それで“中途半端な英雄”が何人か散って、九尾がちょっと暴れて……」
ラウラは空を見上げ、茶碗を傾けた。
「……それで両方、疲れてくれた頃に。
“後出しで全部持ってく”っていうのが、私たちの立ち位置」
静馬は呆れ半分、納得半分でため息をつく。
「本当にそれでいいのかよ……?」
「いいの。今の私たちは“まだ未完成”なんだから。
無理に出しゃばって、無意味に死ぬよりずっとマシ」
少しの沈黙のあと、ラウラは微笑んだ。
「……ね? だからまずは、目の前の修行。
強くなって、準備を整えて、そして――本当に必要なときに全部かっさらう。」
静馬は苦笑した。
「……相変わらず、えげつねぇな」
「褒め言葉として受け取るわ♪」
「私は霊体。あなたが媒介しなければ、何も現実には干渉できない。
でも逆にいえば、あなたが私を完全に扱えれば、
どんな霊障でも、どんな瘴気でも――正面から叩き潰せる」
「……そんな、簡単にできることじゃ……」
「だから修行するのよ。封霊機構が存在を認めざるおえないくらいにね」
そして、静馬は――火の揺らめく中で、拳を握った。
「わかった。やってみるよ。
俺が……“ラウラの力”を扱えるようになる。どんな相手が来ても、負けないために」
ラウラの表情が、わずかに緩んだ。
「――よろしい。じゃあまず、明日からは“実戦形式”ね」
「え、今までは違ったの!?」
「当然でしょ、これからはもっと激しくいくわよ?」
風が吹き抜け、山の木々がさやさやと笑ったように揺れる。
その中で、二人の“傍観者”の物語は、静かに動き始めていた。




