第1話:失恋と封印の女
「……もう、終わりにしよう」
その言葉が落ちるのと同時に、胸の奥に冷たい水が流れ込んだような感覚がした。
校舎裏、夕焼けに染まった壁がまぶしくて、三神静馬は一瞬、目を細めた。
目の前には、幼なじみであり、数ヶ月前から恋人になった篠原美琴。
彼女の隣には、見たことのない男がいた。親しげに肩が触れ合っている。
「……え?」
それ以上、言葉が出てこなかった。
言い訳をしてくれると思った。
「違うの」とか「説明させて」とか、そう言ってくれると思った。
だけど、美琴は一歩も引かず、ただ静かに告げる。
「好きな人ができたの。……それだけ」
言葉を選んだつもりなんだろう。
でも、それはまるで告げ口みたいに軽くて、残酷だった。
静馬は口を開きかけて、やめた。
無理に引き止めたって、彼女の隣にはもう別の誰かがいる。
それがすべてだった。
「……そうか。わかった」
そう言った自分の声が、ひどく他人みたいに思えた。
気づけば歩いていた。どこに向かっているのか、自分でもよくわからなかった。
足だけが勝手に前に進んでいて、頭はずっと止まったままだった。
夕焼けはとうに消え、気づけば薄暗い空が広がっていた。
辿り着いたのは、昔、何度も遊びに来た町外れの廃遊園地。
数年前に閉園してから放置されたままのその場所は、今では誰も近づかない。
さびたフェンス、止まった観覧車、色あせたキャラクターの看板。
静かで、空っぽで、まるで今の自分みたいだと思った。
静馬はフェンスの隙間から忍び込み、売店の裏を通って観覧車の奥へ進む。
崩れた足場の向こう、草むらの影にぽっかりと口を開けた地下通路を見つけた。
どうして入ろうと思ったのか、自分でもわからない。
でも、その時だけは“何かに呼ばれた”ような気がした。
地下は湿っていて、冷たかった。
階段を降りた先には、妙に広い空間が広がっていた。
壁一面にびっしりと貼られた札。
中央に黒く焼け焦げたような石碑があり、何重にも鎖が巻きついている。
空気が重い。
息を吸い込むたびに、胸の奥がひりつくような感覚。
そして――その時だった。
「……あーあ、やっと誰か来た」
ふいに、耳の奥に声が響いた。
それは、女の声だった。気だるげで、甘さと鋭さが入り混じった、妙に耳に残る声。
「ねぇ、そこの君。少しだけ付き合ってくれない?」
「……誰だ」
警戒よりも先に、好奇心が勝った。
だって、どうでもよかったのだ。
フラれたばかりで、心の居場所もなくして、何もかもが空っぽになっていた。
「話すだけでいいなら……まあ、ヒマだし」
返事をすると、鎖の巻かれた石碑の奥から、ふっと柔らかな笑い声が漏れた。
「ふふっ……いい返事。じゃあ、今日からよろしくね。退屈な人間くん」
この日、三神静馬と“封印された彼女”との、奇妙な関係が始まった。
それが、世界を変えることになるとは、まだ誰も知らない。