初めてのダンジョン・後
「グブルルゥ……ブモオオオオオオオオオッ!!」
ミノタウロスが吼えた。鼓膜が破れそうなほどの雄叫びが全身を貫き、部屋全体を揺らす。
「う、あ……」
「くっ、二人とも! 逃げましょう! 今すぐ戻って……!」
牛頭の魔獣が斧で地面を砕き、走り出した。左腕で何度も床をたたきながらこちらへ向かってくる。
逃げる? 戻る? 笑わせるな。ユーガは威嚇するように大剣を地面へと振り下ろし、走った。
「サカタキくん!?」
「ま、待ってください、何を!」
背中を二人の悲鳴が引っ張る。
折角の好機を前に……何故逃げねばならないのか!
ルカとチヤに向けて叫び返したと思ったが、自分の口から出たのはただの雄叫びだった。
「があああああっ!」
「ゴオオオオオッ!」
魔獣はすでに大剣の間合い。しかし、それはこちらも同じだろう。
牛頭が巨斧を振り下ろし、ユーガも大剣を振り上げた。金属がぶつかり合ったとは思えない轟音が響く。
凄まじい力だ。両手でなければあっさり押しつぶされていた。
気合を発して斧を弾く。だが、牛頭はそのまま何度も巨斧を振り下ろしてきた。また弾く。ぶつける。激突させる。
この重量にしてなんて速さだ……!
心の中で吐き捨てる。その間にも斧の波はとどまることを知らない。段々と手が痺れてきた。肺から酸素が無くなっていく。
それでも、大剣を振るって斧にたたきつけた。まだ足りない。もっといける。
突然、右から衝撃が襲ってきた。一瞬でぶれる視界。
「ぐっ、がっ!?」
体が宙に浮き、何度も激痛と衝撃に襲われた。自分の意思で体が動かせるようになって初めて、牛頭の左腕で殴り飛ばされたのだと気づく。
視界が赤色に染まり、目に沁みるような痛みを感じる。頭から血でも出ているのだろう。ゆっくりと顔を上げれば、牛頭はもう自分を見ていなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
空間から出てきた。改めて考えれば意味が分からない。だけど、そう言うしかないのだ。
右腕に巨大な斧を持つ、頭が牛の化け物。はじめて、生きている魔獣を見た。
「グブルルゥ……ブモオオオオオオオオオッ!!」
ルカにミノタウロスと呼ばれたそれは、吼える。音だけなのに、体が吹き飛ばされるかと思った。耳が痛い。心臓が破裂しそうだ。
「う、あ……」
やっと口から出た声は言葉になんて出来なかった。
「くっ、二人とも! 逃げましょう! 今すぐ戻って……!」
すぐ隣でルカが叫ぶ。
そうだ。忘れていたが、ここに入る前に帰還魔術起爆剤っていう薬を飲んだのだ。先生はこういうとき、すぐに逃げろと言っていた。絶対に無理はするなと。
一刻も早く、こいつを視界から消したい。無理矢理声を出そうと、口を開く。
「サカタキくん!?」
「ま、待ってください、何を!」
でも、出てきたのは言いたかった言葉じゃなかった。彼が、ユーガが大剣を振るって走り出したからだ。
自分とルカの制止の声を振り切るように、ユーガは走っていってしまった。あっという間に距離が無くなり、次の瞬間、ミノタウロスが斧を振り下ろす。
サカタキくんが死んじゃう――!! 頭の中が真っ白になった。
「があああああっ!」
「ゴオオオオオッ!」
一人と一匹の咆哮が、轟音と共にチヤの体を貫き、真っ白になった頭をぶっ叩いた。
無理矢理目を覚まされたような状態で見えたのは、ミノタウロスと何度も切り結んでいるユーガの姿。
「すご、い」
無意識に口から出た。いくら魔術で筋力が強化できるとはいえ、あんなに大きな魔獣と戦えるなんて。
違う。すごいのはそこじゃない。
「あっ!?」
「サカタキくん!」
今度、彼の名を叫んだのはルカだった。
牛頭の魔獣に殴り飛ばされたユーガが、一回、二回、三回と地面に叩きつけられる。
なんでただ見てるだけなの! 走って、走ってよ、ボクの足!
しかし、足は自分を裏切るように全く動いてくれない。
「グブルル……」
魔獣が、こちらに目を向けた。
心臓が痛い。カチカチと何かがなっている。魔獣の黄色しかない目がこっちを見ている。寒い。動けない。見られているだけなのに。
ミノタウロスが一歩を踏み出す。
逃げたい。今すぐに帰還と口にすれば逃げられる。でも、声が出せない。
また一歩、ズンと音がなる。何かに支えて欲しかった。ちょうど、誰かの温かさが体に触れる。確認する間もなく、チヤはそれを抱きしめた。
早く、早く逃げないと。あいつからの殺気が尋常じゃない。あれが本物の魔獣なの? ……殺気? 殺気。そう、あいつはボクたちを殺す気だ。だから逃げないと。先生も言っていた。即死だったら死ぬって。そうだ、死んじゃうんだ。殺されるんだ。
一歩、死が近づく。ミノタウロスがゆっくりと巨斧を持ち上げる。体が震える。抱きしめていたものも震えている。どっちが震えているとか、そんなことを考えている余裕なんて無かった。
嫌だ。怖い――。
――――怖い。怖い怖い怖い怖い怖い!
「やだ、や、だぁ」
「あ、ああ……」
牛頭の口が愉悦につりあがった、気がした。
助けて、誰か助けて。
斧が自分とルカ目掛けて、振り下ろされた。
誰か。
「たすけてええっ!」
「いやあぁっ」
目を閉じ、ルカを強く強く抱きしめた。もういっそのこと、ルカだけでも助かってくれたら。
しかし、激痛と衝撃は訪れず、代わりに真上で金属音が耳を劈いた。
思わず見上げる。はじめに目にうつったのは、もう見慣れてしまった大剣が巨斧に激突した瞬間だった。
大剣は持つべき主に持たれてはいなかった。だが、次の瞬間、チヤの視界にその大剣の主が飛び込んでくる。
「おおおああああっ!」
咆哮を上げながら、ユーガが魔獣のわき腹を蹴り上げた。チヤは目を見開かせた。驚くべきことにミノタウロスの巨体が僅かに、本当に僅かにだが宙に浮いたのだ。
蹴りを叩き込んだ本人はそれを逃さんとばかりに未だ空に舞っている相棒を掴み取り。
「ぜえええええい!!」
自分とルカの頭上すれすれを、思い切り通過させた。凄まじい風圧が襲い掛かってくる。
それを出す大剣を叩きつけられた魔獣は、これまた凄まじい勢いで飛び上がり、天井を砕き、跳ね返って床を陥没させた。
その光景に目を丸くさせたが、抱きしめているルカが短く吐いた息で我に返る。
「い、今の内に逃げましょう!」
ルカの発言にチヤは首を上下に勢い良く振ることで同意する。
しかし、ユーガは大剣を構えなおすと信じられない返答をしてきた。
「そうだな。二人は今の内に戻れ」
「なっ!?」
「えぇっ? サ、サカタキくんは!?」
ルカから手を離し、ユーガの服を引っ張る。しかし、少年はじっと前を見据えたままだった。
「俺は奴を倒す」
「む、無茶です! あれは本物の魔獣で……先生もこういう不測の事態に陥ったら絶対に無理するなと……!」
「…………」
「そ、そうだよっ。死んじゃうよ? 逃げようよ!」
必死にユーガを説得する。右手だけじゃ心もとなくなり、両手で彼の服を引っ張った。
「俺は逃げない。もう二度と逃げないと誓った」
そこで初めて小さく振り返ってくれる。漆黒の瞳は、普段通り力強く、そして、鋭かった。
「そして、こんなところで死ぬつもりもない。だから、俺は奴を倒す。奴を倒せた時、俺はもっと強くなれる。こいつは俺が強くなるための、好機だ」
低めの、体の芯に響くような声。だけど、今は、体だけじゃなくて、心にも響いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
信じられません! 口から出そうと思った怒声は、ルカの心の中で止まっている。目の前の少年は、あの魔獣を倒すと言っている。逃げないと言っている。
死ぬかもしれないのに、だ。
確かに自分たちは魔獣どもと殺し合う。今後、このダンジョンで。だが、あのミノタウロスは早過ぎる。奴は空間を引き裂いて出てきた。明らかに異常なのだ。
それでも彼は大剣を構え、奴を見据えている。
「戻るなら急げ。戦わんなら邪魔なだけだ」
ユーガは振り向かずに言った。悔しい。何故彼にこんなことを言われなければならないのだ。邪魔? この自分に向かって邪魔と?
――――そんなこと、自分が一番分かっている。
本当に悔しいのは、腹立たしいのは自分。どれほど良い成績を取ろうが、どれだけ戦闘向きの能力を持とうが、本物の魔獣……本当の殺気を前に、自分は無様に泣き叫ぶしか出来なかった。あまつさえ、彼に助けられた。助けられるしかなかったのだ。
悔しい。こんな思いをするために、今まで努力してきたわけじゃない。
悔しい。足手まといになるために、今まで努力してきたわけじゃない!
「戦います、わたくしも」
一歩前に出る。視線の先のミノタウロスは立ち上がりながら頭をブンブンと左右に振っていた。
すぐ隣のチヤが手甲と脛当てをガシャガシャ鳴らしつつ、ユーガの隣に並ぶ。
「ボクも、戦う。サカタキくんの言う通り、これは好機だし――――助けてもらった恩人をおいてボクだけ逃げたら、ボクはボクを許せなくなっちゃうからね」
普段の幼さの残る口調ではなく、真剣な声だった。
だけれど、チヤと同じ理由だと彼に思われるのは癪だ。自分は助けられるだけだった自分が許せないから戦うのだ。ユーガのためじゃない。
「勘違いなさらないでくださいね。わたくしはあなたのために戦うのではないのです」
「分かっている。死ぬなよ」
死ぬ。その単語を聞いただけで、心臓が痛い。
だが、もう『逃げる』という選択肢はない。ここで死ぬつもりもない。
――やっぱり共感できる。彼は。彼の言葉は。
死ぬことも逃げることもしないなら、奴を倒すしかない。なんて単純で、なんて気持ちの良い。
「おいで、エンロウ」
傍で炎が出現し、即座に狼の姿を取る。ギロリとこちらを睨んでくるミノタウロスに目をやりながら、燃え上がるエンロウの頭を撫でた。
「エンロウ、燃やすのはあいつだけ。噛み千切りなさい」
炎狼が遠吠えを上げる。それを合図にミノタウロスが走り出し、遅れてユーガとチヤが駆け出す。その二人をエンロウが飛び越えていった。
恐怖を拭えたかと言えば、嘘になる。しかし、今はそれ以上に、自分に対する情けなさと怒りが上だ。
――さらに言えば、恐怖を無視できるほど、ミノタウロスへの腹立ちが湧き上がってきている。
わたしにあんな無様な声を出させて……地獄を見せてやります。
二人から見えていないのを確信して、ルカはニヤリと暗い笑みを浮かべた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「斧を持っている左側は俺が行く! ライドウは右から攻めろ!」
「うんっ、わかった!」
「ガァウ!」
ユーガとチヤが左右に分かれる。炎の狼はそんな二人を気にせず真っ直ぐと走り、ミノタウロスの頭に飛び掛った。
魔獣は一瞬黄色だけの目を動かすが、すぐに目の前まで迫ってくるエンロウに視線を定める。
「ブモオオオ!」
斧を眼前の炎目掛けて振り上げた。しかし、それがエンロウを両断することはない。
「おおおお!」
ユーガが大剣をミノタウロスのわき腹に叩きつける。ミシミシと骨がきしむ音が響いた。だが、魔獣は怯むこともなく軌道のずらされた斧をユーガへと振り下ろす。
ユーガは左へ跳んでそれを避け、目標を失った巨斧が地面を砕く。
「よっ、はっ、てやぁっ!」
その隙を逃さんとばかりにチヤが跳び上がり、さらにミノタウロスの左腕を足場にまた跳び、右回し蹴りを振るう。
ユーガとエンロウに気を取られていた魔獣は、その牛頭に蹴りを叩き込まれる。
僅かによろめくミノタウロス。だが、それだけだった。黄の目でチヤを睨むと、宙で無防備になっている獲物に左手を向かわせる。
チヤの表情が強張る。しかし、少女は掴まれる事も無く地面に降り立つことが出来た。すぐさま後ろに飛ぶ。
「ありがと、エンロウ」
魔獣の顔に一撃を見舞い、自らを助けてくれた炎の狼に礼を言うチヤ。対してエンロウは遅れて着地すると鼻を鳴らした。
次いで部屋に金属音が鳴り響く。チヤとエンロウが目を向ければ、魔獣と切り結んでいるユーガの姿があった。
援護に向かうべく走る一人と一匹。しかし、ミノタウロスが出鱈目に巨斧を振り回してそれを阻む。
ユーガも斧の一撃で軽く吹き飛ばされた。
「……力が強く、攻撃も速い。その上タフで皮膚も硬い、か。あまり賢くないのが幸いだな」
大剣を振り回して構えなおす。
「そうですね。ですが、いくらお馬鹿さんだといっても、こちらでの決め手がない以上、ジリ貧になりますよ?」
「…………何故魔術師が前に出ている」
「近くのほうがエンロウの維持と魔術エネルギーの供給がやりやすいんです」
ユーガがすぐ後ろまで来ていたルカを庇うように立つ。その隣にエンロウがゆっくり歩み寄った。
ミノタウロスは先の攻撃でどちらを叩き潰そうか決めあぐねているようだった。
「それで、どうします? わたくしのエンロウは速いですけれど、あれほどの巨体を燃やすとなると取り付いてからさらに時間がかかります。ライドウさんの能力も衝撃倍加ですから決め手には……」
「……突くことが出来れば、倒せる」
「突く?」
魔獣の動きにあわせてジリジリと間合いを離しているチヤが、視線を向けずに声だけ投げる。
同じくミノタウロスを睨んだままユーガが頷いた。
「あぁ。俺の大剣は世辞にも切れ味が良いとは言えない。だから、ミノタウロスの硬い皮膚の前ではただの鈍器になる。しかし、突きは違う。刺すのは尖っていれば切れ味も何も関係が無いからな」
言いながら二人に見せるように大剣を軽く動かす。一瞬だけチヤとルカの視線が大剣の切っ先を捉えた。
「じゃあ、サカタキくんがトドメってことで」
「……だが、問題はどうやって突くかだ。俺がそれを狙うと、奴の斧が止められん」
「確かに。わたくしのエンロウは非力ではありませんが、体型上斧を止めるのは……」
「ボクがやる」
ユーガがチヤへ目をむけ、チヤもまたユーガの瞳を見つめる。しかし、それも一瞬で二人は再度魔獣を見据えた。
「そんな、危険すぎます! やっぱり他の手を」
「大丈夫だよ、ルカちゃん。確かにボクの体は小さいよ。けど、だからって大きいものに勝てないってわけじゃ無いもん」
「そういう問題じゃ……」
「頼む、ライドウ。ヒナモリは左側から攻めてくれ」
ルカが声を上げるより先に、ミノタウロスが動く。狙いは一人だけ少し離れているチヤだった。
即座にユーガも走り出す。
「もう! 本当に勝手な人!」
叫びながら右手を前に振った。合わせてエンロウがユーガの後を追う。
「後ろに飛べ、ライドウ!」
ユーガの声と同時にチヤが後方に飛ぶ。瞬間、チヤのいた場所にミノタウロスの巨斧が通過した。炎の狼が魔獣の左腕に噛み付く。合わせてユーガが大剣で巨斧を下からたたき上げた。
ミノタウロスの腹を隠す障害が無くなり、すかさずチヤが右の拳をそこへ深々と叩き込んだ。その細腕が出したとは思えない衝撃音が魔獣の体から発せられた。
追撃を構えるチヤをミノタウロスが、エンロウを噛み付かせたままの左腕で殴りつける
「エンロウ!」
炎の狼が主の声に従い、振るわれる魔獣の左腕を首の力だけで僅かに持ち上げた。
「あぐっ!?」
それでも魔獣の左腕はチヤの頭を紙一重に捉え、小さな体は地面に叩きつけられる。
最早ミノタウロスは燃え上がる左腕なぞ意に介さず、巨斧を振り上げた。狙いは倒れこむチヤだ。
しかし、その斧は真っ直ぐ振り下ろされることは無く、ミノタウロスの右側から迫った大剣を防ぐことに使われた。
「ちっ、外したか!」
ユーガが繰り出した突きを戻しつつ、大剣を上下に振るう。魔獣も巨斧を激しく動かしてその大剣に激突させた。
「う、く……うあ!?」
「あっ、エンロウ! 炎を弱めて離れなさい!」
魔獣が左腕で立とうとしたチヤを掴み上げる。ルカが慌ててエンロウに指示を飛ばす。炎の狼はミノタウロスの左腕を燃え上がらせる炎を吸い込むと、即座に地面に降り立つ。
「うぐぁ、うあああっ!」
「ライドウ!」
ミノタウロスは左腕の大火傷で力が入らないのか、すぐにチヤを握りつぶすことは無かった。それでも締め上げる握力はチヤの小さな体を押しつぶそうとしている。
ユーガがその束縛からチヤを解放するべく走ろうとするが、ミノタウロスの斧をまともに受け止めてしまい、動きを止められた。
「エンロウ!」
ルカの声に呼応して炎の狼が魔獣の顔に二度目の咬撃を加えた。魔獣のユーガを押さえる力と、チヤを握り締める力が緩くなる。
「ふっ!」
「げほっ、っの、離、せぇっ!」
その機会を二人は逃さなかった。ユーガが斧を弾き上げ、素早く魔獣の左腕へ向かって大剣で関節を叩く。同時に、チヤが自らの体を握る手を右拳で殴りつけた。
大火傷を負った腕への二箇所からの激痛に、魔獣は苦悶の叫びを上げながら開かされた手を引っ込める。代わりに、巨斧がユーガとチヤへ振り下ろされた。
「ちっ!」
「ごほっ……ま、まかせて!」
巨斧を迎え撃とうとしたユーガをチヤが止める。小柄な少女は着地した瞬間にまた跳び上がり、右腕を巨斧に叩きつけた。
「やあああああっ!」
凄まじい轟音が響き渡り、巨斧が勢いを増して元の軌跡を戻っていく。ユーガはそれに目をくれず、大剣の切っ先を魔獣の左胸に捉え、相棒を握る右腕を思い切り後ろへ引っ張った。
「ブモオオオオオ!」
魔獣が巨斧を弾き飛ばされた勢いのまま、左腕を二人に振り下ろす。ユーガが思わず大剣の狙いを変えようとした瞬間。
「わたくしたちを忘れています。あなたはしっかり狙ってください」
太い左腕の影から、炎の狼とそれに跨る少女が現れた。炎は主人を乗せたまま形を変え、ただの炎となって魔獣の左腕に巻きつく。
ルカは燃え上がる魔獣の左腕に右手をぴったりとつけて口を開いた。
「ごめんなさい、エンロウ。ありがとう」
目を見開かせる。刹那、炎が一気に燃え上がり、少女の手にも火傷を負わせながら魔獣の左腕を引き抜いた。
ミノタウロスが叫びを上げる。他の音が一切聞こえない絶叫の中、ユーガの耳にルカの声が届いた。
「良いところをあなたにあげます。外したら許しませんよ!」
ユーガはその言葉に、魔獣を超える叫びで応える。
大剣の切っ先が真っ直ぐに狙った場所へ伸び――――ミノタウロスの左胸を貫いた。
「あは、あはは……ボク、もう動けない」
「わたくしもです。うぅ、手の火傷が痛い……どうしてサカタキくんは回復魔術を覚えてないんですか?」
「……俺は魔術が苦手だと言っただろう。ヒナモリの目、片方青いのは水属性の証じゃないか?」
ミノタウロスがダンジョンの地中に飲み込まれる光景のすぐ近くで、三人は倒れこんでいた。
「回復魔術は自分には使えないんです! それに、エンロウを爆発させちゃったからもうマナがほとんど残ってません!」
「…………それにしてもダンジョンのエサになるっていうのは、ああいうことだったんだな」
「そうだねー」
ルカの視線から逃げるように、ユーガが倒した魔獣の死体があった場所に目を向ける。そこには牛頭についていた二本の角と、同じく持っていた巨斧だけが転がっていた。
「サカタキくん、聞いているんですか?」
「…………すまない」
「え、えっと! ボクたちまだ今回の目的の取ってないよね! どうしよっかっ?」
「どうすると言われても……わたくし、一気にマナを消耗したせいで起き上がれません」
「……血が足りん」
「頭がくらくらするよ?」
流れる沈黙。そんな中、ユーガが突然起き上がった。
「え、ちょ、ちょっとサカタキくん? 寝てないと駄目だよ! サカタキくんが一番重傷なんだから!」
「かといって、目的も達成せずに戻るつもりもないんだろう? ライドウも、ヒナモリも」
「……まぁ、そうですね。しばらくすれば動けるようになると思いますので、とりあえずは」
「だが、時間制限はいつか分からないしな。それに、二人の怪我は俺のせいでもある」
「違うよ! ボクの怪我はボクのせいだよ!」
「そうです。これはわたくし自身が未熟だったせい。あなたのせいにするつもりも、そんなことを言われる筋合いもありません」
ユーガは二人を見下ろして、一度だけ頷いて宝箱に向かう。
「ねぇ! サカタキくんは動かないほうがいいってば!」
「聞いてるんですか、ユーガ・サカタキ!」
少女二人の叫び声と、少年が宝箱をいじる音だけが部屋に響いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………」
いつものように、窓際の自分の席で本を読むユーガ。だが、その内容はほとんど頭に入ってきていない。
今、思考を埋め尽くしているのは、昨日のダンジョンでの一件。
誰かの声に、視界の端にうつったはずの真っ白な何か。そして、空間から出てきたミノタウロス。考えても考えても、答えにたどり着くはずがない。
推測しようにも情報が少なすぎるし、そもそも魔獣が空間から出てきたという状況が異常すぎる。
教師たちには、結局あの時のことは話さなかったので尋ねることも出来ない。
報告をしなかったのは、ルカがそう提案してきたからだ。なんでも、教師の言うことを守らなかったのはかなりのマイナスになるらしい。
彼女の言っていることは半分も理解できなかったが、マイナスの一つに『ダンジョンの出入りが禁止になるかも』というのがあったので、ユーガはルカに従うことにした。
あれだけ素晴らしい修行環境に入れる授業を見学、などということになったら、確かにマイナスに過ぎる。それに、あの声と真っ白な何かを確かめる機会を失うかもしれない。
……今は、考えるだけ無駄だな。結論を出し、再度本に集中する。書かれている内容は、戦闘技術を中心とした『戦い方』だ。他のページには『兵法』という項目もある。
ページをめくろうとして、やめた。本を読むのを止めるためにではない。
いつもの視線を感じたからだ。
パタン、と本を閉じる。同時に、誰かが自分の机のすぐ近くまで歩いてきた。
見上げれば、そこにいたのは二人の女生徒。
一人は黄色の髪を左右に結った見た目が幼い女の子で、頬を少し赤くさせてニコニコと笑顔を浮かべている。
もう一人は赤にも緑にも見える不思議な金髪を腰まで真っ直ぐ伸ばし、金と蒼のオッドアイが印象的な少女。こちらのほうは顔を真っ赤にさせて、視線を窓の外へ向けていた。
「サカタキくん」
「なんだ?」
「えっとね、ほら、ルカちゃんも一緒に言って!」
「わ、分かってます……」
一体何を言おうとしているのか。ユーガが首をかしげると、少女二人が声を揃えて言ってきた。
「お友達になってください!」
「…………なって、ください」
しかし、方や元気の良い声で、方や消え入るような声だった。もうルカなど頭から湯気が出そうなほど真っ赤になって俯いている。といっても、ユーガは座っているので顔は見えるわけだが。
すぐ返事をしなかったからか、チヤが表情に不安の色を浮かべてくる。ルカも心なしかチラチラとこちらを伺ってきた。
そんな二人を見て、ユーガは小さく微笑みを浮かべる。
「俺でよければ」
『初めてのダンジョン・終』
長い長いお話を最後まで読んでいただきありがとうございます!
いやー、ほんっと、長い!
視点をそれぞれ区切りながらやろうとしたらめっちゃ長く…。
もし「ここ分かりにくいぞ、馬鹿めが!」というのがありましたらぜひ。コヅツミはこの作品に書きたい要素を一杯詰め込むつもりで、さらに言えばちょっとした書き方にも注意してみようかなと。
そのせい、というか、コヅツミの力量不足が原因ですが、この作品。
文章の基本を守ってない部分があります。多々。
…まぁそれは前作でもいえたことですけどね。でもいいじゃないですか!なんかアニメっぽく書きたいなとかおもってるんですよ!
ごめんなさいコヅツミが文才ないだけですごめんなさい!
えー、まぁこんな駄目作者が書いた駄作ですが、楽しんでいただければ幸いです。
あ、あと、これ前中後と三部構成になっておりますが、別段それにこだわるつもりはございません。一話だけで終わるお話も考えております。ただ今回たまたま、コヅツミの悪い癖の説明過多が出てしまい、プロローグ、初めてのダンジョンがかなり長くなってるだけでございます。面目ないです。
文字を一杯かきゃいいってもんじゃないんだよ!
と罵声をどうぞこの駄目作者に存分に…。
え?気にするな?やったぁ!なんて優しいお方たちなんでしょう!
ごめんなさいごめんなさい長い文章書き上げてテンションが上がってるんです。
えー…こほん。で、では今後とも楽しんでいただければ幸いです!また次回!
追記
本当なら前中後と一気に投稿したかった…!しかし、何故か後を投稿しようとしたらコヅツミの行動範囲内全てのネットが使えなくなったという意味の分からない事態に陥ってできませんでした…。
後一つというところで問題が起きるなんて空気読めというか空気読んでいるというか…。