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ウラディミル先生に呼ばれた男子生徒が前に出る。幸い今の並び順は出席番号順ではないので、ルカは最前列でこれから行われる能力の展覧会を間近で見ることが出来た。
他人の能力などにはあまり興味はないが、知っておいて損はない。色々な意味で。
「おれの能力は肉体強化系っす」
先生の前で止まった出席番号一番の生徒が言う。もっとも、その男子生徒が肉体系のどっちかというのは分かりきっていたことだが。
というのも、肉体強化系や肉体変化系の能力者は体の成長が著しいからだ。もちろん個人差もあるが、大抵は身長が高かったり体が大きかったり筋肉質だったりする。ルカとしてはあまり好みではない。
対して精神変化系、神経強化系は精神が早熟と言われているし、内外干渉系に関しては性格にクセがあるものが多い……らしい。
らしい、というのは認めたくないからだ。かく言う自分も、少々特殊な能力ではあるが系統は内部干渉系。
わたしの性格のどこにクセがあるというんでしょう。失礼です。誰に向けるでもない抗議の声を心の中でつぶやく。
ともあれ、その者の能力というのはどんな系統かくらいはある程度推測できるのだ。
つまり、この見た目筋肉質でいかにも体育会系な出席番号一番の男子生徒は相当少数派でなければ見た目どおりの肉体強化系か肉体変化系と予想できたわけだ。
「ふむ、よし。いいぞ。次の生徒!」
なんていうことを考えている内に終わってしまった。まぁ出席番号一番の生徒はもう系統は分かったので問題はない。
なにやらウラディミル先生の足元に砕かれた板のようなものがあるが、別に気になったりはしていない。
そういえばあの失礼な男は何の能力なのだろうか。いや、彼の順番になれば否応にも分かるものだが。
見た感じ肉体系ではあると思われる。身長は百六十ちょっとの自分よりかなり高いし、体つきもがっしりしている……ように見える。こっちはいつも黒の長袖やらをつけているので見ようがない。
だが、毎日本ばかり読んでいるし、普段からものすごく落ち着いているので神経系の可能性も捨てきれない。
もしかしたら魔術師に向いた能力者なのかも。体つきならまだしも身長だけでは肉体系か判断するには早計過ぎる。
それにあの瞳の力強さ。あれはあまり頭の良くなさそうな肉体強化系や肉体変化系には出せそうにない感じの……まぁ、つまり、少し知的そうな雰囲気ももっていたし。
「よし、じゃあ、次。出席番号七番」
ウラディミル先生の言葉で我に返った。
七番!? も、もうそんなに進んでしまったんですか!? 内心で愕然としつつ迂闊な自分を恥じる。
考えに没頭してクラスメイトの能力把握を怠るとは。中等部の頃では考えられないミスだ。
しかし、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。気を取り直して出席番号七番からしっかり見ることにしよう。
と、思ったのだが、出席番号七番の男子生徒が中々出てこない。
痺れを切らしたウラディミル先生が再度呼ぶ。
「出席番号七番! ユーガ・サカタキ! 居ないのか?」
二度目の呼び出しで、やっと一人の男子生徒が前に出てきた。ルカは思わず息を呑む。
所々が纏まって尖がっている黒髪に、黒の長袖。そして、力強い黒の瞳。
あの失礼な少年だった。
「ユーガ、おまえね、一回で出て来いよな」
「……はい、すみません」
ウラディミル先生の呆れの声に失礼なユーガは頭を下げる。ここからでは声があまり聞こえない。
「じゃ、早速能力みせてくれ。系統は?」
「肉体、変化系です……」
どうやら彼は肉体系だったようだ。少し意外に思ったが、次の彼の行動で納得が行くと同時に、顔が熱を持った。
「…………」
ユーガは黒の長袖のすそをつかむや否や、何の躊躇もなく一気に上着を脱いだ。
無駄なく引き締まった肉体。確かに、彼は紛れもなく戦士向けの肉体変化系能力者だと思った。
女生徒から悲鳴が上がる。しかし、ルカには分かっていた。その悲鳴がどんな色を含んでいるのかを。なぜなら自分も今思わず口から出そうだったからだ。
「お前ね、もうちょっとさ」
「……何か?」
ウラディミル先生の二度目の呆れの声もなんのその、ユーガは首を傾げてみせる。
まさか失礼なだけじゃなく変態だったなんてありえません。それにしても男性の裸ははじめてみましたが意外とキ……はっ!? いえいえ、そうじゃなくて!
危うく混乱に陥って何とか無表情のまま固まらせている顔を変えてしまうところだった。
ともかく、今は能力を確認することに集中しなければ。そう、別に見たいから見ているわけではないのだ。仕方なくなのだ。
「……」
ユーガが左手を頭の位置まで持っていき、その手を睨む。変化はすぐに起こった。
彼の左腕がどんどん黒く変色していく。そのまま皮膚がうごめき、何かが軋むような音と折れたような音がいくつも重なる。
一際大きな音が響く。彼が睨む自らの左手は、もう人間のそれではなかった。
真っ黒なガントレット。肘からは鋭利な棘が伸びていて、爪も鋭く尖っている。ユーガの左肩から先は、漆黒の鎧を連想させた。
「ほぉ、鎧装変化か。肉体変化系でも中々見ないタイプだな。しかもこれ元々の腕より太くなってねーか? こんな能力も」
「先生、もうよろしいですか?」
「ん? まぁまてって。一応能力の密度も測るからよ」
「いえ……俺には必要ありません」
言い終わると同時にユーガは左手を握り締め、肩から先の漆黒の鎧を文字通り霧散させた。ウラディミル先生の声を無視し、服を着ながらクラスメイトの群れへと戻ってくる。
驚いた。今の行動にももちろん驚いたが、それ以上に驚いたのは彼の表情だった。
この一週間、まったくといって良いほど無表情だった彼が、明らかに不機嫌……というか、嫌悪感をあらわにしていたのだ。ふざけあっていた男子が転んで彼の机の中身をばら撒いたときも、女生徒が誤って彼に飲み物をひっかけたときも、怒るどころか相手を安心させるような声をかけていた彼が。
変化を解いた左手を睨み、嫌そうに顔を顰めている。
不思議だと思った。自らの能力を不満に思う者は居るが、嫌悪を抱く者はまずいない。突き詰めればそれは自己の否定でしかないからだ。
それに、彼の能力は特に悪いものでもないと思う。何故あんなに嫌そうな顔をするのか。ルカには分からなかった。
そういえば能力の系統は遺伝である程度似通ってくると聞いたことがある。もしかしたら親御さんか先祖に嫌いな人がいるかもしれない。
……なわけないですよね。内心で苦笑する。大体似通ってくるというのもただの噂で、能力自体も完全に究明できているわけではないのだし、信憑性は低い。
そもそも、それでも能力は本人の心から生まれるのだから、本人が嫌がる形のものが発現するとは考えられない。
「――二十七番! ルカ・ヒナモリ!」
「!? は、はいっ!」
しまった。考えに没頭しすぎた。というか、いつの間に女子の番に。
なんだか最近調子が狂ってますね……。あえて理由を考えないようにし、内心でため息をつく。
幸い誰にも声が少し裏返ったのは気づかれていないようだ。怪しまれる前にルカは前に足を進めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
能力を見せ終わった黒髪の少年がクラスメイトの中にまぎれていく様を、チヤはじっとみつめている。
今しがた見せていた鍛えられた体は、その少年が今までどれほどの努力を積み重ねてきたのかがよく分かった。
同じクラスの男子生徒――ユーガ・サカタキ。
彼を目で追うようになったのはいつからだったか。入学してからはユーガのことすら知らなかったのに。
一番印象に残っているのは廊下ですれ違った時だ。何故だろう。
見た目はちょっと怖いけど、悪い人には見えない。実際、この三日間、彼は自分の机の中身をばら撒かれようが、まちがってジュースをひっかけられようが文句の一つも言わなかった。……本当は怒ってたのかもしれないけど。
とにかく、チヤは彼のことが気になった。
話しかけようとしても、何やら見えない障壁のようなものがあって中々近づけないし、上手く声をかけられたとしても一体なんの話題を出したら良いのだろうか。
そもそも自分はあまりお喋りが得意じゃない。話したいことはいっぱいあるのだが、いかんせん言葉を上手く並べられないのだ。
やっぱり無理かな。
ため息が口から漏れるより早く、頭の中で彼の嫌そうな顔がよぎる。
そうだ。ずっと見てきて、彼の表情が変わったのが、今さっきの嫌な顔だけ。この五日間、ユーガの笑顔は見たことが無い。なのに、嫌そうな顔だけ見た。
……もったいない。そうだよ、笑ったらきっともっと楽しいのに!
ぐっと握りこぶしを作り、チヤは誓った。絶対にユーガに笑顔を出させて見せる! と。
「!? は、はいっ!」
隣に立つルカが急に大声を出した。思わずチヤも肩が飛び上がる。
こちらが見上げるより前に、ルカは前へと足を運んでいた。そういえば今は『のうりょくじっしゅう』の授業中だった。
いつの間に女子の番になったのだろうか。
「わたくしの能力は『内部干渉系』ですわ」
先生の前で立ち止まったルカが告げる。同じ干渉系統なことがちょっと嬉しい。といっても、自分の能力は『外部干渉系』で、右手で触ったものへの衝撃を『倍加』させる能力なので、ルカの『自分自身』へ干渉する『内部干渉系』とは方向が全然違うわけだが。
「よし、じゃあ見せてみろ」
「はい」
頷いて、ルカが短く何かを紡ぐ。小さな声だったのでなんと言っているのかは分からなかった。
「おいで、エンロウ」
瞬間、ルカのすぐ側で炎が燃え上がる。炎は消えることなく形を作っていき、それが何なのかはすぐに分かることとなった。
「出てきてくれてありがとう、エンロウ」
「ほほー、『擬似意思付与』か。こりゃまた珍しいな……形まで出来るとは」
先生が何か難しいことを言っているが、チヤはそれどころじゃない。
その炎は明らかに犬の形をしていた。大型犬ほどだろうか。燃え上がる赤い毛並みは揺らめいて輝き、四肢はしっかりと地面を踏みしめ、その顔は孤高の気高さを感じさせる。
「すごい……わんちゃんだぁ」
思わず口から出た。と、突然、炎のわんちゃんがギンッとこちらを睨みつけてくる。
また口から出た。悲鳴が。
「あ、ごめんなさい、ライドウさん。この子、犬と言われると怒るのです……エンロウ、睨んでは駄目よ」
そう言って押さえるように炎のわんちゃ……エンロウの頭を撫でるルカ。熱くないのだろうか。
エンロウは撫でられながら「今回は主に免じて許してやろう。しかし、次は無いと思え」と目で語りかけてくる。
「う、うん。ごめんね、エンロウ」
頭を下げてみたが、エンロウはふんと鼻を鳴らして消え去ってしまった。
「ははは、嫌われたみてーだな。ヒナモリ、見事だったぞ。よし、次!」
笑う先生が次の生徒を呼ぶ。こっちとしては笑い事じゃない。
大好きなのになぁ……わんちゃん。
がっくりと肩を落としていると、ルカが「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
彼は知らない。得られる絆のことを。
彼女たちは知らない。その感情の行方を。
三人は知らない。この先に、かけがえの無い出会いが待っていることを。
物語は、始まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
はい、こんな長いプロローグを読んでくださってありがとうございます!
つーか、本気で長いですね…。なんというグダグダ感満載。
しかもサブタイトルでなんか頑張った感がありありとってやつですね。微妙にずれてますが…、ま、まぁたまにはこういうのがあってもいいですよね!
あとこの作品、コヅツミが書きたい要素をこれでもかってくらい入れていくつもりなんですよ。なので今後ともキーワードが増えたり減ったりする可能性大です。
というわけで、頑張ります。…し、しばらくは多分この作品に走ったりするかもです。大変ごめんなさい。
で、ではではっ!