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 入学式から一週間。

 毎日顔を突き合わせたからか、はたまた一日休みを挟んだことで落ち着いたのか、男女の間にある空気は緩やかなものになっており、お互い挨拶は交わせる程度に慣れてきていた。

 ルカとチヤもこの一週間で変わったことがある。

 チヤはその人懐っこく分け隔てない性格で男女共に友人が増え、今も男子と女子に挟まれてころころと笑顔を振りまいていた。その人気たるや、男子女子共に彼女を間に置けば緊張することなく話せると思わせるほどだった。

 そして、そんなチヤ以上にクラスの皆から愛されているのがルカである。

 この一週間で彼女の――おもに男子からの――人気はまさにうなぎ上りで、このクラスだけではなく他のクラスからも彼女を一目見ようと教室の前に人だかりが出来る勢いだった。

 ある者たちはルカに勉強を習い、ある者たちは何がしかの相談をし、ある者たちはその可憐な姿を見ようと近づく。

 さらにルカとチヤはルームメイトということもあり、普段から連れ立って行動することが多い。それが拍車をかけ、二人の周囲にはいつも人が集まっていた。

 これがこの一週間での大きな変化であり、ルカとチヤにとって唯一の変化だった。


 しかし、変わらない事もある。


 八列並ぶ席の一番左上に座る彼は、いつものように机の上に広げた本を黙々と読み続けていた。 

 本へと向ける瞳の力強さも変わってはいない。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 高等部に入学して一週間がたった。が、今のところ初等部や中等部で習ったものの復習をしているだけなので、あまりその実感は無い。

 もっと実戦的なことをするかと思っていたが……。思い、バラキン教師の言葉が頭に浮かび上がった。

 『はっはっは、一学期だけ我慢しな。二学期から泣いて喜ぶくらい忙しくなるぞ?』。

 確かそんなことを言っていた気がする。そのままの意味ならもう少し我慢しよう。それに予習はするなとは言われてないのだから、教材を先に読んでおくのもいい。

 そんなことを考えていると、どこからか視線を感じた。

 またか。内心ため息をつく。ここ一週間で唯一変わったことと言えば、じっと自分を見つめてくる視線だ。それも、二つ。

 一つ目は入学式の次の日からずっとで、二つ目は恐らく三日前から――つまり途中からだ。

 二つ目はまぁ良い。特に悪意も感じないし、ただ見られているだけのようだから。

 しかし、問題は二つ目だ。どことなく敵意……いや、監視、だろうか? ともかく友好的な感情を感じない。

 だが、誰かから恨みを買うようなことはしていない。とはいえ、実際そういう視線を送られているのだから、何がしか視線の主の気に触ることをしたのだろう。

 とりあえず敵意を向ける理由を聞こうにも、こちらが少しでも動く素振りを見せれば視線は二つとも即座に外れてしまうし、周囲を見回しても誰も自分を見ていない。

 視線自体が気のせいと片付けても良いのだが、毎日見られているのでそれも難しい。魔術を行使すれば見てくる人物を特定できないことも無いが、無条件に使用を許可されている学園内とは言え、授業以外で使えば罰せられてしまう。

 こうなれば仕方なし。実害があるわけでもないので様子見といこう。そんなことより問題なのは、今日の授業だ。

 今日一日は憂鬱になるな。とユーガは顔をしかめた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 『能力』とは。

 今から四百年前、突然にして人類が手に入れた超常の力のこと。それらの力はさらにその百年前に突如として現れた『人外、魔獣、悪魔、異形、モンスター』に対抗できる唯一の力だった。

 どんな人間にも生を受けて十年目に発現し、一人につき必ず一つ。似たようなものはあれど、同じものは全くないことから、その人物の『個性』と取られる事が多い。

 また、『能力』は大別して五つの系統に分けられる。

 『強化系』、『変化系』、『干渉系』、『空間系』、『絶対系』だ。


 一つ目の『強化系』が発現するのは最も多くそして一番安定した能力であり、文字通り『肉体』もしくは『神経』を強化する。


 二つ目『変化系』。こちらは『強化系』に続き二番目に能力者が多い。『肉体』を異形の形に変化させたり、『精神』を変質させたりする能力で、唯一性別によって違いが出る。『肉体変化系』は男性にしか現れず、逆に『精神変化系』は女性にのみ発現される。


 『干渉系』は先の二つと違って『自身』だけでなく『外部』に『干渉』できる能力がある。こちらの能力者は能力同様『性格にクセがある』。


 次に『空間系』。この系統の能力者は非常に少なく、他の能力と比べ凄まじい力を持つ能力だ。が、他の能力と違い、『限定的』な効果しか持っていない。内別として『空間操作系』、『空間干渉系』という呼称がある。


 最後、『絶対系』の能力。正確にはこの『能力』に目覚めた者は居ないとされていた。いわゆる、『噂』である。

 しかし、四百年前の人類の反撃は『絶対系』の能力に目覚めた三人の英雄が居たからだとされており、結果、人々はその三人の能力を『絶対系』と呼ぶようになったというわけだ。

 なので、この『絶対系』という言葉ですら正確な名称ではない。


 これらが能力の概要である。

 また、能力に目覚めた場合、体内では何らかの急激な変化、または成長、もしくは進化が行われており、それらの要素に心と体が耐え切れなくなった時、『暴走』が起こる。

 この暴走は発現した十歳から十五歳のうちに頻発する可能性があるため、能力に目覚めた子供たちは能力の発現を抑える『封印具』を施された後、完全な男女別の全寮制の学園に通う必要がある。

 男女別にされ、さらには家族とも引き離される理由は、その年齢の子供に訪れる思春期と反抗期にあった。

 能力の暴走とはつまり心の爆発であり、思春期から急速に意識しだす『恋愛』はその心に多方面から衝撃を与え、反抗期は下手をすれば……。

 無論、それを政府が発表した当時は反発もあった。しかし、この四百年の歴史で恋愛が暴走を引き起こす可能性が高いのは研究されており、家族間の能力による戦闘も多々あったため、現在の制度は比較的あっさりと確立された。

 十五を超えれば能力が体に馴染むのか、暴走することはほとんど無い。



 このことから、一年D組の生徒――否、高等部に入学したばかりの一年生は、『封印具』無しで能力を行使するのは、今回の授業で人生初であった。


「よーし、全員あつまってるなぁ?」


 ウラディミルが目の前に並ぶ三十九名の生徒を目をやる。今彼らが集まっているのは校舎前の広大なグラウンドだ。


「そんじゃ、早速『能力実技』の授業を……」

「あの……先生」


 出席簿をめくろうとするウラディミルに、一人の女生徒が手を挙げた。緑の髪を巻き毛にした少しだけ目元がつり上げっている少女だ。


「なんだ?」

「その、能力の実技って能力使うんですよね? こんな……大丈夫なんですか?」


 女生徒の不安は主だった生徒も感じているらしい。無理も無い。『能力』によっては遠距離のタイプもあるだろうし、何より生徒の中には能力に『個性』を強く意識しているものもおり、その生徒たちにとっては不特定多数の人間に『能力』を見られるのは気持ちの良いものではない。


「あぁ、言いたい事は分かる。少し待っていろ」


 ウラディミルが生徒たちの顔を見回し苦笑し、言うや否や人差し指を地面に向けた。

 指の先から緑色に光る一筋の魔力線が真っ直ぐに伸び、グラウンドに突き刺さる。


「教員登録番号三十二番『ウラディミル・バラキン』」


 言いながら指をすっと横に動かした。人差し指から伸びる緑色の光の線もあわせて動く。

 瞬間、地面に小さな正方形の穴があき、中から銀色の何かが飛び出してきた。思わず身構える生徒たち。


「そ、それは?」

「これはなぁ……先生たちにしか使えない特別な魔術機械だ」


 その口調は要約したというよりも、面倒くさがっているそれ。

 尋ねた生徒が不満げな表情になるのも気にせず、ウラディミルは飛び出してきた長方形の機械に手を乗せ、かなりの数のボタンを次々に押していった。


「…………よし、っと」


 ウラディミルが大きめなボタンを押す。力が入ったのか小気味良い音が響いた。

 刹那、明らかな変化が起こる。

 魔術機械から真っ白な光が発せられ、それはドーム状に大きくなった。あっという間にウラディミルと生徒たちを飲み込んだと思うと、グラウンド丸々を包み込む。

 生徒たちが自分たちを飲み込んだドーム状の何かを見上げる。戸惑いの声がちらほらと上がった。


「これはな、一種の結界だ。先生たちは『別離結界』って呼んでる」


 ウラディミルに視線が集まる。一年D組を担当する教師は魔術機械を右手で軽く叩いていた。


「このグラウンドにはこれと同じ魔能科学の機械が五つあってな、この魔術機械が作り出す『別離結界』の中はいわゆる『異次元』というやつだ」


 そこで一端言葉を切り、魔術機械に乗せた右手を高く振り上げる。


「『トルネード・ランス』」


 言葉の終わりと同時に、ウラディミルの開いた右手から竜巻が発生した。グラウンドの土が埃となって舞い上がり、生徒たちに風圧を贈る。

 竜巻は真っ直ぐ上昇し、真っ白な膜にぶつかると霧散して消えた。


「こんな感じでな。この結界の中からは何も出られんし、逆に結界の外からも中には入れん。先も言ったとおり、この中は『異次元』だ。お前らも多分見たことあるとおもうんだが、他のクラスがいきなりグラウンドから消えたりしてなかったか?」


 尋ねるウラディミルの声には、確信がこもっている。事実、生徒たちは自分たちの前にこの『能力実習』の授業を行った生徒たちがいつの間にか消えていたのを何名かは目撃していた。


「ま、正確には『異次元』じゃないんだが……んな細けぇことはどうでもいいか。さっさと授業はじめるぞ」


 生徒たちが授業前にウラディミルから説明された授業の狙いは二つ。

 封印具無しでの能力開放に慣れる事と、封印具使用時――つまり中等部で――の能力との比較及び確認だ。


「よし、んじゃあ、出席番号順にすっか。変化系の男子は服やぶかねーようにしろよ」


 出席簿を開き頭をぼりぼりと掻きながら、そのまま出席番号一番の名前を読み上げた。


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