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 授業が終わり、寮に戻ったルカは二段ベッドの下段に倒れこんだ。視界に入ってくるのは衣類や生活品が詰め込まれている沢山の箱。早々に片付けないといけないのだが、面倒くさい。

 自分のこんな姿、他の人には見せられませんね。思いつつもベッドから体を起こさない。今この部屋に居るのはルカ一人なので少しくらいはだらけたい。

 学校のすぐ隣に建てられたこの女子寮は本来二人一部屋なのだが、やはり大半の生徒は五年振りの家族と共に実家で過ごしたいらしい。

 ルカも比較的家が近いのでそこから通えないことも無いのだが、実家はどうにも息が詰まる。それに、戻ったところで両親と顔をあわせることはほとんどないだろう。

 どうせ仕事が忙しくてあまり褒めてももらえないでしょうし。枕に顔を埋める。新入生のために洗濯でもしてくれたのだろうか、花の香りを模した洗剤の匂いがした。

 自分は思ったより疲れているらしい。一日中同じ科目も予想以上に骨が折れたが、疲労の原因は主に心に受けた衝撃だろう。


 頭に浮かぶのは、あの黒髪の少年。


 今まで生きてきて、無視なんてはじめてされた。誰もが自分に憧れ、敬い、愛してくれた。そのための努力も惜しまなかった。あまり広くないこの部屋を、さらに狭くしている箱の数々も、中には勉強道具や大量の本が詰まっているものもある。もちろん自らが美しくあることも忘れない。

 確かに、そんな努力を察しろなんてことは言えない。むしろ察しないで欲しい。自分は他人にとって完璧な人間であらねばならない。

 しかし、それ以前にあの少年はルカを無視した。微笑んだのに、何も返してくれずに無視した。なんて失礼な人なのだろう。

 その時のことをまた思い出す。だが、今回は怒りが再燃することはなかった。


「……嫌われて、いるんでしょうか……」


 ぽつりと呟く。それは枕に染み込んでしまい、部屋には静寂が漂ったままだ。キンと耳にあたる静けさが痛い。いっそのこと眠ってしまおうかと思った。

 と、その静寂を壊すように、ノックの音がドアから響く。呟きと今の状態のこともあり、ルカは思わず飛び上がった。 

 ベッドから降りて身だしなみを整え、ドアに近づく。こんな時間に誰だろうか。晩御飯の誘いにしてもほとんどの一年生は家に帰っているはずで、かといって上級生に知り合いは居ない。まさか男子ということはあるまい。ここの寮監がきつく男子禁制と言い渡していたのだし。


「はい」


 返事をしながらドアを開ける。視界に入ったのはピコピコとツインテールを動かす黄髪の頭。

 視線を下へと動かせば、相変わらず十六歳に見えないチヤが居た。大きなダッフルバッグを左肩に引っ掛け、恥ずかしげな笑みを浮かべている。


「どうしたのですか?」


 尋ねながらもルカは少し驚いていた。確かに彼女とは中等部の頃も何度か会話をしたことがあるが、お互い部屋を訪ねたり共に出かけたりとはしたことがない。

 一体何のようなのでしょう? 首をかしげつつルカはチヤの言葉を待った。


「その……ボク、ここで一緒に住んでも良い?」


 そして、不覚にもルカは目を丸くさせた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「えぇと、理由を聞いてもよろしいですか?」


 小さなテーブルを挟んで向かい合うように座った後、ルカが口を開いた。教室でも思ったけど、すごく可愛い。困惑している表情も様になっているというのはすごいと思う。


「んとね、本当ならボク、別の人と寮の部屋を使うことになってたんだけど……」


 多分この寮に一年生は自分と目の前のルカの二人しか居ないと思う。しんせいとやらをしておけば寮の部屋が使えるはずだったのだが、一緒に使うことになっていたいわゆるルームメイトの女の子が今日になって急に実家から通うと言い出したのだ。

 まぁその時は「そうだね、家族と一緒に過ごしたいよね」と軽く言ったのだが、その後が問題だった。

 何と一年生はほとんど実家から通うらしいのだ。これにはチヤも困った。一人だと寂しい。

 どうしたものかと悩んでいると寮監から上級生たちが一年生の空いた部屋を一人ずつで使いたいらしいと聞かされた。

 また困った。となれば自分が一人だけ部屋を使うのは難しくなる。だが、実家から通うのは遠すぎる。もしかしたら心の広い上級生の同室でいいよなんて言ってくれるかもしれないが……。

 と悩んでいるところに、一人の美少女が寮の中に入っていくのを目撃した。顔を忘れるわけが無い。何故ならその美少女は同じクラスで席も隣同士だからだ。まさに肥溜めの鶴!(だったっけ?)。すぐさま使う予定だった部屋から自分のものを持ち、その足でここまで来た。


「……と、いうわけなんだけど……ダメ?」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「……と、いうわけなんだけど……ダメ?」


 話し終わったチヤが上目遣いで覗き込んでくる。ルカは無意識のうちに出そうになった右手を押さえ、微笑みを浮かべた。


「いいえ、かまいませんよ」

「ほんとっ!? やったあっ、ありがとー!」


 チヤが満面の笑みを浮かべて両手を振り上げる。

 彼女の言うことが本当なら、危うくルカも上級生と同室になるところだったのだ。礼を言うのはこちらだろう。

 もちろん自分の頭脳と美しさと心遣いを駆使すればどんな上級生でも虜にすることができる。だが、どうせなら同級生……しかも可愛げのある子のほうがいいだろう。もっとも、ここでチヤの頼みを断ることは出来ないのだが。

 もし断った場合、悪い噂が立つ可能性があるからだ。自分の評判に『優しい』が入っているルカにとって、ここで断る選択肢が存在するわけが無い。


「えっと、では、改めまして」


 言いながらチヤが居住まいを正す。正座をしてそのまま深々と頭を下げた。


「チヤ・ライドウといいます。これからよろしくおねがいします」


 幼すぎる声に似合わない口調。ルカも慌てずに同じく座りなおして頭を下げる。


「ルカ・ヒナモリと申します。至らぬ点もありましょうが、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 頭を上げればちょうどチヤも同じく顔を見せているところだった。「えへへ」と笑うチヤを見て、ルカも自然と微笑みが浮かんだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 校舎を跨いで女子寮の反対側。男子寮。

 女子寮と違ってどこと無く古めかしい雰囲気を持つ建物は、中の生徒たちの笑い声や騒ぎ声を漏らしている。


 その建物の一室を、彼、ユーガ・サカタキは使っていた。

 部屋とは思えないほど色々な物が散乱していて、壁に密着する棚には所狭しと箱が積み上げられている。

 事実、ここは物置部屋であった。

 本来ならば寮の部屋は二人一組で使うのだが、一年生はユーガ以外の全員が実家に帰ってしまい、かつ上級生が一年生の空いた部屋を使うと寮監に言い出したため、たった一人残ったユーガはこの物置に押し込まれたというわけだ。

 最初は人一人が寝るのも難しかった部屋だが、ユーガはそれらを全て片付け、三人ほどなら横になれるだろうスペースを確保していた。


「……さて……」


 ユーガが呟き、テーブル代わりにしている箱をどかして上着を脱ぐ。黒の長袖の下には何も着ておらず、無駄なく鍛え上げられた肉体が現れた。

 床に両手をつき、足を伸ばして体を上下に動かす。つまり腕立て伏せだ。一度も速度を落とさず、何度も体を上下させる。

 三桁を超えた辺りで、左腕を腰の上に乗せた。それを右腕、左腕、右腕と繰り返す。


 部屋の温度が上昇する。ユーガはそれが一区切りと見たらしく、立ち上がって壁に無造作に立てかけてあった剣を握り締める。

 ぱっと見ても二メートルを超えるそれは今は亡きユーガの父の形見だった。柄の上の左右に伸びる短い棒と剣身の間に革で包まれた部分がある。

 大きすぎるためかその剣の周りには鞘のようなものが無く、常に抜き身の状態だった。

 ユーガはまるで重さなど感じないかのようにそれを持ち上げ、狭い部屋の中、周囲のものにぶつからぬ様歩いて部屋を出る。


 上半身裸のまま廊下を進み、裏口から外へと足を踏み出した。

 そこは芝生だけが広がっており、ちょっとした庭になっている。空を見上げればこの『第六都市エンヨウ』を覆う半透明の結界の先で星が煌いていた。

 ユーガは再度足を前に出し、庭の真ん中辺りで立ち止まる。寮の裏口の電灯や四階まである部屋の明かりで庭は照らされていた。


「……しっ!」


 ユーガが右手に持った剣を水平に振る。左に薙いだ瞬間、風を切る音と空気を殴打したような音が同時に響いた。

 そのまま両手で持ち今度は右へ振り切る。次に切り上げ、そして振り下ろし。長すぎる剣身は地面と激突することは無かったが、切っ先を中心に芝生が円状に広がった。


「…………」


 ゆっくりと剣を持ち上げ、目の前で垂直に立たせる。

 ユーガは目を瞑り、深く深く息を吸い込む。


「ふっ」


 瞳を見開かせ、肺に溜まった息を短く吐く。

 瞬間、ユーガの手に持つ剣が姿を消した。同時にいくつもの銀光の筋がユーガの周りを煌かせる。

 突然光の筋が消え、代わりに剣がまた姿を現した。

 ユーガは足を軽く開き左肩を前に向けながら、剣を自分の顔と同じ位置まで持ち上げている。右手が柄の上を、左手が下を持っているせいで両腕が交差しているような状態だ。

 姿を現した剣は持ち主に水平にされ、切っ先は真っ直ぐ前方を貫いている。


「……もっと、強く……」


 呟き、次は舞いに移った。



 そんなユーガを寮に住む上級生たちが窓から見下ろしている。


「あいつは高等部に上がってもこれか」

「中等部を卒業してからは見られなくなったけど」

「やっぱいい暇つぶしになるよなぁ」


 毎日の日課が中等部からの先輩たちの暇つぶしになっていることなど、彼は知る由も無く。


「しかし、しばらく見ない間に太刀筋もよくなったんじゃね?」

「そうだなぁ……そういや、あいつの流派ってなんだ?」

「我流なんじゃね?」

「あの完成度でか?」

「……それはいいんだが、なんで上半身裸なんだろうな」

「きもちいいんだろ」


 そして、その観客に密かに評価を下されてることも、もちろん知るわけがなかった。


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