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指定魔獣・道中

 やはり初日からは急ぎすぎたか。ダンジョンの石がはめ込まれただけの通路を眺めて思う。

 もう少し購買部での道具や武器防具を揃えてからのほうが確実だったかもしれない。もっとも、それはユーガ自身ではなく、こうしてダンジョンに付き合ってくれた同じパーティの仲間たちを指してのことだ。

 自由に出入りできるようになった格好の修行場には以前から心惹かれていた。早すぎて困ることなどない。


「……さて、まずは指定魔獣を探してみるか」

 

 何事も目標があるに越したことはない。

 特に問いではなかったが、後ろを歩くルカが声を返してきた。


「Fランク指定魔獣『ジャイアント・クレイジーウルフ』。巨大な狼型の魔獣らしいですね。クレイジーウルフの突然変異ではと考えられているそうです。今居る第一ダンジョン『石路(せきろ)』の二階以上で出現するとありますね」


 何故そんなに分かるのかと振り返れば、ルカはカードから映像を出していて、そこにある文章を読んでいたらしい。

 こちらの視線に気づき、少しの呆れを含ませた表情で答えた。


「指定魔獣討伐に登録すれば、カードから情報が見られますよ」


 見てください、と促される。ズボンの後ろポケットからカードを取り出して見れば、なるほど、裏の右側に今までは無かった文字が書かれていた。

 『指定魔獣』。押すと左側に今回の目標であるだろう魔獣の絵が表示される。といっても、真っ黒な影だけなので、どんな見た目をしているかは分からない。

 そのシルエットの下には、今ルカが言ったことがそのまま書かれていた。


「どんな姿かは想像するか、自分たちの目で見ろ……ってことだね」


 レイがカードを右手でくるくる回しながら言う。チヤはその様子をどこか感心したような表情で見ていた。


「らしいな。なら、まずは二階の階段から探すか」

「そうですね。どうやら以前入った時とはまた道順が違うようですし……先生の話だと入るたびに形が違うから、マッピングに意味はないらしいですが……」

「そうか。俺としてはそっちのほうが刺激が多くて良いな」


 そう返すと、ルカは体力が有り余っていて羨ましいと珍しく褒めてきた。戦士系だからだと言うと、何故かため息をつかれてしまった。何故だろう。




「ふっ!!」 


 地面を動き回るでかいネズミを相棒で叩き潰す。周りに居る二匹も同時に終わらせたかったが、上手い具合に避けられた。

 銃声が響き、避けたうちの一匹がその場で跳ねてもがく。もう一匹には狼の形をした炎が噛み付き、灰にする。


「先輩、どうぞ」


 背後からの声に言われるまま、その場でもがいているほうに大剣を振り下ろした。

 残りは居ないかと辺りを見回す。チヤもネズミを叩き飛ばしたところのようだ。


「皆、怪我はないか」

「怪我をする要素がないよ、先輩。ダンジョンには初めて入ったけど、この程度のしかいないのかい?」

「レーちゃん油断しちゃだめっ。ダンジョンではね、何が起こるかわかんないんだよっ」


 チヤが何故か自慢げに言い、レイが苦笑して「肝に銘じておくよ」と返している。

 一人答えが無かったルカを見れば、エンロウの頭を撫でて微笑んでいた。


「ルカ、怪我は?」

「はい、わたくしもありません。それにしても……魔獣の遭遇頻度が結構高いですね」

「む? そうか? 二度目の時はこれより多かったくらいだが……」


 ルカが首をかしげながらエンロウを消す。

 彼女はああ言っているが、今終えた戦闘でまだ八度目だ。二回目のダンジョン授業では両手で足りないほど魔獣と遭遇した。今回もそれくらいはあると思っておく。

 相棒を担ぎなおして再度足を進めようとして、チヤとレイの二人がキョロキョロ地面を見ていることに気づいた。恐らくこれまでと同じように魔獣の一部が残っていないか探しているのだろう。



「んー……今回も魔獣は何も落とさないね」

「そうだねー……前倒した牛さんは色々落としてたけど」

「牛さん?」


 チヤがしまったといった顔でこちらを見てくる。続いてレイの視線もこちらに向き、自分はルカに顔を向けた。

 無論、話しても良いかという意味で。

 ルカもそれが分かったのか、レイに声を投げた。


「キサラギさん、これはわたくしたちだけの秘密にしておいてほしいんですが……」


 ルカがそう前置きし、話し始める。

 空間を引きちぎって現れたミノタウロス、その時の闘いの事を。

 しかし、事実はそれだけでは足りない。本当はあの時、声が聞こえ、そして、白い何かが居たのだ。とはいえ、今でもおぼろげ過ぎて現実だったかどうかも怪しいのだが。

 考え込んでいると、レイがいつの間にか目の前に立っていた。俯いているせいで顔は見えない。 


「……先輩」


 右手に握る銃をゆっくりスカートの中に戻し、自由になった手で拳を作り――腹を軽く押してきた。


「レイ?」

「駄目だよ、そういうときは。逃げないと」


 こちらを見上げた顔は、今にも泣きそうだった。


「もし先輩が……ヒナさんもチヤくんも死んじゃってたら……私一人だったよ」


 ぼすっと頭も腹にぶつけてくる。なんと返したらいいか分からなかった。


「……以後、気をつける」

「ん」


 言って頭を撫でると、頭を離して見上げてくる。小さな微笑みになっていた。

 そんなレイにチヤが背中から抱きつく。


「レーちゃん、ごめんね」

「ん」


 二人で頬をすり合わせ、そして二人でルカのほうを見る。なんとなく、自分も目を向けた。

 ルカが一瞬息を詰まらせる。


「……あれはユーガが逃げないといったせいです」

「そういうと思ったぞ。それについては気にするなとルカが言っただろう」

「忘れました」

「おい」


 確かに巻き込んで悪かったとは思うが、それは自分自身で選んだことだと言ったのは何を隠そうルカ本人であったはずだが。

 隣でレイとチヤがクスクス笑っている。ルカが視線を二人に向けて――正しくはレイに向けて、今度は無茶をしないと約束した。


「よし、話も済んだ事だし、先に進もう」


 ダンジョン受付の女性が言っていたが、ダンジョンに連続して居られる時間は四時間らしい。だというのに、二階への階段もまだ探せていない。

 三人が頷くのを確認して、相棒を担ぎなおす。いざ進む……前に客が来てしまったようだ。


「敵だ。ルカ後ろへ。レイ、援護を頼む。チヤ、突撃だ!」

「おーっ!」


 二人に短く言い、チヤと共に駆け出した。




「やっと見つけましたね」


 ルカが目の前の階段を見てため息をつく。

 何度か行き止まりに当たりながらも、こうしてたどり着いたのだ。


「上に何が居るか分からん。俺が先行する」


 皆に言って階段を上った。いつでも振るえるよう、右肩を大剣の支点にする。徐々に見えてくる二階の床。

 階段を上りきっても特に問題はない。それを階段の前で待っている三人に伝える。上ってくる間に遠くを見つめた。

 一階と同じように四角い石をはめ込んだだけの天井、床、壁。左右に並べられる明かり。そういえばこの明かりは何だろうか。

 下まで行って見上げるが、丸っぽい輪郭しか見えない。


「ユーくん? なにかあるの?」

「む? いや、何が光っているのか気になっただけだ」


 振り返ってチヤたちの姿を視界におさめる。同時に、階段も見えた。


「ダンジョン入り口と違って、階段は消えないんだな」

「あ、本当ですね。これなら降りて再度調べるってこともできますね」


 もっとも今の目標は二階以上らしいので、降りることはないと思うが。

 とりあえず、左右に広がる通路をどちらに進むのか多数決で決めた。



 しばらく歩くも、魔獣との遭遇はない。


「あれだけ居たネズミも無しか。前回は一階で群れからはぐれたクレイジーウルフを見かけたが、一階に居なかったのを見ると、二階が奴らのテリトリーかもしれないな」


 特に意味のない独り言のつもりだったが、レイが見上げて口を開いた。


「クレイジーウルフっていうやつは強いのかい?」

「いや、一体であればそうでもないな。まぁ、ラルラット……ネズミよりは体も大きいし力も強いが、連中より俊敏じゃない。そもそも動きが単調だからな。群れに囲まれでもしない限り、手こずらんだろう」

「通常、ウルフは群れで行動しますけどね」


 ルカが付け加える。確かにその通りだ。もし二階が奴らのテリトリーだという予想が正しければ、遭遇した場合は五、六匹の団体客だろう。だが、それでもこの面子なら問題はないはずだ。


「あれっ? ねーねーみんなー! あそこになんかあるよーっ?」


 チヤの大声で立ち止まり、振り返る。小さな体に大きすぎる手甲と脛当てをつけた彼女は、ぴょんぴょん跳ねて左側に伸びる通路を指差していた。

 戻ってその通路の先を見る。箱、と思われるものが行き止まりの手前に置かれていた。先ほど通り過ぎた時には無かったはずだが……。見逃していたのだろうか。

 皆で箱の前まで行き、観察する。


「……宝箱、に見えなくもないね」

「多分、宝箱、だと思いますけど」

「だ、そうだ、チヤ」

「あけるしかあるまいてーっ!」


 チヤが嬉しそうに箱の上部分を持ち上げて開けた。と、箱から効果音(ぱっぱぱーん)が鳴り響く。

 思わず大剣を構えてしまった。だが、箱は開けられた口から一瞬だけ光を出し、それきり静かになるだけだった。


「な、なにかな?」


 自分の背中に隠れるチヤが言う。同じく隠れているルカとレイが同時に首をかしげた。

 というかいつの間に俺の後ろに……? 呆れの視線をチヤに送るが、逆に箱の中見てと促された。

 ため息をついて箱に近づく。中にあったのは、髑髏(どくろ)の絵が書かれた、真っ黒な球体。


「む、これは……いや、だが、それなら何故……」


 思い当たる名前は一つしかない。しかし、それだと何故こんなところにあるのかが理解できない。


「ユーくん? なになに? なにがあったの?」


 これは三人にも見てもらったほうがいいと判断し、手に持って振り返った。

 やはりと言うか、当然と言うか、三人とも眉をひそめて首をかしげる。


「……それ、爆弾、ですよね?」

「……爆弾、じゃないかな?」

「……爆弾、だよね」

「……やはり、爆弾に見えるか」


 どうやら思い当たったのは正解のようだ。そして、何故ここにあるのかという疑問が三人分、追加された。

 まぁ、あるのだから仕方ない。この際だから貰っておこう。


「ルカ、袋に」

「え、それ持ってくんですか?」

「あぁ、落ちてるしな」

「世間ではネコババというけれど」

「それじゃあ、あとで犬のおまわりさんに渡せばいい」


 などと返しながら、ルカが腰につけている袋の中に押し込む。それと、同時だった。

 曲がり角の向こうから声が聞こえてきたのは。


「あ……とが、とっ……よ」

「や……ね。よろこ……くれ……な?」

「……て、いい?」

「だっ、!」

「あ! バ……も! に……ないと!」


 相棒を担ぎなおして曲がり角まで走る。飛び出して左右に視線を素早く向けた。

 何も居ない。

 ルカたちも走ってこちらまで来た。表情を見る限り、彼女たちにも聞こえたようだ。


「ユーガッ、何か、いましたかっ?」

「いや、見えなかった。あの声は一体……」


 しかし、今回は気のせいではない。三人も聞いたのだから。それにしても、幼い声だった。あの時のはもっと……。


「声は聞こえど姿は見えず……ふふ、これはあれかもしれないね」

「あれ?」


 チヤがレイを見上げて聞き返す。左右に結った髪が動いている気がする。


「あれといったら、あれしかないさ。このダンジョンで命を落とした生徒たちの幽霊……とかねぇ?」

「何を馬鹿な……」


 唇を歪ませて笑うレイに、ルカが呆れのため息を送った。が、聞き返したチヤは顔を青くさせて、ユーガの左腕に飛びつく。


「ふええええ! やだやだやだぁ!」


 顔を左腕にぐりぐり押し付けてわめくチヤ。手甲が地味に痛い。


「落ち着け、チヤ。幽霊のようなやつらは魔獣にも居るだろう?」

「それはゆーれー『みたいな』! やつだもん! ゆーれーじゃないもん!」

「……まぁ、気持ちは分かりますけれど」


 チヤがキッと涙目で睨み上げてくるが、小動物が威嚇しているくらいにしか感じないところが残念だ。そんなチヤの頭をルカが苦笑しながら撫でた。




「ユーくん、なんて書いてあるの?」


 落ち着きを取り戻したチヤが見上げて尋ねてくる。その内容は今ユーガが読んでいる――何故か箱の中に一緒に入っていた――爆弾の取扱説明書についてだ。


「あぁ、導火線がないのが不思議だったが、どうやら衝撃を加えて爆破するタイプの爆弾らしいな」

「衝撃? それってどうやって爆発させるの?」

「……投げたり、とかだろう。俺たちなら、投げたところをレイが銃で撃つという手もある。あと、多分、落としたら爆発するかもな」


 説明書の中身をチヤに教えていると、後ろからルカのげんなりした声が聞こえてきた。


「そんな危険なものを人の腰のに入れてるんですか……」

「きっと大丈夫さ。メニューの説明にも携帯袋の中は特殊な空間だから、外からの干渉は口からしかできないって書いてあったじゃないか。その袋を落としてしまっても、爆発しないよ……多分ね。誤って口から飛び出さない限りは」

「……不安にさせたいのか安心させたいのかどっちなんですか」


 後ろから二人の会話が聞こえてくるが、それを続けさせるわけには行かなくなった。


「二人とも、お喋りは終わりだ。団体客が来たぞ」


 告げて相棒を前に構える。隣でチヤが手甲を鳴らして同じく構えた。背後ではレイの銃の小気味良い音が聞こえてくる。

 準備は良し。真っ直ぐ前方の魔獣どもを見据えた。

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