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 教室は異様な空気に包まれていた。否、この教室に限ったことではない。

 この『エンヨウ学園高等部』の校舎の二階。つまり一年生の教室は全て同じような空気が漂っていることだろう。

 ピカピカの高等部一年生が通う教室はまさにきっちり半分に分かれ、窓際が男子、廊下側は女子が占領していた。

 十九名の男子からはギラギラとした雰囲気が漂い、十九名の女子はその空気に体ごと引くように怯えている。総勢三十八名の出すそれが、こねくり回されて激突されて、最終的には交じり合って異様な空気となっているのだ。

 八列ある中、中央列の五人の女子たちは今にも泣きそうだった。対してすぐ左側の列に座る男子たちはギリギリまで中央に机を寄せ、チラチラとすぐ隣の女子を伺っている。

 恐らく中央の女子五名は人身御供になった気分だろう。そして、中央の男子五名は勝ち組になったと思っているはずだ。見て分かるほど、明らかに男子と女子の気持ちのベクトルは正反対だった。

 そんな空気を一瞬だけ柔らかくさせる瞬間が訪れる。


「揃ってるかぁ? 我がかわいい生徒たちよー。って、うお、なんだお前ら辛気くせーぞ」


 教室の扉をスライドさせて、一人の男が入ってきた。淡い紺色のシャツに赤いネクタイをつけ、裾を引きずる程度のズボンを着ている。緑の髪をボサボサにしていて、金色の瞳が垂れ目気味なのが印象的だ。

 手には出席簿を持っており、この教室の全員がその男を知っている。

 男の名は、ウラディミル・バラキン。ここ一年D組の担任であり、一年生の『魔術学』を担当する教師だ。

 担任は自らのクラスの空気に苦笑した後、教室を見渡す。


「よしよし、全員揃って……はいねぇなぁ」


 ウラディミルが一つの空席を見つけてため息をつく。視線の先は女子側の三列目真ん中、ルカの隣の席だった。


「普通入学して次の日に遅刻すっかねぇ……。あーと、今は出席番号順に座ってもらってるからー、そこの席はー……」


 言いながら出席簿を広げて目を通すウラディミル。ちなみに、出席番号順に座っているのは女子だけであるのを、彼は知っている。

 そんな一年D組の担任が再び声を発しようとする前に、教室の扉が勢い良く開かれた。 


「ギ、ギリギリセーフ!!」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 突然響いた、バシン、という高い音にルカは思わず首を引っ込める。


「ギ、ギリギリセーフ!!」


 息を切らしながら入ってきたのは女子生徒だった。

 ぱっと見て初等部の子が迷い込んだのかと思うほど、彼女は小さかった。

 短めの黄色の髪を桃色のボンボンでツインテールにしていて、蒼くてパッチリした瞳にほっそりした体と、控えめにもほどがある胸。

 その全ての要素が彼女を高等部の生徒……つまり十六歳には見せなかった。多分その中でも桃色ボンボンとツインテールが要因の大半を占めていると思う。

 ルカはその女生徒のことを知っている。名前は確か、チヤ・ライドウと言ったはずだ。

 その容姿と人懐っこく分け隔てない性格で中等部のときも可愛がられていたと思う。何度かそういう光景を見たことがある。


「オレより遅かった時点でアウトだ」


 先ほどより全然響かないバシン。先生がチヤの頭を出席簿で叩いた音だ。


「あうっ……ごめんなさい」

「まぁ今回はこれで特別に許してやるか。ほれ、さっさと席つけ」


 先生に促され、チヤがしょんぼりと俯いてこちらに歩いてくる。先の先生の発言から分かるとおり、隣の空席は彼女の席だ。

 椅子に座ったチヤはルカの視線に気づくと、ペロッと舌を出して恥ずかしそうに笑った。心があったかくなるような頭を撫で回したくなるような笑顔だった。


「怒られちゃった」

「ふふ、じゃあ次は怒られないよう気をつけないといけませんね」


 そう言って微笑み返すと、チヤも「えへへ」とまた笑った。左右に括った短めのツインテールがピコピコ動いているように見えたが、恐らく気のせいだ。

 今自分の視線は彼女のさらに後、中央の女子五名とさらに後方の男子たちに向けられている。皆、愛敬の眼差しを持って自分を見てくれている。背中や横から来る視線から、見えてなくとも周りの女子たちがどんな表情でどんな視線をしているかが分かった。

 普段――男子という新しい要素が入ったとしても――なら、ここでほっとするはずだった。安堵と、快感と、ちょっとした優越感を得て終わりだ。

 しかし、それはいつまでたっても自分の心を満たしてくれない。


 原因ははっきりしている。


 それはこの八列の机と椅子と生徒が並び中、一番左上の席に座っている男子生徒が原因だ。

 そう、先ほど自分を無視した黒髪の少年。

 彼はこの全く、これっぽっちもこちらを見ることなく、ただただ本を凝視し、あまつさえたまに担任を見て「何か知らせとかは無いのか」という顔をしているのだ。

 先ほどの怒りが再燃する。表情では微笑みを維持しているが心の中では地団駄だ。


「さー、お前らおしゃべりはおしまいだ。昨日は入学式だったし、色々忙しかっただろうから何も説明しなかったが、今からちっと大事なこと話すからしっかり聞けよー」


 あとで聞きに来てもおしえねーぞー。とウラディミル先生が唇の端を持ち上げる。

 先生の言う通り、昨日は何も連絡されることなく帰された。確かに、とルカは思う。

 昨日は入学した一年生全員、五年振りに家族とゆっくりしたはずだ。本当なら入学式が終わった瞬間に我が家へと帰りたかった人もいたかもしれない。

 きっと先生はその辺りを考慮してくれたのだろう。


「んじゃ、説明すっぞー。まず一学期な」


 全員が姿勢を正したのを確認し、ウラディミル先生は背後の黒板に振り返った。そして指から緑色の光の線を出すと黒板の上に滑らせていく。

 光の痕跡が残り、緑色の字で『一学期』という文字が浮かんだ。


「オレたちはこの時期を『復習期間』って呼んでる。つまり、初等部から中等部まで勉強したことをもう一度やり直す期間だ」


 そのまま流れるように『一学期』の下に光の文字を書き込んでいった。男子の誰かが「高等部にあがっても授業かわんねーのかぁ」とぼやく。


「はっはっは、一学期だけ我慢しな。二学期から泣いて喜ぶくらい忙しくなるぞ?」


 耳ざとい先生の悪い笑みが明らかに泣いて『喜ぶ』を否定している。一番前列の女生徒が理由を尋ねても答えてくれなかった。


「そんで、この一学期の間は授業内容を一日ずつにする」


 先生の言葉に教室がどよめく。しかし、ウラディミル先生はそんなざわめきを無視して言葉を続けた。


「授業初日は担任の受け持ってる科目をやることになってんだ。つまり今日一日ずっと『魔術学』ってわけだ」


 またニヤリと笑う先生に所々から不満の声が上がる。隣を見ればチヤがぼうっと前だけを見ていた。

 ちゃんと話を聞いているんでしょうか? そう思いながら、視線をさらに向こう側に飛ばす。

 あの黒髪の少年も話を聞いていないのか視線は本に向けたままだ。今まで気にしなかったが、その本はかなり分厚い。一体何の本なのだろうか。 


「あーあー、うるせーうるせー。お前らはまだマシだろ? 他のクラスの担任は『戦闘技術学』とか『兵法学』、『魔薬学』とかなんだぜ?」


 こういうのを鶴の一声というんですね。ルカは静まり返った教室の無音を聞きながら思う。

 しかし、『戦闘技術学』も『兵法学』も『魔薬学』も『魔術学』も、どれも似たようなものだとも思った。むしろこの場合は『語学』や『数学』のほうがマシといえる気もする。

 どちらにせよ先生の言葉からすると、どれも全て一学期中に一日中やる時が来るのだから、どれからやろうが大して違いもない。


「さって、というわけで『魔術学』やんぞ。お前ら教科書だしな」

「先生、そういえば自己紹介とかしてませんよっ」


 皆が教科書を取り出そうとする中、一人の男子生徒が立ち上がって宣言した。

 周囲の女子たちは一瞬身を固くするが、男子たちは「良くやった」と言わんばかりに同調しだす。


「あー、お互い異性が珍しいのは分かるがな。とりあえず今の状況から慣れろ。話はそれからだ」


 先生がそう言ってっさりと却下する。異性が珍しいと言うのも、初等部の後半から中等部にかけて完全に男女別となって過ごしたからだ。

 通学中に自分が他の女生徒に先生と同じようなことを言ったのもそれが理由である。

 何でも十歳からどんな人間にも発現する『能力』は最初不安定で、十歳から十五歳にかけてが一番『暴走』する危険性があるかららしい。

 『思春期』であるからという説が今のところ有力で、近くに『異性』が居た場合が最も危険だそうだ。

 ルカとしては褒めてくれる相手が半分になるだけなのであまり好ましい政策ではない。

 ちなみにこの十歳から十五歳にかける期間を『義務教育』と言い、親元から離れて寮で暮らしていた。家族とゆっくり出来るのが五年振りというのはそういうことだ。


「つーわけで、自己紹介はなし。まぁ個人的に仲良くなりたいなら自分たちから近づくんだな。おっと、男子生徒諸君は紳士的に振舞いたまえよ?」


 言われて教室半分窓側から落胆のため息が重なって聞こえてくる。

 男女合わせて一番の成績で高等部にうつり、新入生代表で挨拶した自分の名前は皆知っていることだろうから自己紹介など無くとも特に問題は無い。

 しかしあの失礼な少年の名前は少々気になるところだ。


「じゃあ授業始めるぞ」


 そもそも先ほどから何に対しても我関せずの姿勢で本を読んでいるとはどういうつもりなのか。


「ではまずは『魔術』についてからだ。魔術っていうのはオレたち、いや、生きとし生けるもの全ての体内に流れる『マナ』つまり生命エネルギーを『魔術エネルギー』に変換して超常現象や――――」


 少年は授業が始まったと言うのに読んでいた本を閉じず、教科書と見比べながら何やらノートにペンを走らせている。

 もちろんルカも復習と言えどノートに先生の言葉を要約して書き込んでいた。


「――――ことが出来、大分制限はかかるが複数の『能力』を行使することが出来ると思っていい。否定派……とまでは言わんが、中には魔術のことを『劣化版能力』と言う者もおり――――」


 どうせそうやって勉強が出来るとか「俺は他の男と違う」っていうのをアピールしているに違いない。

 いずれ我慢できずに他の女子やこの『私』を! えっちな目で見るに決まってます。そうボロを出すまで監視してやろうとルカが決めた瞬間。


「――――で、魔術には『属性』があるんだが……ヒナモリ、男が気になるのは分かるがオレの話ちゃんと聞いてるか?」

「はい、ちゃんと聞いております。あと、わたくしは特に殿方の皆様を見てはおりませんが……」

「はは、冗談だよ。では、『属性』とその相克関係、ついでに各属性の特徴を言ってくれ」


 ルカはすぐに立ち上がると頭から記憶を引っ張り出す。


「はい。属性とは『能力』に目覚めた際に現れるもので現在は『火』、『水』、『風』、『土』、『無』の五種類が確認されております。属性はその者の頭髪や体毛で確認することが出来、『無属性』の方は黒となっています。魔術を行使する場合先天的に現れた『属性』以外が使用できないという条件があります。しかし、先天属性が『無属性』だった場合、これに当てはまりません。ですが、当てはまらないだけで『無属性』の方は基本的に他属性の扱いを苦手とされています。


 次に相克関係についてですが、『水』は『火』を消し、『風』は『土』を削り、『土』は『水』を吸い取り、『火』は『風』によって強く燃え上がり、それぞれ相性が決まっております。また『無』属性は他属性に影響されません。

 最後に、属性によって得意とする術式が分かれています。

 『火』属性は最も攻撃的で威力も『能力』に追いつこうとするものが多いです。

 『水』属性は基本的に攻撃に不向きです。しかし、治癒系の魔術が多く、後方支援ならば凄まじい効果を発揮するでしょう。

 『風』属性はその名の通り空気や風に関係する魔術が多いです。しかし、通常目に見えない事から扱いは難しく、下手をすれば術者を傷つける場合もあります。ですが、効率良く行使することが出来れば場合によっては『火』属性を上回る攻撃力を得られるでしょう。

 『土』属性はまさに大地の魔術です。その範囲は絶大で力強い。それ故に行使できる状況が限られてくるのが欠点です。他の魔術と違い、土かそれに順ずる媒体を必要とします。


 そして、『無』属性。無属性は攻撃能力は皆無であると言えます。だからと言って治癒系の魔術があるわけでもありません。無属性が得意とするもの、それは術者の強化です。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、筋力、神経、動体視力……肉体が有するものであれば全て強化できる魔術。それが無属性の真髄であり、戦士系能力者が最も必要とする属性です」


 口からすらすらと飛び出す言葉。先生の満足そうな顔。驚きと尊敬に満ちた視線。

 ルカはやっと、いつもどおりの安堵と快感と、ちょっとばかりの優越感を得ることが出来た。

 こちらを見ずに黙々とノートを取り続ける黒髪の少年を視界の端に捉えながら。



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